第三章 クソゲーハウス、其処は地獄か天国か

第18話

「はああああああああああああああああああああああ……!」


 俺は部屋の中で独り、恍惚のため息を吐き出すのだった。

 モニターを前にしてこんな声を出してしまうのも犯罪係数がなかなかに高そうな行為であるが、これは生理現象と言い換えてもいいくらいに自然な行為である。

 何故なら、俺は今――

 良作を!

 それも、ゲーム・フロンティアランキング一位というとびっきりの名誉を授かった最高の名作をプレイしているのだ!


「やっぱり最高だー! 良作最高! ヒュー―!」


 ジャンルはターン制のRPG!

 その名をグローリー・US!

 おお、この高画質!

 簡略かつ奥深い戦闘システム!

 クリア後も豊富なやり込み要素!

 丁寧なデバッグの賜物たるバグの少なさ! プレイヤーの快適さに配慮した操作性! 弱すぎず強すぎずの理想的なゲームバランス! バラエティー豊かな敵キャラ、魅力的でファンも多い味方キャラ、感動的かつ重厚なストーリー、練り込まれた世界観!


「これぞ! これぞ人間のやるゲームよなああああああ! ワーッハッハッハ、ワーッハッハッハ!」


 短期間に多量のクソゲー成分を押し込まれた俺にとっては、この最高の良作は最高の薬そのものだ。削られた精神が修復されていくのが、血色がみるみる良くなっていき、艶を取り戻す肌が目に見えるようだ。

 全体からにじみ出る、プレイして摂取する回復薬!

 それこそがグローリー・USだ!

 俺は感極まり、夜中の8時だというのに思わず叫んでしまう……

「やっぱりゲームは最高だ―!」





「はあ……」


 俺は部屋の中で女の子達に囲まれ、憂鬱なため息を吐き出すのだった。


「どうしたの? たかが三回連続でフリーズしたくらいでへばるんじゃないわよ! 気張りなさい、またステージ3まで行けばいいのよ!」

「黙れや! もうお前と動物園のゴリラの違いが分かんねえよ! クソゲーマニア!」


 三連続フリーズをさせてしまうというのは明らかに犯罪係数の高そうな行為であるため、ため息は生理現象と言い換えてもいいくらいに自然な行為である。

 何故なら俺は――

 クソゲーを。

 それも、悪名高きすまいるピエロお墨付きという悪魔のスティグマを押された最低のクソゲーをプレイしているのだ。


「やっぱり最低だ……クソゲー最低……はあ……」

「……ゴーちゃん。もう少し、フリーズの頻度抑えた方がいいんじゃない? さすがに三連続は再現性高すぎるんじゃないかな」

「うーん、16分の1の確率なんだけどね、ここでのフリーズ」

「返せ。4096分の1の確率を引いてしまった俺の運を返しやがれ」

「逆に考えるのよ。4096分の1で引ける不幸をここで消費したと!」

「自分勝手にポジティブだなお前ホント!」


 まあ、貶められるべきクソゲーを作る人間だ。これくらいのメンタルの強さが必要なのだろう、とどうでもいいことを思う俺。

 俺が今やっているのは、ギガンテスタワーの通しプレイである。一面から五面までの通しで、デバッグ兼ゲームバランスのチェックをしているのだ。まあつまり、悪魔に捧げられる供物になってしまったというわけである。


「……で、さあ。一鬼ぃ。キレてばっかりなのはいいんだけど、ちゃんとデバッグもしてね。いろんなとこに飛び込んだりとか」


 相変わらず俺にもたれている不死川が言った。

 ……これが地味に重たい。ぷにぷにした触り心地といい、この重量感といい、不死川って結構デ……いや、なかなかに豊満なる人物なのかも知れない。


「デバッグっつってもなあ……。色々やってるけど、フリーズ以外は出ないよなこれ。もっと出るもんじゃねえのか、開発途中のゲームって?」

「まあ、そこはふーちゃんだからね。伊達に天才プログラマーじゃない、穴はそうそう見つからないわ」

「……や、止めてよ、褒めるの。ゲームフロンティアが凄いんだって……」


 もじもじして目を逸らすむち川……もとい、不死川。

 俺にもたれかかってる方が余程恥ずかしいだろうにな、まったく。

 気を取り直して、再挑戦をする俺。このころになるともう暴発も殆どしなくなり、正直このクソに慣らされてしまった感がある。しかし操作性だけでクソゲーになれるほど、クソゲー界隈は甘くは無い。そう言わんばかりに色とりどりのクソ・マテリアル共が、俺の毛根に着実にダメージを蓄積させていく。

