第20話

 四十八願(よいなら)の私服姿は、少し意外なことにしっかりとした気遣いが見て取れた。初登場がイセエビだった人間と同一人物とは思えないくらいにお洒落で少しフリルの付いた白のワンピースに、つばが大きく青いバンドがアクセントになっている白の帽子の組み合わせは『夏のお嬢さん』という印象を強く与え、人気のない無人駅やヒマワリ畑に立っていればそれだけでゲームのパッケージになりそうだ。

 それらと筋肉のついたしなやかな四肢、そしてまぶしい笑顔とのマッチングは絵に描いたように健康的で、自分自身のキャラクターを理解してのチョイスだと分かる。活発な電波娘の意外な姿には、少し揺らぎが出てしまうのも無理はないだろう。

 まあ、四十八願への感想は置いておいて、だ。


「なあ、四十八願先生」

「何?」

「クソゲーハウスと阿鼻叫喚地獄って、いったい何がどう違うんだよ」

「うーん。鬼が金棒の代わりにクソゲーを持ってるってことかな?」


 最高にわかりやすい例えを出してきたな、しかも絶望的な。

 俺がこれから赴く場所は、魑魅魍魎が跋扈し、修羅達が生き血を求め、獄炎燃え盛る不毛の世界――正に、地獄なり。というわけだ。

 すぐにでも帰りたい。

 やべえ。マジですぐに帰りたい……


「う! お、俺、すっげえ腹が痛い! や、やば! ごめんな、俺やっぱ帰り……!」

「キャンセル!」


 がっしと腕を掴まれる。


「あたしだって、嫌だもん! 帰っちゃだめだよ、貴重な話し相手なんだからー! 女の子に寂しい思いをさせちゃいけないよ!」

「俺だって嫌だよ! 大好きなゲームという概念そのものが穢される様を延々と見せられるって、何の拷問なんだ!」

「拷問じゃないわよ、一鬼(いっき)君!」


 ぴしゃり!

 こんな効果音が鳴り響いた気がするほどに毅然とした言葉が飛んできた。

 これほど朗々とまっすぐに自分の意見を主張できる奴を、俺は独りしか知らない。

 剛迫(ごうさこ)と不死川(ふしかわ)が、並んで俺達の前に立っていた。

 剛迫はポニーテールに束ねた髪に、数枚いくらで買いたたかれていそうなシンプルなスカートとシンプルな英字の書いたTシャツと、ファッションだけ見ればこいつの家の経済状況が伺える『安っぽい』という印象を受ける。

 しかし本体の圧倒的なお嬢様力はそれでもなお揺るがない。

 毛先まで手入れの行き届いた髪の美しさ、寒気を感じるほどに整った眉、凛とした揺るぎない意志をたたえた顔つきと眼光。

 服も、確かに安っぽい。しかし手入れは極限まで行き届いており、皺一つ埃一つの存在も許さないという絶滅主義が息づき、今生産されたばかりのような真新しさを維持している。

 もしも、『俗世に溶け込むためにあえて安っぽい恰好をして休日を過ごしている姫騎士』、という解説を受ければ無条件に信じてしまうだろう。

 対して不死川は――信じられないほどダメダメである。

やる気の無い使い古されたショートパンツから伸びる、むちっとだらしのない脚。どこの観光地で買ったのだろう、『ハンバーガーもない』という意味不明な文句がプリントされているTシャツに、黒いチェックのシャツを羽織っている。

 寝癖そのままの髪型、半分閉じているような目つきがそのだらしなさに合わさり、一種の退廃的な芸術作品を見ているようだ。自分自身に合わせてチョイスする四十八願、今あるものを最高の状態に保って美しさを引き出す剛迫の爪の垢でも煎じて飲ませたいくらい、酷い見た目である。

 それでいて素材が可愛いのがなおさら腹立つ。


「まったく、貴方はこの期に及んでクソゲーを拷問と呼ぶだなんて……。クソゲーに対する理解が足りてないわ」


 剛迫は額に指を置いて、やれやれと首を振る。ムカつく仕草だ。


「どーーー考えても拷問だろうがよ、しかもこれから行くクソゲーハウスって、そんなクソゲーが大量に出てくるんだろ? どんな悪夢の再現なんだよ、俺の昨日見た悪夢か?」

「別に貴方がやるわけじゃないんだし、いいじゃないの。この機に、しっかりと勉強するのよ! クソゲーというものを!」


 理性を以て勉強しちゃいけない分野じゃねーのかクソゲー学なんて。


「……ゴー、そろそろ行こうよ。時間、時間」


 くいっと、剛迫の皺の無かったTシャツを引っ張って台無しにする不死川。剛迫は即座にTシャツを引っ張りなおして皺を修正すると、


「それもそうね。じゃ、私についてきなさい! 行くわよ!」

「元気だなあ……」


 こうして、俺はなし崩しにクソゲーハウスなる魔窟へ向かうことになってしまった。もうこの地獄からは逃げられない。憂鬱なため息が鼻を通じて放出された時――

 剛迫の髪が輝くような軌跡を描き、翻った。

 その様に目を留めたのは、俺だけじゃない。周りの人達も、その瞬間を目撃し、口を少し開けて数瞬の時を彼女に捧げている。


「どしたの、イッチ―? 早く行こうよ!」

「あ、ああ……」


 誇張じゃなく、シャンプーのCMに使ってほしいような瞬間を目の当たりにした俺は、四十八願に手を引かれて先に進む。

 クソゲーメイカーにして、美姫。剛迫 蝶扇。

 こいつが入り浸る世界に、俺が否定する世界に、今俺は向かっている――。


「行くか。敵を知るためにもな」

「ほえ? い、いきなり、元気になったね」

「まあな」


 気力は補充した。

 さあ、行ってやろうじゃねえか、クソゲーメイカー共、お前らのホームに。

 お前らの姿を見せてみろ。

 このお姫様を囚える価値が、本当にあるのかどうか。しっかり見定めてやるよ。

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