第16話
出口もあの仕掛けを使うのかとすっかり思い込んでいたが、出口は忍者部部室の『床下』からだった。床下が開閉式で下の部屋に行けるような作りになっていて、そこから下の部屋・元オカルト研究部に入り、そのままカギを開けて出ていく。なんでも、あの開発部の場所を特定されないようにするためのカモフラージュのため、らしい。
「いんやー、今日もつっかれたねー、ふーちゃん。サテン行こうよサテン! 歓迎会もかねてさあ!」
「……やだ」
「歓迎会って何だよ、俺はまだ入るって決めてねえぞ」
「え、マジで!? てっきりもう加入確定してると思ってたのに! いいじゃーん、もう! イッチ―、テスターになってよー。たのしーよー、クソゲー作り!」
「ただ単に俺を話し相手にしたいだけだろ?」
「ぎくり」
声に出して言ってるやつ初めて見たよ、この擬音。
部室塔から外に出ると、もう夕方だ。用具の片づけをしている生徒達が溢れる校庭の横を通過し、俺達は校門へと向かう。
「まあ、厳しいよねーやっぱ。ああいうゲームのテスターになるって……あたしなんか、あの不審者さんのゲームだけで絶対に無理だもん。ゴーちゃんとふーちゃんのゲームなんか更にもっとえげつないんだもん、きっついよね」
「……ヨイの狂ったキャラデザのセンスが一番きついと思うんだけどね」
「え? いいじゃーん! ゴーちゃんもいつもあたしのセンス最高だって言ってるよ? いいじゃーん!」
「……ゴーの言う『最高』の意味はお察しでしょ」
そうか。忘れていたがこいつは美術担当……
格闘特化のナイトも国外逃亡のサラリーマンも間違え過ぎて逆に正解に見えてくる日本人も全てこいつのデザインか。そう思うと、ある意味四十八願が一番恐ろしい存在なのかも知れない。
「まー、それはいいとして。イッチ―さ、明日は来るの? うちに」
「明日もやってんのか?」
「うん。基本的に毎日やってるよ。あたしは文芸部の活動で水曜日と金曜日だけ抜けるから、明日はいないけど」
「……まあ、考え中、だな」
さらりとこの元気娘が文芸部であるという事実が発覚したが、それよりも。
俺がこんな返答をしたことに、俺自身が困惑している。
クソゲーなのに、忌むべき存在なのに――何で考え中にしているんだ? 何ですっぱりと嫌だと言わないんだろうか。何で協力するのは絶対に嫌だと、俺は思いきれないでいるんだろうか。
――あれだけの熱意と研究を以て、創り上げたゲームなのに
クソゲーバトル開始時に、心の中で呟いた言葉が無意識に再生される。
クソ疲れのせいだろうか。俺はどうかしてしまったんだろうか?
「そーいやさー、さっきから気になってたんだけど、イッチ―」
「何だ?」
四十八願は俺の体を忙しなく観察しながら。
「イッチ―は手ぶらで学校来てた?」
「は?」
「いや、バッグ無いからさー」
「あ」
やっべやっべ。
あの部屋に置き忘れた。
「へへへー、馬鹿はっけーん! バッグなんて大きいもの置き忘れるなんて!」
「う、うるせえ! お前が強引に引っ張って連れ出すから忘れたんだよ! じゃあな、ここでサヨナラだ!」
「もー、せっかくここから華麗な営業トークをしようと思ってたのになあ……」
ハイテンションの権化たる四十八願の営業トーク……考えただけで恐ろしいイベントだ。ある意味神回避をしたのかも知れない。
俺は身を翻して部室塔に戻り、忍者部の部室の前に。一応誰にも見られていないタイミングを見計らって、どんでん返しの仕掛けを見よう見まねで起動させる。意外にどんでん返しは固く、スムーズに押すのはコツが必要なようだ。今度教えてもらう必要があるだろう。
そして掛け軸の隠し部屋。これはただ暖簾のようにかかっているだけで、引っ張って開けばいいだけ。そして、数分ぶりにクソゲー研究室に戻る俺。
「悪いな、剛迫。ちょっとバッグ忘れて……」
剛迫はモニターに向かい合っていた。
そこに映っていたもの――
剛迫がプレイしていたものを見て、俺は言葉を止めてしまった。
「……?」
大海獣 オクタパス。
ついさっきの不審者の作品を――
自らが葬った相手の作品を、剛迫はプレイしていた。
「あら、また来たのね」
「お前、それやってんのか?」
「見れば分かるでしょ? そうよ」
長い拘束時間のため、喋りながらプレイするには最適の作品とも言える。剛迫は上級戦艦の長いモーションの間もしっかりと画面を見据えて、コントローラーを握っている。
何の為に?
