第12話

 味方陣営であるはずの剛迫の繰り出した、俺を苦しめるためのクソゲー・アダルーンの秘宝は、そのタイトルからは想像が出来ないことに、格闘ゲームだった。

 今回のロード時間は意外や意外、良心的もいいところであり、キャラクター選択画面までのアクセスが実に素早い。


「ずいぶんとヌルイことだな。いいのか? こんな『ヘヴン・ロード』で」

「構わないわ。どうせ、この画面までのロードは一度きりしか味わわせることはない。それならスピーディにクソ部分をぶつけた方がインパクトがより深まる……そういうことよ」

「なるほど……無意味にロード時間を長くすればクソになるだろう。そんな浅はかな考えではないか、流石にな」


 何なんだ。

 俺の両サイドの作者たちは、何を語っているんだ。何を煽りあっているんだ。何に納得しているんだ。

 キャラクターセレクトでとりあえず選んだのは、カーソルの最初に居た男だ。鉢巻を巻いた赤い胴着の男で、胸にはデカデカと富士山が描かれており、帯刀をしているという間違った日本観が前面に押し出されているキャラである。

 そしてステージセレクト……何だ? ずいぶんスムーズだ。


「……普通だな。バトル部分に秘密があるのか?」

「まあ、見ているといいわね」


 ステージセレクト。ちょっと捻って、中国を選んでみた。

 万里の長城を背景に戦うステージで、対戦相手は胡散臭いチャイナ服を纏った中国人のおじいちゃん。チャイナ服しか中国の服を知らない人間が作ったようなデザインだ。


「キャラクターデザインの電波っぷりはなかなかのものだ。なかなか酷い」

「馬鹿ゲーテイストを少し織り交ぜたわ。まあ、エッセンスの範囲。あくまでゲーム部分で勝負するのが私よ」

「ククク、アイヤーとか言い出したりはしないか?」

「するわよ。ちなみにCVふーちゃん」

「お前ら実はすっげー仲良しだろ。二人して俺を苦しめようとしてるだけだろ?」


 っていうかおじいちゃんに女子高生の声を使う時点で相当に狂ったチョイスであると言わざるを得ない。


『……いくあるよー……』


 ……不死川の声だ。すっげーローテンション。

 どう見てもアフレコ適当だろ。ノイズ入ってるし。一回しかやってもらえなかったんだろコレ、分かるぞ。俺には分かるんだ。

 まあ、それはどうでもいいとして、レディーファイト。

 どう考えても中国じゃない、南米系のBGMが鳴り響く。おい、音楽担当の木刀女。何をしているんだ。

 制限時間は99秒。さてどうなるんだ? 一体どんな理不尽な攻撃が俺を待っている? とりあえずは前後に動かして様子見。さあ、銃でもバズーカでも何でももってこい。


「その中国さんは遠距離攻撃無い投げキャラよ」

「このナリで投げキャラ!?」

「そうよ。早く攻撃しなさい、最初のステージなんだから」

「お、おう……」


 4人に見られながらのゲームプレイ――なかなか緊張するものがある構図だ。まだ必殺技のコマンドもわからないがとりあえず接近して。

 出の速い弱パンチを放つと――

 ぽすん。


『……あいやー』


 当たった。普通に当たって、情けないSEと共に全然痛くなさそうな不死川の声が上がる。

 そう、当たった。『当たったよな』?


「……なあ、体力減ってなくね?」

「減ってるわよ」

「……」


 何か、見えてきた気がする。このゲームの本質が。

 ぽすぽすぽすぽす。

 5回くらい弱パンチを当てて、ようやく目に見えるくらい体力が減った。

 これで残り80秒。


「……こ、これは、まさか……」

「……あら、察するのが早いわね」


 自信に満ちた剛迫の声が、今は非常に憎らしく思える。

 威力の高い強キックを中心に繰り出して、ようやく体力が3分の1くらいまで減少する。もう何回『あいやー』と言わせたのだろうか。

 こっちの攻撃が安いのか?

 相手の防御が異常に高いのか?

 このラウンド中、ほぼ攻撃しっ放しだったように思える。しかし最後の3分の1から、根性補正というやつか――防御力が更に跳ね上がり、ついに強キックですら弱パンチと同じくらいのゲージしか減らせなくなる。


「……!」


 何だ? 何が悪いんだ?

 必殺技を出せないからか? ああもう、残り時間がもう無い! ……タイムアップだ!


