第17話

「クソゲーってさ。すっごい文句を言いたくなるじゃない?」

「あ、お前もそうだったのか? やっぱり」

「そりゃそうよ。子供の時なんてひどかったわよ、私。お父さんが仕事から帰って来るたびに言ってたもの、クソゲーの文句。やれバグった、やれフリーズした、やれストーリーが意味わかんないって」

「幼少期からの英才教育だったのか、お前のクソゲー好きは!?」

「うち、あんまりお金ないから。人気無くて叩き売りされてる安いクソゲーしか買えなかったのよ」

「え? ……わ、わりい、そんな事情だったのか……」

「いいのよ、別に不幸には感じてないし。でも、クソゲーばっかりじゃないのよ? うちのお父さん、漫才師でね。たまーーに良いギャラ入った時とか、人気作品も買ってきてくれたの。初めて人気作品やった時は、驚いたわ。バグもフリーズも無いし快適なバランスだし。ゲームとはとても思えなかったわ」


 ある意味感覚がマヒしてたのか……

 ってか、さりげなく家が貧しいとかお父さんが漫才師とか出ちまったけど、なかなかにアブノーマルな環境で育ってたんだな、こいつ。


「でもね。――お父さんにゲームのことを話すときの楽しさは、クソゲーも良作も、変わらなかった」

「……?」

「クソゲーのおかしいとこを話す時って、とっても楽しかったのよ。まるで危険がいっぱいの未知の冒険から帰ってきたみたいに、こんな酷い体験をした、アレは明らかに変だったって。怒りながら笑って話す私を、お父さんは笑いながら聞いて、ビールを飲んでた」

「……」

「いつもは仕事のストレスであまり笑わないんだけどね。クソゲーの話をすると、笑ってくれるの。それはダメだろ、それはおかしいだろって。――今思うと、お父さんの笑顔が見たくて、クソゲーをしていたのかも知れないわね」

「……」

「いつだったか覚えてないけど、お父さんこう言ってたわ。『まるでゲームってのは、俺みたいなピエロだな』ってね」

「ピエロ」


 すまいるピエロ。

 微笑みの道化師。

 瞬間的に頭をよぎった言葉。


「お父さん、結構体を張る方の芸人でね。全力を懸けて、馬鹿なことばっかりやってるの。だから馬鹿にされて、コケにされて、指さされて。――人を笑顔にしていたわ。経験は無いかしら? クソゲーのクソなところを人に話した時に、相手が笑ったこと」

「ある……な」


 怒りを伴う酷い体験は誰でも語りたくなるものだ。

 クソゲーのクソ要素は常軌を逸したところがある。それこそ馬鹿みたいなもの、常識では考えられないものたちが。

 それを人に話した時の相手の表情は――

 『なんだよそれー』と言っているような、笑顔だった。


「お父さんと笑いながらクソゲーのことを話していた時は、私にとって、大切な思い出。――笑顔で遊んだ良作の思い出も、怒って遊んだクソゲーの思い出も、同じくらいに大事なものなの」


 だから、ね?

 クソゲーで育った女の子は、モニターに目をやった。


「私は、みんなを笑顔にするクソゲーを作りたい」


 目を細め、未来を見つめる剛迫。


「褒められなくたって、いい。ただ、危険に満ちた未知の大冒険みたいなゲームを作りたい。理不尽でうまくいかなくて、ひたすらに退屈で相手を怒らせて……。人に語らずにはいられないような。十年後に再開する人達に、『あんなクソゲーあったよな』ってこき下ろされて、お酒のつまみにされるような。みんなに叩かれて馬鹿にされて、怒られて。それでも最後は笑顔にするようなクソゲーを、作りたいの」

