第21話

 ストレスとは、大まかに言ってしまえば『マイナスに働く刺激』『環境の大幅な変化』というもので発生するものであるらしい。

 その定義で言えば、俺はクソゲーハウスに入って三分でそれがマックス値に到達したと言えるだろう。


「ワハハハハハハハハハ、どうだ! これぞ我が『阿修羅戦機』の最大のフェイバリット……! 『輪廻殺し』!」


 まず入って最初に目についたのは、ゲームセンターにそのまま改修出来そうなくらい大きな空間の奥にある、巨大なモニター。

 そして、そこに映し出されている二つのビジョン――クソゲーだった。


『これはすごーーーーーーーーい! なんと処理落ちで、まるで殆ど止まっているようだーーーーー! しかも敵の弾幕はまるでスカスカ! 何という爽快感の無さ! このダルさ! 時間の不毛なる不法投棄イイイイイ! これがロードと処理落ちのデパート・『タイム・イーター』と恐れられた、不破 雷斗選手の必殺技だああああああああああ!」


 実況らしき、20代くらいのお姉さんがステージの端で何か叫んでいる。その盛り上がりに観客も呼応、ウオオオオオと鬨の声を上げていた。


「ふっ……まだまだだな、その程度か! ならば見よ! そして聴け! 俺の作品の、魂の咆哮を!」

「! な、なに!? これは……!」

「その通り。悪いが、俺の勝ちだ……。俺が辿り着いた究極を食らえ! 不破 雷斗!」


 むにょおおっぷにゅ。

 ほじじっじいじじっじいじいいいいじじじいじじ

 もこぺっちょんもこぺっちょおん。

 ある種の絶対音感の持ち主でなければ理解することすら不可能な、脳みそに生爪を立てるような感覚を与える音楽が会場に響き渡る。


「こ、これは……酷い! 余りにも酷い音楽が鳴り続けております! この世のものとは思えない集中力をかき消す、最低の音楽! これこそ悪魔の声帯を創り出す男・『魔喉の創造者』! 千頭 河流が真骨頂! 直撃する審判の表情が曇る、曇るーーーー!」

「ぬうううううううう! 小賢しいわ千頭! 我が処理落ちの前にひれ伏せえええええええ!」

「時代遅れの戦法の前に負けるものか! 老兵は去るのみだ、不破ああああああああ!」


 ステージの上で舌戦を繰り広げる二人の前に、大勢のギャラリーが集まっている。

 それを見て、剛迫は目を輝かせて『きゃあ!』と黄色い声。


「す、凄いわ! 見なさい、ラッキーよ! 永遠のライバルだったタイム・イーターと魔喉の創造者の直接対決の場面! きゃーーー、相変わらずすっごい酷い! 最低! 耳が腐り落ちそうな音に、眠っちゃいそうなほどおっそい弾幕だわ!」

「……珍しいね、あの二人が戦ってるの。普段は直接対決は避けてるのにね」

「ちょ、ちょっと、ごめんね! 解説とかは待っててね、一鬼君! 見てくから!」


 まるで遊園地にやってきた子供状態である。

 置いて行かれた俺と四十八願。自然と顔を見合わせて。


「な ん だ こ れ」

「ごめん、あたしも未だにこのノリ分かんないんだー」

「ありがとうな、本当にありがとうな、四十八願。お前に会えて本当に良かった……!」


 貴女に会えて良かった。こんな辞世の句筆頭候補をこんな場所で使いたくはなかったよ。

 巨大モニターに映るクソゲー達の熱く激しいバトル、貫禄ある中年男とシャープな眼光を持つ若い男の舌戦に挟まれる三人の審査員達。審査員達は両者のゲームをそれぞれプレイしているらしく、クソ要素が出る度に二人は口上を述べ、場を大いに盛り上げている。

 それはまるで、本当にクソゲーを武器にして戦っているようだ。

 これが、クソゲーハウスのバトル……。

 なんて、なんて理解しがたく――意味不明で。それなのに、こんなに熱い戦いなんだ。互いのゲームの命が懸かっているから、だけではない。もっと大きな何かを懸けて戦っているからこその、この熱気。


「あ! ご、剛迫さん!? 来てたんすね!」


 と。

 未だに繰り広げられるマイクプレーの間に挟まって、群衆の中からこんな声が。見ると、剛迫と不死川の近くに居た眼鏡をかけた男が、剛迫に話しかけている。

 その声を皮切りに、モニターの前に居た群衆の後ろの方が次々に剛迫達の存在に気が付き、顔を向けていく。


「お、マジだ! お疲れ様っす!」

「ふーちゃんさんも居るぞ! 相変わらずちっこくて可愛い!」

「ゴーさん、後でちょっとクソゲー見てもらっていいすか! 個人レッスン頼みます!」

「オイコラア! 俺が先だぞそれは!」

「相変わらずオークに弱そう!」


 男達がぐいぐい二人に迫る。ここからでは二人の表情は見えないが、剛迫は困ったような笑顔、不死川は露骨に嫌そうな顔をしているのは容易に想像がつく。

 とりあえず最後に発言した奴は、後で探し出してシメてやる。


「随分有名人なんだな? あいつら」

「そうだねー。ゴーちゃんは実力あるし、何より女の子クソゲーメイカーって稀少だから、自然と人気出るんだよ。ふーちゃんも可愛いし、この場所ではお姫様扱いだよ」


 女の少ないコミュニティにおいて、その数少ない女は姫扱いを受けるという話を聞いたことがある。その話に則っている、というわけか。

 やたら距離が近い気がするし、心なしか寄ってる奴らの鼻息が荒い気がする……。が、今は大目に見てやろうじゃないか。今はな。


「で、お前はどうなんだ? お前もお姫様か?」

「いやあ、あたしは……」


 その質問に応えるように――

 四十八願の存在に気付いた数人が、悪事を先生に見つかった生徒のように四十八願の前に我先と駆け寄ってきた。

 その顔には、確かな緊張と恐怖が張り付いている。


「よ、四十八願さん、どうも! 挨拶遅れまして申し訳ございません!」

「粗相をお許しください!」

「何か、飲み物でも買ってきましょうか!」

「へっへっへー、ありがと。いいよ、別に。『何もしなければ』それでいいよ」

「は、はい! では、失礼します!」


 全員が一斉に腰を90度に折った。

 その姿勢のままで器用に元の場所に戻っていく様子を、四十八願は『まったくもう』的な笑顔で見送っている。


「お前一体何したんだ。何人殺したんだ」

「男の多い世界に居る女の子には、それ相応に悪い虫がたかるからねー。そういうのを結構頻繁に『お仕置き』してるから」


 笑顔が怖い。

 不審者が入ってきた時の圧倒的な戦闘力とにじみ出る経験値の出所を理解してしまって、少し後悔する。道理で、初対面の人間でも躊躇いなく行動不能にまで追い込めてしまうわけだ……。どちらかと言えば精神性が怖い。


「? どしたの、イッチ―! 何で離れるのー!」

「気のせいだ! 俺はさっきからずっとここにいた!」

「あたしが射程範囲から逃すことなんてそうそう無いよー!」

「お前さらっとすっげえ爆弾発言したの気づいてるか!?」

「へっへっへー、冗談だって! ホラ、こっち来てよう! こんな細腕の何を恐れるの!」


 と、日本刀を思わせる鍛錬された細腕を差し出すのだった。

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