第11話

 クソゲーバトル。

 それは、


「……何だ、それ?」

「クソゲーバトルはクソゲーバトルよ」

「いや、全っっっ然わからないんだけど? ちっともわかんないんだけど、その謎のバトル。ってかクソゲーって戦えるものなの?」

「戦えるも何もね……。私が出場する大会も、クソゲーバトルの大会版よ。……ちょっと準備するから、貴方。説明してあげて」

「お、おう……」


 ソファに座らせられた男の背後に立つのは、四十八願。当然鞭も取り上げられ、丸腰のうえに四十八願は自らの得物であろう木刀を背負っている。もしも変な気を起こそうものなら、即座にボコられて終わりだ。安全性に問題は無い。


「えっとな……兄ちゃん、料理漫画読んだことあるか?」

「まあ、あるけど……」

「大まかなルールは、それに出てくる料理対決みてえなもんだ。審査員に自分のクソゲーと相手のクソゲーを評価させて、優劣をつける。当然、『劣』の方が勝者だ」

「よりクソな方が勝者ってわけか?」

「そうだ」


 負けるが勝ち、というわけだ。クソな方が勝ちってもうなんだか意味が分からない領域だが、そうらしいから仕方がない。


「だが、どんなクソゲーでも出せるってわけじゃねえ。クソゲーとして出すタイトルは一度、世界クソゲーバトル協会に登録を済ませなきゃいけねえんだ」

「世界クソゲーバトル協会!? 世界規模なのかコレ!?」

「あくまでも、アンダーグラウンドだけどな――ほれ、見ろ。あっちのお嬢ちゃんが今、バトル開始の宣言をしてるぜ」


 見ると、


「ええ、はい……はい。そうです、対戦者は、番号00021、および00323。対戦カードは、00021は『アダルーンの秘宝』、00323は『大海獣オクタパス』です」

「ああやって、会員番号と対戦するソフト名を伝えるんだ。登録者は常に番号を書いたものを持ち歩いて、どこで勝負を挑まれてもいいようにしている。俺の場合は鞭の柄だ。その番号をもとに協会に登録してある自分のソフト呼び出して戦わせて、勝利すればそのソフトに得点が付く。敗北すりゃあ、ソフトは登録から抹消。二度と同じソフトは登録出来ねえ」

「そういうの、同じソフト違うソフトって分かるのか?」

「ああ、協会には必ずパスワードを送る必要があるからな。協会で必ず同じソフトが無いか確認するんだよ」


 クソゲーのくせに無駄にセキュリティちゃんとしてるんだな。クソゲーのくせに。


「で、戦えば得点が得られるのは分かるんだけどな……。その得点って、何か良いことあるのか?」

「ああ、あるとも。むしろそれが目的だ。登録しているソフトのうち、上位3作品の合計によって会員としてのランクが決まり……各種大会への参加資格を得ることが出来るんだ。当然、ランクごとに最低ランク・上限のランクは違うけどな」

「え、大会って、好き勝手に非公式公式含めてやってるんじゃねえのか?」

「それは普通のゲーム・フロンティアのゲームだけだ。クソゲー部門の場合は協会が管理している」


 何だよ。

 何で無駄に、ちゃんとしてんの? クソゲーなのに何でしっかりしたルールとか体裁整えてるわけ?


「何でクソゲーなんかにそんなしっかりしたルール設けたり協会があるんだって顔してるな、兄ちゃん」


 男に見透かされてしまった……。

 というか、誰だって思うと思うよ、コレは。


「そりゃそうだろ。何でこんな本格的にやってるんだ? 摘発されたりしねえのか、ゲーム・フロンティア側によ。クソゲー作りを奨励するようなマネしたら、クソゲーばっかりになっちまうじゃねーか」

「いいや、その逆だ。協会とゲーム・フロンティアは、むしろ協力関係にある。ゲーム・フロンティアにクソゲーを『氾濫させない』ようにするのが、協会の存在目的だ」

「え?」

「クソゲーばっかり作りたがる奴っていうのは、一定数いるのさ」


 男はちらりと、剛迫を見る。

 何かしらの登録情報を協会に伝えているらしく、熱心に喋っているためにこっちの声は聞こえていない様子だ。


「仲間内だけで公開するんだったら、いいんだよ、そういうのでも。けどな、世の中にゃクソゲーを世界に公開したいって輩もいて、何作品もそういうのを投入しちまう――。そして協会は、そういう『意図的に作られてると判断出来る、まともに遊べそうもないゲーム』……クソゲーを作る輩に、メールを飛ばすんだ。こういう場があるぞと。クソゲーバトルの世界の存在を伝えるんだ」


 いわば、クソゲークリエイターの隔離だ。

 男は少し皮肉っぽく笑ってみせる。


「内容の充実、エンターテイメント化してるのは、つまりはガス抜きのためだな。――見てもらいたい、認めてもらいたいという欲求は誰にでも存在している。だが、良作凡作が溢れているゲーム・フロンティアだ。そういう所に出したって見向きもされねえ。一方こっちの世界は、参加人数の都合で注目される機会は十分だ」


 実際、そういうのを求めて普通の方からやって来る輩もいるぜ?

