第3話

 午後10時の俺は、ゲーム・フロンティアのランキングページを漁っていた。

 新着順での検索で、今日一日で進んだページ数はもう50ページにまで到達している。その一つ一つのタイトルを見ては詳細をクリックし、めぼしいものをダウンロードする。ダウンロード中にランキングページに移行出来るフットワークの良さも、このゲームの魅力の一つと言えるだろう。


「……もう10時か」


 10時。

 ちょうどアクションゲームのダウンロードを完了させた俺は、剛迫のことを思い出す。

 それなりの高難易度を誇るラピスラズリを11時までに攻略すると宣言していたが、今頃はどこまで進めているのだろうか。案外初見クリア出来てしまっているのかも知れないし、ラストステージ手前の中ボスラッシュで手詰まりになっているかも知れない。もっとも、剛迫はマルチでディープなゲーマーだ。そんなに酷いことにはなっていないだろう。


『――『泥作りの半魚人』さんが、新作を公開しました――』


 画面に唐突にテロップが流れ、俺はその文章を無意識に追いかけた。

 ランキングページを含めたメニュー画面には、新作の投稿を含めた新情報が入るたびに、テロップが上部に流れる仕組みになっている。ランキングの更新などの重要な情報も流れるために、必ず全文目を通すようにクセがついてしまっているのだ。

 そろそろ俺のゲーム好きも、末期症状が出ているのかも知れない。


『――『すまいるピエロ』さんが、新作を公開しました――』


 続いて流れてきたテロップ。

 その情報を頭に通して、俺は思わず画面に食らいついた。


「ま……また出しやがったのか、すまいるピエロ!?」


 このゲームは、特定のクリエイターが数種類のゲームをいくつも作って公開しているケースが多い。そのため、特定のクリエイターにファンがつくことも、逆にアンチがつくことも、多々あることだ。

 俺はクリエイターによってゲームを差別することはまずしない。

 ゲームはゲームと割り切って、どんな悪名高いクリエイターのものだろうが、喜んでプレイする所存だ。

 しかし、『すまいるピエロ』。こいつだけは例外中の例外と言ってもいい。

 何せ、偏執的なまでに、『クソゲー』に拘っているクリエイターなのだ。

 人の精神をいたぶって壊すことが目的としか思えないくらい、様々な手法を用いて人を苦しめぬいて、地獄の底に突き落とす。人を楽しませようという精神がまるで見えない、クソゲー中のクソゲーを作り出すクソの錬金術師。

 クソゲーで散々に傷ついた過去を持つ俺の傷を抉る、マッド・ピエロだ。

 プレイしたゲームがクソだった? よし、クリエイターを見てみろ。

 きっとそいつは、すまいるピエロだ。

 俺の中に存在する定型文の一つである。ピエロ恐怖症という言葉があるが、本来とは別な意味で恐怖症を植え付けられているほど、このピエロの繰り出す奇術(クソゲー)は酷い。

 クリエイター名を確認するためにダウンロードページの一番下までスクロールする必要があるという仕様も相まって、俺は何度も辛酸を舐めさせられてきた。今後、新着を漁る際は新しく生まれてしまったこの地雷に少し注意する必要が――


「♪♪♪♪♪」

「おや」


 そんな決意を嘲笑うかのような陽気なサウンドが、俺のスマートフォンから流れてきた。着信音はランダムにしているが、どうやら今回は段差から落ちれば一撃死してしまう先生の曲のようだ。

