第8話

「いらっしゃーい、うえるかーむ!」

「?」


 クソゲーラボ。

 こんな汚れた称号を持つこの空間には似つかわしくないような、色を付けるとすればピンク色の声が炸裂したのは――俺の背後からだった。


「あら、ヨイちゃん、遅かったわね……って、何よその恰好!?」

「へへへー、だってお迎えだから、サービスしちゃったよ」

「サービス?」


 女の子が。

 サービスした格好をなさっている。

 俺の振り向き速度は、不死川への土下座にも匹敵する速度で繰り出された。これはゲーマーとしてではない。オスとして生まれ落ちたその瞬間から逃れられぬカルマによる行動である。

 だが。

 その行動の結果、得られたものは、困惑だけであった。


「……何この恰好」


 サービスしたという女の子がいるはずの場所には。

 巨大なイセエビが立っていた。

 ハサミの間には人数分の缶コーヒー(飲めない人のことをまるで考慮していないオールブラックコーヒーである)が挟まっていて、もう片方の手ではチョキチョキとハサミを鳴らしている。

 なんだこの人。

 何がやりたいんだ。


「あ、男の子なんだね、例の人って。初めましてー、四十八願 桂子(よいなら けいこ)です! よろしくお願いねー」

「まず何でイセエビの恰好してるんすかアンタ」

「え? だって、お迎えでしょ?」


 だからイセエビ!

 シャキーン。

 決めポーズをとられて、俺は片膝を付いた。


「しっかりして、正気を保つのよ! あの子のボケを理解しようとしてはいけないわ!」

「……お、俺は、一体何を見ているんだ……? 何を見て、何を聞いているんだ……? 教えてくれ、一体何が起きているんだ……!」

「どうしたの? ハイ、コーヒー。ブラックだけど、飲めるかな」

「選択肢を与えないで訊くようなことじゃないと思うぞ、俺は……」


 四十八願 桂子。

 エビの娘だと俺の中での認識が完全に固まってしまう数秒前に、ついにその頭をハサミで器用にキャストオフしてくれた。


「んー、やっぱりお茶の方が良かったのかな……。あ、はい、ゴーちゃん、ふーちゃん! コーヒー!」

「……私、ブラックコーヒー飲めないの知ってて買ってるよね……?」

「大丈夫大丈夫! あらかじめ、ちゃんと振っておいたよ!」

「……そういう問題じゃない。それに、普通人に買ってくる飲み物を振るのは炭酸の時だけだよね」

「それは普通じゃねーぞ」


 四十八願はハサミも両方キャストオフすると、エビの胴体を持つ四十八願はびしっと親指を立てて大丈夫アピールをした。

 かくしてこのエビ少女の中身は、なんというか――このアンダーグラウンドな空間には非常に似つかわしくないお方である。

 ショートヘアには太陽の髪飾り、キラキラ溌剌と輝く両の瞳。健康的に筋肉の締まった頑丈そうな手足、そしてそれだけでトレードマークになりそうな、眩いばかりの全力全開、ピュアピュアなとびっきりスマイル。

 その陽性の存在感はさながら、ミカンが詰まった段ボール箱の中に一つだけ混入したトロピカルフルーツのように目立ち、否が応でも目を引く。


「ふいー、でも動きにくいねコレ! しかも暑いし! 自販機の前まで行くのにかなり汗かいちゃった!」

「それで自販機の前まで行ったのかいアンタ!? それで校内うろついてたのか!?」

「うん、そうだよ! エビは縁起物、イセエビはその王様! みんなに幸せを届けるために、不肖・この四十八願! 巡回任務を達成してまいりました!」

「不肖にもほどがあるだろ、それ! ただの不審者か!」

「途中で捕獲されそうになったこと、約4回……」

「塩焼きか!?」

「お刺身です!」

「網焼きでしょ!」

「……味噌汁」

「って何の流れだこれ」


 何のコンボが繋がったんだよ、コレ。

 剛迫も不死川も『はっ』と口元をさっと抑えて、少しばつが悪そうに眼を逸らす。

 呑まれたのか。この謎ジョークを飛ばしまくる四十八願に。

 なんだか脱力感に襲われていると、四十八願はふと、うんうんと何かに納得したような声を出す。


「思ったよりもあんまり緊張してないね、一鬼君。――へへへ、この着ぐるみ持ってきた意味なかったみたいだね」

「?」

「あ、ちなみにさっきの校内巡回は、ジョークだから安心していいよ! んじゃ、ちょっと着ぐるみ置いてくるからー!」


 と、四十八願はにっこにこの笑顔と共に、再び隠し通路をくぐっていった。

 剛迫は、手のかかる子を見る母のまなざしで、隠し通路を塞ぐ掛け軸を見つめる。


「心配してたのね、やっぱり。それにしてもちょっと体張りすぎだわ」

「……俺のためにやってたのか? あのボケ倒しは……?」

「さあ。どこまでが本気かわからないけど――そういう子だし。あんまり考える方が野暮ったいわよ」


 そう言って、クールにブラックコーヒーのプルタブを開き、こきゅっと小気味よい音と共に飲み下す。

 四十八願 桂子、か。

 口元がほんのり緩みかけた、その瞬間。


「ワハハハハハハハハハーーー! 第二弾! アメリカザリガニの強襲である!」

「もういいのよヨイちゃん! もういい感じに幕は閉まったのよ!?」

「……ぐほっ!」


 脳が理解の範疇を超えた拒否反応が、吐血となりかけた。

 クソゲーラボ三人衆。

 彼女らはどうやら、一筋縄ではいかなすぎる集団であるらしい。

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