「今度の大会は、その足掛かりってわけか?」

「そうね。今度の大会の景品は――より上位の大会に出場するための権利獲得。アンロック権を得るための大会は、まだ先の話になるわ」


 一歩一歩、地道に進むしかない。

 寂し気に笑う剛迫の笑顔には、確かな不安が見て取れた気がする。


「ごめんね、だらだら引き留めて。帰り道、気をつけるのよ」

「ああ。――明日も、同じ時間にやるのか? クソゲー作り」

「? ええ。同じ時間、同じ場所でやるのだけど……またここに来て、くれるの?」

「大会までは、な。――勘違いすんじゃねえぞ」


 素直じゃねえな、俺は。ほんと、自分でも呆れるほど可愛くないと思う。


「お、俺はな。クソゲーが好きになったわけじゃねえ、断じてな。クソゲーはクソゲーだとしか思ってないし、害悪でしかないという考えは変わってねえ」


 でも、だ。

 言葉を選ぶ。

 出来るだけ恥ずかしくないように。


「お前みたいな最高のゲーマー仲間を狂わせたクソゲーってのがどんな奴なのか……もう少し、見届けたくなっただけだ」


 顔に血が上っていくのを肌で感じる。

 予想の数百倍恥ずかしい。

 クソゲーに恨みを持つ自分がクソゲーを見届けたいと宣言したことが恥ずかしいのか、剛迫のことを最高のゲーマー仲間だと宣言したことが恥ずかしいのか。はたまた、その両方が恥ずかしいのか。俺には分からない。

 剛迫は少しの沈黙の後、


「いえ、別にここに来なくてもいいのよ? メールで送って家でプレイしてもらう予定だったから」

「喜べよ! 何でそんな困惑した声出してんだよ!? そこじゃねえだろ今お前が言うべきこと!」

「え? あ、もしかして、今ここでテスターになってくれるって決めたってこと? ごめんね、すっかりテスターになってくれるって思ってたから」

「なんって自分勝手な誤解してるんだよお前は……」


 空気が読めないのかこの人。

 俺の全てが台無しになってしまったような気がする。


「それに、お前のゲームはここに来ねえとやってられねえよ。お前に直接怒りをぶつけられないと、俺はモニターをぶっ壊しかねない」

「まあ、それほどの怨恨を持ってもらえていたなんて、光栄だわ!」

「お前はダメージ与えるほど回復すんのかよ、厄介過ぎる体質だなお前……。とにかく、これからは覚悟しろよ」


 こうして。

 俺は自ら地獄に飛び込むことを決めてしまうのだった。





 以下・とあるメールのやり取り。

「撮れていましたか?」

『問題ないよ! すっごく高画質で撮れてた! 途中、ヨイナラとかいう人の攻撃受けまくってたけど、大丈夫? けがはないかな? 病院行かなくていい?』

「問題ありません。部屋へのルートは、動画のみで把握出来たでしょうか? 不足であれば、文章による説明も加えますが」

『だ・い・じょ・う・ぶ☆ しっかり把握すること出来たよ、ホントにありがとね!』

「あなた様のお役に立てたのであれば、これ以上に無い至福にございます。俺はあなたの、忠実なる『信者』ですから」

『うん、ありがとう! これからもよろしくね! それじゃ、おやすみー☆』





 以下・別のメールのやり取り。

『やっほ、元気? 件の部屋の場所が分かったよ! 多分数日中にクソゲーハウスに行くと思うから、そこで張って、上手く挑発して出場用のゲームを使わせて! バトル用のゲームはこれから急いで作るから!』

「挑発の成功確率は『2』と、判断します。また質問ですが、潰しても構いませんか?」

『うーん、まあ、いいや☆ 全力で潰す気で行っていいよ! よろしくお願いしますねー(はあと)』

「了解。勝利期待度は『4』とお考え下さい」

『おー、頼もしいね! まあ、ゲームは私が作るんだけどね(汗)』

「ありがとうございます。では、そろそろ眠気が『5』です。もう寝落ちします」

『まだ8時なのに、早いね(汗)。分かった! お休み! お願いね!』

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