「おい、必殺技コマンド教えてくれ! 全然減らねえぞ!」

「ふふふ、いいわよ。左溜めCボタンで飛び道具、下溜めBボタンで回転下段蹴りよ」

「二つだけか畜生!」


 しかも溜めキャラなのかこいつ。見た目で特性がまるで分らねえ。

 2ラウンド目。

 俺はしょっぱなから、飛び道具を連打した。


「おらあああああああ! 減れ! 減れ! いいから減れ! 減れっつってんだよオラアアアアアアアア!」


 しかし無情、カスダメばかりである。

 しかも相手も馬鹿じゃない。ガードなんてウザい手段を使ってダメージを減らしてくるし、たまに回避もしてくる。

 あっという間に残り20秒。

 体力は残り2割。しかし、鉄壁の根性が発動している。


「っだあああああああああああ! うっぜええええええ! 何でこんな根性補正強いんだよこのクソジジイイイイイイイイ!」

「ま、まさか、本当に削り切れないのか!? 格闘ゲームで、そんなことが!?」


 冷静を保っていた男が取り乱し始める。剛迫は戦場を支配する指揮官のように腕を振り、


「ええ、その通りよ! KОなんてさせはしないわ! 開幕から殆ど攻撃を当て続けてようやく削り切れるバランスよ!」

「超火力、超反応CPUという王道の格ゲー界クソバランスとは真逆の方向性を往ったというわけか……! しかもKОが不可能ではないというのがまた嫌らしい!」

「低火力、低知能、高耐久……。この組み合わせで生まれる無力感とストレスの二重螺旋! これこそが私の生み出したクソシステム・『イージス』!」

「ほんっと楽しそうだなお前らだけ! 俺はぜんっぜん楽しくないのに!」


 俺は必死に必殺技という名の豆鉄砲を撃ち続けるが、当たっても当たってもカスダメ。しかもこのゲーム……ラスト10秒で音楽のテンポが速くなるせいか、なんと処理堕ちまで完備しているのだ。

 こうなるともうまともな操作は不可能である。

 残り一割の体力を、削り切りたい――こんな願望はしかし。

 制限時間と処理堕ちの前に潰され。

 空しい勝利が訪れた。


「……!」

「おめでとう。さあ、次のステージよ」

「このゲームで一番高火力なキャラ誰だよ!」

「5ステージ目まで進んだら解放されるわ。それまで頑張って。何よ、簡単でしょ?」

「ふんぬう、クソが! こんちくしょう!」


 俺はその唯一の希望に縋り、ゲームを続行した。

 次の相手は、ベネズエラ……に来ていた眼鏡をかけた日本人サラリーマン。後ろでは家族が応援している。


「こいつファイター?」

「石山 すぐる。国外逃亡中よ」

「何したんだすぐる!」

「サラリーマンには色々あるのよ」


 真面目そうなのに業が深い。

 例によってCV不死川で、『……醤油が恋しい』と言っている。

 そして試合が始まるが――さっきと同じ展開が再現される。


「固い……固いぞすぐる! クソ、クソ、クソウ!」


 やはり全体的に固い! 固すぎる!

 そしてまた、すぐるも削り切れずにタイムアップだ。

 その後も、わけのわからない設定のキャラクターの堅牢な肉体に阻まれ、体力ゲージを削り切ることは許されなかった。そして迎えた第5ステージ。このゲーム一番の高火力キャラであるらしい軍人さんの攻撃を一発受けると、なるほど。目に見えて体力が減った。

 こいつを解放すれば――或いは!

 そしてタイムアップ。

 軍人が解放され、次のファイターとしてすぐに選択。さあここから! ここからKО祭りを……


「……ん?」


 次の対戦カードが出た。

 ラストステージ、という言葉と共に。


「……ラス面?」

「ラス面よ」

「こいつラス面でしか使えないの?」

「ええ。対戦ならいつでも使えるけどね」


 ラスボスはこの軍人の上官っぽい人だった。ステージはなぜかどっかの住宅街のど真ん中。

 攻撃を命中させるが、さっきまでのダメージとほとんど変わらない貧弱な威力しか出せない。


「おい、威力減ってるぞ?」

「ラスボスだもの、当然防御力高いわよ」

「……」


 もう怒る気力もなくなってきた。

 ぺすぺすぺすぺす。

 まるで猫じゃらしでこんにゃくを虐めているような感覚にどっぷり浸りながら、また迎えたタイムアップ。第二ラウンドも同じような調子で、当然タイムアップ。

 迎えたエンディングでは、今まで頑張ってくれた勘違い日本人を差し置いておいしいとこだけ持って行ったこの軍人が元帥となっているシーンが映される。

 何なんだ、この不完全燃焼感は。強烈な残尿感は。

 削っても削っても削り切れない、お前はらっきょうの皮なのかと叫びたくなるような狂ったダメージ設定。受けるダメージも与えるダメージも小さすぎてどっちも全く倒れない。それは虚弱体質な素人による超絶スーパーフェザー級のバトルを、ヘビー級の動きで操作しているような感覚だ。

 純粋に自分の無力感を突き付けられているようで、非常に嫌な気分になる。行けそうで行けないというのが、ここまでつらいことだとは思わなかった。


「どう? 私の『イージス』は。これを見てもまだ勝てる自信があるかしら」

「ククククク……確かに斬新で素晴らしいクソシステムだった! しかし、やはり! 俺の勝利は揺るがないと断言してやるぜ!」

「その意気やよし! 見せてみなさい、貴方のクソゲーを!」

「……マジかよおい……」


 俺が生贄になるのにな。二人のテンションに対して、こっちはもうグロッキーだ。しかし審判という名の生贄となってしまった俺は、いやが応でも次のクソゲーに立ち向かう。

 大海獣・オクタパスへの挑戦だ。

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