研究のため?
もしくは個人的に気に入って?
困惑する俺をよそに、剛迫は不意に口火を切る。
「――酷いゲームね」
悪口なのか褒め言葉なのか分からない評価である。
「傍から見ていても分かってたけど……。実際にやってみても、余り感想は変わらないわ。ひたすら長いモーションに単調な作業ばかり……。クソゲーの食指がまるで動かないわ、コレ」
「クソゲーの食指って何だよ」
「言葉通りの意味よ。……なんだか、作業的に作り出されたような一作ね。作り手の愛情や情熱がまるで感じられないわ……」
そう、まるで。
捨てられることが前提で作られたような。
剛迫はこの言葉を、噛み締めるように言う。
憂いの横顔を、俺は見逃しはしなかった。
ちょうどその時に、オクタパスの体力が削り切られる。何度でも蘇るタコの怪物は相変わらず気持ちの悪いカットインと共に轟沈する。俺のを見ていて大体の基準を掴んでいたためだろう、評価はSランク。
エンディングも無く、ただ金色の文字を眺めるだけの寂しい画面だ。
剛迫はその画面を暫く眺めてからすっくと立ちあがると、机の端に置いていたノートを手に、ペンを走らせる。相当な量の書き込みがしてあるのだろう、ページが奇妙に膨れているようになっていて、情報量の桁を思い知らされる。
「何書いてるんだ? 研究してたのか? このゲーム」
「研究じゃないわ。――備忘録……とでも言えばいいのかしらね」
「備忘録?」
「私の勝手な、勝手なこだわりよ」
剛迫はちょうど俺に背を向けるように座っていて、表情はうかがえなかった。
しかし、伺えずとも。察することは出来る。
「何で、そんなことを?」
野暮な俺は問う。
「忘れないためよ。私が殺めた、ゲームを」
淡々と剛迫は答える。
殺めたとはっきりと。
一見すれば意味が分からない言葉だが、俺の中の魂は共鳴し、痛みを訴える。
「これからあのゲームはもう日の目を見ることも無いし、作者からも消されてしまうわ。――誰の記憶にも残らなくなって、誰の思い出にもならない。誰からも、存在していたことすら覚えてもらえなくなる。墓標も鎮魂歌も骨壺も無く、ね」
「思い出にも……」
「だから、私だけは絶対に覚えていようって。この世界に踏み込んだ時から決めていたのよ」
自分が殺めたゲーム達を、決して忘れないこと。
それは、自分が殺した生き物は全て食し、糧とし、また記憶するような、誠実が過ぎる誠実さだ。息が詰まるほどに誠実で真面目で、潔白で謙虚で――矛盾している。
「剛迫、揚げ足を取るみたいだけどな。それなら、お前、何でこんなバトルなんてやってるんだよ?」
その矛盾を俺が直に突くと、剛迫はペンの速度を少し落とした。
「殺したくないなら、殺さなきゃいいだろ。別にクソゲーバトルが無きゃ生きられねえわけでもあるまいし。何で続けるんだよ」
「……」
「痛いだけだろ、お前が。苦しいだけだろ、そんなの」
「……痛くても、苦しくても」
切ない歌を歌うような声だった。
「叶えたい夢が、あるからよ」
「夢?」
「そ。とっても下らない話だけど、聞きたい? 私の夢」
「是非とも」
ペンを置く音。
ギシギシ、と椅子のしなる音。
冷たい天井の先にある見果てぬ空を仰いで、語る夢。
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