第9話

「……このステージ4のギミックのスピードを変えてみたんだけど、どう……? 遅すぎると思うんだけど……」

「いえ! むしろ、これくらいがベストかも知れないわ! ギミックが邪魔をして行動できない時間が増えることで、ストレスを与えるのよ」

「……でも直前に、同じような感じのストレッサーポイントがある」

「うーん……なら、直前のギミックもこのギミックに差し替えましょうか。『ま た お ま え か』ポイントにして、ストレスの倍化に繋げるのよ。難易度が低いポイントな分、待機時間でストレスを与えるわ」

「……なるほどね。あ、あと、この後にイベントムービーあるんだけど、そこはこのポイントで待機時間ストレスを与えた分、ロード画面を削った方がいいかな……?」

「そうね。ロード画面は抑えめにして、ぎりぎりやる気を残しておく仕様にしましょうか……。イベントムービーで余裕が出来る分、五面の初手でいかに突き落とすかが肝要ね……」


 大量殺戮兵器の製造現場を目の当たりにしている正義漢の心境というのは、こういうものなのだろうか。

 液晶の中で作られていた、まだまともだったステージは、常識では考えられない剛迫の提案によってその様相を変えていく。より禍々しく、より歪に、より効率的にプレイヤーにストレスを蓄積させていく、悪魔のクソゲーへと――


「な、なあ、四十八願。俺、そろそろブチ切れていいか? 俺の中の何かが、この状況を全面的に受け入れられないんだ」

「んー、そう言われてもなあー。それなら、あたしとトランプでもしよっか! トランプタワー!」

「何で一人用のゲームを提案するんだよ……!」

「あたし、得意だよー? 大体いつもこうやって二人で進めてるから。あたし、あんまりゲームのこと知らないしねー」

「四十八願は何を担当してるんだ……?」

「音楽とシナリオとキャラデザ。ま、所謂美術担当だね。だから、もうあたしの役目って終わってるんだよね。いつも退屈でさー」


 正直言って、四十八願が俺の隣に居て話に乗ってくれなかったら、俺は今すぐにでもゲームハードを叩き壊す蛮行に及んでいたかもしれない。

 確かに太平寺の言うように、剛迫は凄まじいこだわりを以てクソゲーを作っていた。

 自身の卓越したゲームに対する経験値と膨大な知識量を活かして作られるクソゲーは、まるで優れた医者の作る悪質な毒物の如しだ。同じ力を持っているはずなのに、それを闇の力に使ってしまっている者を見ている気がして、我慢するのがギリギリの状態だ。


「よーし、とりあえず、これで4面は完成とする……その前に! カモーン、一鬼君! テストプレイよ! 出来立てほやほやの新ステージ!」


 俺は敵国のために労働を強いられる捕虜の気分をほんの少し味わっている気がする。


「これ……ギガンテスタワー、なのか?」

「そうよ。昨日送ったのはあくまで体験版。これからまだまだ調整する必要があるわ」

「クソにするためにか?」

「イエス!」


 テンション上がりすぎだろ。普段の剛迫からは考えられないほどにテンション上がってる。誰なんだこの人は、すまいるピエロだ。畜生め。


「……一鬼君。今回は3ステージ目で取得できる技を自動で取得してる設定だから、それ使えないときついから……」


 と、俺の右隣の不死川がくにゃりと俺にもたれかかりながら。


「……それはいいけど、何でもたれかかった!?」

「……こっちのが楽……」


 いや、楽なのは分かるが……あんまり運動してないせいか、ぷにぷにふわふわした体の感触と温度が直に伝わるのは、実に思春期の心臓に悪い。


「追加技はアッパーよ。飛び上がりながらの攻撃だから、対空に使えるわ」


 左隣は剛迫。今はほぼ敵同士の間柄とはいえ、腐っても堕ちても清楚な美人であることに変わりはない。ソファの大きさ的に体は部分的にくっつき、温かな体温がしっかり伝わってくる。


「ようやくプレイだね! やっぱゲームはプレイ見るのがナンボだよねー!」

「うおわ!?」


 後ろから勢いよく強襲を仕掛けてくる四十八願。思いっきり身を乗り出しているために、すぐ真上に存在感を感じる。

 それも、多分頭上にあるのは……胸だ。

 三人の中では一番小さいとはいえ、ちゃんと存在は確認できる程度のものを持っているために、心臓への負荷は加速する。

 考えてみれば、これは男としてはかなり理想の環境かもしれない。

 清楚、無口、元気娘。より取り見取りの面々を密着状態で侍らせる……あれ、なんということだ。素晴らしい環境の出来上がりではないか?