 画面に映っている名前は――「剛迫 蝶扇」。

 時計を見ると、午後10時10分。

 結果報告というわけだ。


「はいよー、もしもし」

『こんばんは、一鬼君。夜遅くに悪いわね』


 月夜によく似合う冷静で澄んだ声が、スピーカーから。


「あー、そんなことねえよ。まだ10時だぞ? 遅くねえよ」

『まだ? そんなことないわよ。夜更かしし過ぎるのは体に毒よ? いつも何時くらいに寝てるのよ』

「え……い、一時三十分とか」

『どう考えても遅いわ。ちゃんと睡眠とりなさい。ゲームもいいけど、体が第一なんだから。ね? 健全なゲームプレイは、健全な肉体から、よ』


 花の高校生でありながら、実に真面目なことでほとほと感心する。

 剛迫は一体、ゲーム時間をどこで作っているのだろうか。


『ま、それはそれとして。一鬼君。貴方は実に素晴らしいわ』

「へ?」


 と、それはだしぬけに。

 唐突な称賛の声に、俺は戸惑ってしまう。


「な、何の話だ? いきなり褒められても困るんだが……」

『ラピスラズリの感想の話よ。貴方の感想は、実に適切だったわ』


 ギギ、と。スピーカーの向こう側から、ベッドの軋むような音が聞こえてくる。


「クリアしたのか? ラピスラズリ、こんなに早く」

『ボリューム少ないしね。20分で全クリ出来たわ。検証のために3周したけど』


 20分て。ほぼ初見クリアじゃねえか。

 一応死にゲーに分類される難易度だと思うんだけどな。この人、何気に化け物じみたプレイヤースキルだわ、ほんと。


『良いゲームだったわね、アレ。人の反射神経に訴えかけてくるような敵の布陣に行動パターン、回避の爽快感を高めてくれる自キャラのスピードに、敵の行動のランダム性。パターン化されてても、それらは損なわれることが決してないし、ユーザーインターフェースもいいわ。実に適切な感想だったと思うわよ、一鬼君』

「そりゃどうも」


 実に適切な感想っていうのは、こっちも言いたいところだ。

 あの場では言わなかった俺の感想の補完を、今ここでしてくれたような感覚だ。どうやら俺と剛迫の感じたこのゲームに対する感想は、近いところがあるらしい。

 そう思うと、何だか照れくさいような変な感覚に陥る。

 気が合うね、俺達。

 こんなセリフでも言ってやろうかな。


『……一鬼君』


 と、トチ狂っていた俺の思考を遮断する相手の声。

 何か思いつめたような、真剣さを帯びている。


『そろそろ……いいかなって思うわね。私』

「? な、何の、話だよ?」

『私はずっと、貴方のことを見ていたわ』


 !?

 仰け反った俺で軋む椅子の音は、しっかりと相手に聞こえていただろう。

 ま、待て。深呼吸を一つする。

 まあ、趣味の合うゲーマー同士だし。こんなこともあるだろう。

 俺も剛迫に興味が無いわけじゃないし、むしろ無いか有るかの二択で言われたら十分に有る方だし、きっとそれが自然なこと、自然な選択、心の動きだと思う。

 でも、心の準備ってもんがね? あるんだよ。


『会話しながら、ずっと、ずっと思ってた。この人、良いなって。この人が一番なんじゃないかなって……それでもなかなか、決めきれなかったんだけど、今回のことで私、確信をしたわ』

「ホ!?」


 ままま、待て。

 これ、ほとんど告白?

 俺の中で受け入れ態勢を急ごしらえで整えている最中なのに追い打ちのように続く言葉たちは衝撃的なものばかりで、作業員たちの作業を邪魔してくるようだ。

 相手の口調はあくまで真剣で。

 あくまでも冷静で。

 俺は対照的に取り乱してばかりで――

 こんな間抜けで情けない構図にトドメを刺すかのように、剛迫は――最後のこのセリフを、力強く宣言した。


『一鬼君。私のゲームのテスターになってほしいわ』


 取り乱した思考が、急に冷静に整列をしだした。

 そして、入ってきたこの情報を。剛迫の言葉を咀嚼し始める。


「……テスター?」


 もしかしたら斬新な告白の文句かも知れないなどと思ったが。

 剛迫は、あくまで落ち着いた口調で、


『ええ、そうよ。私が作ったゲームに、貴方の意見が是非とも欲しいのよ』

「……それ、言葉通りの意味だよな?」

『? 当たり前じゃない。それ以外の意味がある?』


 ああ、そうだよな、ハイ。気を落とすほどのもんじゃねえよ。

 こんなもんだよ、ケッ。

 勝手に失望して勝手にいじけた俺に『ちょ、どうしたの? どこか具合でも悪くなった?』と心配する声が。悪くなったのは虫の居所だけです、剛迫さんよ。

 でも、いつまでもこのままではいられない。

 それに――テスターっていうのは、実に気になる単語だ。


「……っしっかし、唐突だな。お前がゲーム作ってたなんて知らなかったぞ。いつから作ってたんだ?」

『大分前からね。すでに何作品か投稿をしてるんだけど……今回の作品は、ちょっと特別なの』

「特別?」

『大会に出すゲームなの』


 大会。

 それを聞いて、俺の中で食指が動きだした。

 ゲーム・フロンティアには、大なり小なり、形式も様々に、作られたゲーム達の優劣をつける大会が存在している。

 ジャンルは様々で、公式・非公式を問わず、優秀な作品たちが選りすぐられて、選評を受け、順位をつけられるのだ。

 これはゲーム・フロンティア側からすれば、クリエイター達のレベルアップによるゲームソフトの強化になり、クリエイターからすれば名誉と知名度と賞金というメリットがある。そのために、既に何度も大会と呼ばれるイベントは、開催されている。