 恐ろしい話である。


「登録したクソゲーは、表の方に出すことは出来ない。だから隔離が出来るんだ。だが、大会の景品として、優勝したゲームのゲーム・フロンティアでの公開アンロックを許されるって場合もあるな。――変な話だけどな」

「隔離するけど、放流もするのか……しかも蠱毒を生き抜いた、強烈な純度のクソが……」

「乱発されるよかマシってわけだ。敗北したゲームは登録解除された後も、一般公開は出来ないオマケ付きだしな。――一度監獄に入った奴ァ、娑婆でまともに生きられねえってことだ」


 これで大体わかったか?

 最後に訊かれたので、俺は一言だけ要求する。


「長い。一行で纏めてくれ」

「クソゲー戦わす。勝てば得点負ければ抹消。存在目的は隔離、健全」

「アンタ最高だ、ありがとう」

「どーもな」


 実に親切な対戦者である。俺の中の好感度は急上昇だ。


「話は終わったかしら? 早速始めようと思うわよ。――本当にいいなら、宣言をしなさい」


 どちらかと言えば悪役寄りのセリフを吐く剛迫は、通話中の自分のスマートフォンを男に差し出した。

 男はふっとニヒルに笑い、手元を組んで座りなおす。


「お前。今回出すゲーム、得点はいくら付いている」

「8よ」


 高いのか低いのか分からない。

 しかし男は、くっくっく、と笑い声を上げる。


「俺のは50だ」

「……50?」


 ここで反応したのは、不死川だった。

 四十八願は、木刀を手に用心棒として立っているだけで、何の反応も見せることはない。


「不死川……それって、高いのか? 50て」

「……クソゲーバトルランクは12段階ある。それのランク5の必要ポイントが50」

「ランク5……どれくらい凄いんだ?」

「全体の上位50%」


 ほうほう、全体の上位50%ね。

 ほうほう、50……。

 ……


「その一本だけでランク5ってことだよな!?」

「……そうだよ。一本だけでそれだけのポイント稼ぐのは相当」


 この男は言っていた。登録は『3本』まで可能で、その合計でランクが決まると。

 しかしこの男の『大海獣オクタパス』はたったそれ一本だけで、クソゲーバトル界の上位50%に食い込んでいるという――

 それに対する剛迫のソフトのポイント、たったの8。

 単純に考えて、ダブルどころかセクスタプルスコア――6倍以上の得点差。

 一体どれほどおぞましいクソゲーなのだ?

 想像するだに恐ろしい。


「本当にいいんだな? 勝負しても。たったポイント8の相手、潰しても1ポイントにしかならんが……。やめるなら今だぞ」


 ポイントで見れば、その得点差は余りに絶望的。幾多の相手を屠ってきたソフトを前に、剛迫 蝶扇は――


「ふぅん」


 興味を無いものを見る目を向けるのみ。


「私が訊いているのは貴方がやるかやらないか、それだけよ。私はすでに宣言を済ませてあるわ、早くなさい」

「……フン、作品知らずが」


 命知らずの言い換えだろうか。

 もしも負けてしまえば、戦いの場に二度と出ることは許されず、ただ内輪に公開するだけの作品になってしまうというリスクを承知でなお、剛迫は強敵に挑むというのだ。

 ――あれだけの熱意と研究を以て、作り上げたゲームなのに。


「……?」


 あれ。

 俺は今、何を思ってしまった?

 クソゲーなど唾棄すべき存在だと、俺は自分で宣言していたはずではなかったのか?


「こちら会員番号00323。互いの合意によって決めた非公式審判により、フリールールのバトルを開始を承諾・宣言する」

「……!」


 宣言――

 もう逃れられない。

 俺に出来ることはたった一つ。祈ること、ただそれのみ――


「はい。まずは私のからよ」

「?」


 と。

 何もできない。

見回り役にしかなれないと思っていた俺に回ってきたコントローラー。


「……えーっと、剛迫さん? 何で俺にコントローラー回ってるんですかねえ? 非公式審判っていうのがいるんじゃ……」

「審判はな。互いが納得することが出来れば、誰でもいいんだよ」

「協会側からの信ぴょう性に欠けるから、勝利時のポイントは半分になるけどね」


 嫌な予感がじくじくと胸を湧き上がってくる。

 片や単体でランク5相当のレベルまで押し上げてしまったソフト。

 片や俺の中で最悪に位置づけられたクソゲーメーカー・すまいるピエロの選んだソフト。

 ……え、マジで?

 ちょっと、マジで?

 冗談やめて――?


「へへへ……うん、気持ちは察する。クソゲーバトルの審判って、通称『生贄』って言われてるからね」


 やめてよ四十八願。何でそんなすっごく申し訳なさそうな顔してるわけ? 何でそんな、死地に赴く新兵を見送る上官の顔してるわけ?


「公平なジャッジを信じてるぜ、兄ちゃん」

「くれぐれも変な気は起こさないでね」


――クソゲーバトルをボクシングで置き換えよう。

 それはそう。ボクサーが交互に審判を殴りつけ、受けた苦痛の度合いによって、自ら判定を下す。

 つまりはそういう競技である――

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