「で、アッパーってどうやんだよ? コマンドは?」

「B押した後に上ボタン」

「だから何で上とBボタンをそんなに酷使すんだよ!?」


 肝心の真正面に居るのが揺るぎないクソゲーであるという点は、看過できない問題点であるが。

 かくして俺は、一面のボスすら拝んでいないギガンテスタワーの三面を、渋々プレイすることになる。

 ステージが始まる。どうやら火山のステージらしく、全体が溶岩のオレンジと岩の黒で彩られ、物々しく重々しい重低温なBGMが流れている。


「へっへっへー、この曲、あたしセレクト! いいでしょー!」

「ああ、そうだな。ステージの雰囲気に合ってるんじゃねえ? ドットの打ち込みも、結構凄いなコレ。溶岩の表現とか」

「……そんな凄くないよ。こんなの20分で出来る」

「え、ホントか!? 凄いな!」

「……別にそんな凄くないんだけど」


 何だこれは。

 クソゲーでも、周りの女の子とコミュニケーションを取りながらやると――希望とやる気がムンムン沸いてくるじゃねーか、オイ。いかんいかん、このままでは信念が揺らぎ……

 超高速で接近してきたカニに、一撃で轢き殺された。


「あ、今のは私が設計したのよ! 理不尽なスピードで序盤だから様子見をしたいという初見を殺すための設計になってるわ! でも体力は1だからジャンプじゃなくてもカウンターのパンチ合わせれば倒せる親切設計に……」

「お前はもう黙ってろ! クソな部分は言われなくてもお前設計って分かるんだよ!」

「分かってるじゃない」


 どうやら信念を揺らがせる必要性は無いようだ。

 大体何で超自然的なスピードで動くカニが火山に居るんだ。

 さて、気を取り直してテイク2。火山の大地に立った俺は、まず最初に右端を凝視。

 数秒後、カニが駆けてくる。


「ほっ!」


 ナイトジャンプ。

 カニ回避をした俺は、まずは新技・アッパーの練習をすることにする。意外にこれが出しやすく、三回連続で肉体派ナイトは宙に飛び上がりながら天に拳を突き上げる。

 ジャンプ並に高く飛ぶために、ジャンプより出しやすいこれをメインに飛べば良さそうだ。


「あら、意外に出しやすい? アッパー」

「ああ、いいぞこれ。出し終えた後に空中で操作も効くから穴とか飛び越すのにも普通に使える」

「ふーちゃん! 設計ミスが見つかったわ! 後でこのアッパーのコマンド受付時間を短く……」

「すんな! 改悪すんじゃねえ! 唯一使える武装を!」


 こっちに都合良ければ設計ミスなのかよ、こいつの中では。もはやただのサディストじゃねーのか?

 進むと、今度は三段くらいの段差をジャンプで登っていかなくてはいけない地帯に辿り着く。しかし大岩が絶え間なくゴロゴロと転がってきて、道を阻む。


「うーん……こいつは……どうすんだ? 壊れるのか?」

「……内部設計では999ダメージ与えれば壊れるようになってるけど、そんなダメージ与える暇ないよ」

「ふうむ……」


 なるほど。

 安全地帯も存在しない、回避手段が存在しない大岩。つぶされたら即死だろうし……頭を使わなければいけない。

 落ち着こう。これがゲームであるなら、攻略が出来るはずだ。

 もしも俺が積み重ねた経験を以て、クソゲーを作るとしたら――

 どんな仕様にする?


「……」

「え? ま……前に行くのそこでえ!?」


 常識に囚われてはいけない。

 俺はあえて、前に進む。

 大岩は目の前まで迫っていて、直撃間近だ。


「……お見事ね、一鬼君。さすがよ」


 大岩につぶされる刹那、こんな声が隣から。

 大岩の直撃を受けたナイトは。

 その体力を、僅かに10分の1ほどしか減らさなかった。


「ええ!?」

「やっぱりそうか!」


 昨日、剛迫は言っていた。体力を減らすのは前蹴りと、中盤のトラップだけだと。

 そしてこのどう見ても抜けられずに詰んだと思わせるトラップ――どう見ても一撃死確定な罠。それこそが、こいつの仕組んだ巧妙なこけおどし。

 どんな理屈なのか聞きたくもないが、このナイトの鎧は足の生えた草の接触では粉々に砕け散ってしまうが巨大な岩の前では金剛石の高度を得るらしい。ノックバックすらもせずに半透明で点滅し、後はゴリゴリと進める。

 どうだ、見たか! すまいるピエロ!

 俺はこのクソゲーの張り巡らされたクソ要素を、看破してやったのだ!

 そんな謎の満足感に浸るのも、束の間。

 異変は――

 モニター外で起こる。

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