 本気で何かを成し遂げようとしている人を見れば、それを後押ししてあげたいと思うのは自然な人情だろう。

 俺は椅子に座り直し、襟を正す。


『だからね、今回ばかりは私だけの感覚ではダメで……。どうしても、経験ある人の意見を取り入れたいのよ。だから……』

「分かった、OK。やるよ、テスター」


 俺の即答に、向こうは驚いたのか、『え?』と聞き返す声が少し裏返っていた。

 そんなに意外だったのだろうか。


『いいのかしら? 本当に……』

「ああ、いいよ。協力する」

『ありがとう』


 俺が自分でも驚くほどに言い切ったためだろう、相手の受け入れもはっきりしていて、即決だった。

 テスターとして協力する――それに、これといった理由は無い。

 あえて言うとするのなら。

 自分の大事なゲーマー仲間の挑戦に、手助けをしてあげたくなった。

 これだけで、十分だろう。


「……でもな、剛迫。言っておくが、俺はゲーマーとしてはっきり言うぞ? いいんだな? 傷つけるかも知れねえぞ」

『もちろんよ。傷つけるくらいの方がいいわ。存分に来なさい。むしろ変に繕われる方が、ずっと傷つくわ』


 良い返答だ。

 相手もまた一人のゲーマーであり、だからこそ自分の作ったものに妥協しない。だからこそ、協力のしがいもあるというものだ。

 かくして結ばれた、テスターとしての契約。

 妙な清々しさと達成感に足首くらいまで浸った辺りで、剛迫の声は続ける。


『じゃあ、さっそくそっちにアンロックのためのパスワード送るから、感想を聞かせてくれない?』

「え、今やんのか!?」

『勿論よ? 兵は神速を貴ぶ』

「……10時20分だけど?」

『大丈夫、私は貴方を信じているわ。きちんと私の睡眠時間までに適切なレビューをしてくれることを』


 話している間に、ゲーム・フロンティア内にメールが入った。

 メールボックスを開けば、剛迫のメール。

 ゲーム・フロンティアは仲間内だけでの公開も認めていて、パスワードを入力してダウンロードのロックが解除されるような仕様にすることも出来る。その仕様にする場合は新着に入ることも無いほか、検索の際もロックされているタイトルは省いて表示することが出来るため、検索の妨害になることもない。

 メールを開けば、ゲームのタイトル・『ギガンテスタワー』という名前と、それをアンロックするための20ケタのパスワード。そして、テスターになってくれてありがとう、感謝するわ、と文句が添えられている。

 ……メールが届く速さを見るに、俺が承諾する前にこのメールを作っていたと見るのが妥当だろう。断っていたら思いっきり食い下がられていたのだろうか。

 俺は片手でギガンテスタワーを検索にかけつつ、電話を継続するためのマイクを頭から付けて、口元に寄せる。


「あー、あー。聞こえるか? これで実況するからな」

『問題ないわ。検索は大丈夫?』

「大丈夫だ。ギガンテスタワー……ジャンル、アクション。これでいいんだよな?」

『それよそれ。じゃあ、お願いするわ』


 自分の創作物を人に見せる緊張もあるのだろう。少しハイなテンションで、食い気味に電話の向こうの友人は仰った。

 ダウンロードも完了。ダウンロードしたゲームの一覧に移動すると、ギガンテスタワーの名前が新たに追加されていた。

 さて。

 剛迫 蝶扇という友人が作った、魂の一作。

 プレイする方も、気を引き締めて。真剣にかからなければいけないだろう。

 果たして、あのゲーマーは一体どんなゲームを作っている?

 自分は果たして、力になってあげられるのだろうか?

 GAME PLAYの欄にカーソルを合わせ、一呼吸。


「じゃあ、始めるぞ」

『ええ』


 剛迫 蝶扇の世界に。

 緊張と期待に胸を躍らせて。

 俺は今、飛び込んだ。

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