 目に悪い背景の色、早すぎる敵の攻撃、油断しているとすぐにオーバーしてしまう制限時間エトセトラ。焦らせて操作ミスをしようものなら一撃死の洗礼が待っている。

 当然のようにチェックポイントも存在しないこのゲームの五面まで到達したことは、僅かに二回だけだ。


「それにしても、剛迫。大会って、これ一本だけで出場できるもんなのか?」

「ああ、そういえば、まだ大会のルール説明してなかったっけ」

「おう、してねえな。トーナメントとか総当たりとかあるじゃねえか。どんな形式でやるんだよ」

「ちょっと特殊でね。まず最初に予選を行うの。クソゲーを審判達に送ってね」

「送るのか? わざわざ?」

「ゲーム数十作を一日で品評しきることなんか出来ないわよ」


 クソゲーを審判に送る。これだけで見れば悪辣なテロにしか思えない字面だ。


「そして四人にまで絞られて、それでトーナメント形式で戦うのよ。その時は直接会場を使って戦うの」

「たった四人か……。ずいぶん厳しいんだな、大会って。じゃあ、ギガンテスタワーはさしずめ予選用ってわけか?」


 たった四人にまでしか絞られない生存競争――そのゲームのテスターと思うと、クソゲーとはいえ責任を感じざるを得ない。

 しかし剛迫、


「いいえ。ギガンテスタワーは初戦に出すわ」

「? ずいぶん強気だな、もう予選を勝ち抜いたみたいな……」

「もう予選は二位で通過してるわよ?」

「マジかよオイ」


 あの不審者との戦いで妙に自信を見せていたが……こういう根拠があったわけか。テスター無しでも予選二位で通過してしまうだなんて、このクソゲークリエイターは途轍もない強豪だったというわけか。すまいるピエロ恐るべし。


「まあ小規模な大会だし、これくらいは当然よ。予選くらい通過出来なかったらそれこそ番狂わせだわ」

「ちなみに予選にはどんなクソゲー送ったんだよ?」

「かるたゲーム。やりたい?」

「遠慮しときます」


 どうやったんだ。一体どうやってシンプルかつ完成された伝統のお遊びをクソゲーに仕立て上げたんだ、この人。実に気になるところだ。


「しかし、何気に大変なんだな。三本もクソゲー作らなきゃいけないってわけか」

「そうね。ランクが自分の持っているゲームの上位三本のポイントで決まるから、それぞれを出せばいいのだけど――私は、まだゼロポイントのゲームを。まだ未公表のゲームを出したいの。公表しているゲームだと、相手に私のクソゲーの対策をされてしまうかも知れないからね」

「クソゲーの対策て……何をするんだよ?」

「相手のクソゲーのクソ要素を目立たせないようにするために特性を合わせたり、真似をして審査員に既視感を出させたり……まあ、対戦相手にクソのタネがバレちゃうと色々不都合なのよ」


 意外と奥深いんだな……クソゲーのくせに。


「今回のライバル達の面々も、みんなそうしているわ。それぞれが最後の最後まで情報をマスクして、対策を一切させない……。既に決まっている私の対戦相手も、大会ではいつも違うものを使っているわ」

「もう対戦相手まで決まってるのか?」


 俺が加入するタイミング、随分遅すぎる気がする。なんというか、これでは付け焼刃のようではないか。それは剛迫の計画性の無さとも言えてしまう。


「ええ、決まってるわ。っていうか、大会やるの何時だかわかってる?」

「知らねえよ、言ってないんだから。知るはずないだろ」

「今週の日曜日よ」

「お前計画性無さすぎだろ!? お前、今日何曜日だと思ってんだ、水曜日だぞ水曜日! 五日前にテスター用意したのかお前!」

「ふーちゃんのプログラミング能力のスピードと、貴方のプレイヤースキルを信頼しているからこその自信、と言いなさい!」

「他力本願な自信だな!」

「それに、納期に間に合うか間に合わないかギリギリの期間の方がいいのよ。焦りによる急ごしらえは、自然なクソみを生む。それは原初のクソゲーの姿なのよ!」

「ああ、そうかい……」


 何か色々脱力してきた。こいつ真面目で時間にもきちっとしてるはずなのに……。何なんだろうクソゲーって。俺が今まで見ていたクソゲーはクソゲーだったのかどうか、自信が揺らいでくる。

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