第2話
『ゲーム・フロンティア』 月間人気ゲームランキング
ランキング1位・『グローリー・US』
ランキング2位・『超絶魔導料理血戦・フルハートMAX!』
ランキング3位・『白銀の吸血鬼』
「やっぱ、この三作品のトップは揺らがないよねえ」
高校にゲーム雑誌を堂々と持ち込むという暴挙をしでかしている友人・影山 門太(かげやま もんた)の言葉は、いつもながら少し興奮しているようだった。
今は弁当を食べ終えた後の昼休み。学生にとっての最高のフリータイムを、ゲームの話題で不毛に過ごす。ある意味最も学生らしい時間に俺が見ているのは、『ゲーム・フロンティア』のランキングページである。もう何度もこのページを見せられていて少々辟易している頃なのだが、そんな色は隠し通すのが友人としての正しい選択だろう。
第一、現在携帯ゲーム機でゲームをプレイしている俺に、情報を与えてくるというのも、非常識だ。
シミュレーションRPGのレベリング中である身としては暇つぶしにもなるからいいが、こいつは俺が何をプレイしているのか見てもいない――。格ゲーのオンライン対戦をしている最中に雑誌を挟み込んで来たら、極刑は当然の処罰となるだろう。
「あー……そうだな。もうかなりユーザーも付いてるみたいだしな、うん。人気だよな、それら」
「やっぱりやり込み要素が違うんだよね、特にグローリー・USなんかは。ほんと、ずっと遊んでてもいいくらいだしさあ、キャラもすっごい魅力的で……。聞いた話だと、これ数十人規模で作ってるんだってね」
「ああ、それガセ情報だな。それ、一人で作ってんだってよ。クオリティ高いから、そんな情報が独り歩きしてるらしい」
「え、そうなの?」
「まあ、俺の知ってる情報とどっちが正しいかは知らないけどな。でも、そんなに気になることか? 誰が作ったかって」
「いやあ、気になんない? むしろ」
「全然」
ゲームは本質的に、面白ければそれでいい、と思っているのが俺だ。
でも、この『ゲーム・フロンティア』は――そうでもない、という人種も、大勢居るという話を聞く。
「僕は結構気にしちゃうかなあ。だってこのゲームって――『本当に誰でも、ゲームを作れちゃう』ゲームだからさあ」
俺は手元のシミュレーションRPGを改めて眺める。
このゲームは、言ってしまえば旧型の部類に入る携帯ゲーム機だ。出た当初は、それはそれはちやほやされたものだし、他のゲーム機の例に漏れずに発売日には行列が出来て転売屋が動いた。
しかし、俺の手にある程度のゲームはもう――個人が作成出来る時代だと、ゲーム・フロンティアのページを見るたびに感じる。
2035年発売。
ゲームソフトを必要としないゲームハード。
サードパーティーはユーザー全員、を唄い文句としたこのゲームハード最大の特徴は何といっても、遊べるソフトは全てユーザーの製作だという点だ。
2D、3Dの切り替え自在、ドット、CGの自作可能。建物や人物の素材データを作り出して、ゲーム・フロンティアの中で配布することも可能。
そして何より最大のヒット要因は、そのユーザーインターフェースの充実っぷりだろう。
俺も一度だけ触れたことがあるが、とにかく過保護なまでにユーザーに優しいチュートリアルを挟み、それは何度でも受けることが出来る。メニュー画面の充実っぷりとその無駄の無さ、イベントを発動させるためのスクリプト作りの簡単さ、それだけで相当な容量を使っているであろう膨大かつ詳細なヘルプメニュー。果ては運営の投稿したゲームによる、ゲームをプレイしながらの解説まで、挙げていけばきりがないほどに『快適で簡略で自由にゲーム作り』の土壌を作っている。
そして実際のプレイは作者が公開しているデータをダウンロードしてこっちのゲーム機で情報を再生する、という流れで行うが、今までのコンシューマーゲームにも匹敵するレベルのものがうようよしている。
無論、今もソフトを使ったゲームハードはいくつも出ているが、ユーザーの創作意欲を大いに満たすゲーム・フロンティアは今までの勢力図を一変させた怪物である、と断言できるだろう。
もっとも、それで色々な問題も起きているらしいが。
影山の言った『人を選んでしまう』、その理由も、問題の一つとして認知されている。
「やっぱ、全体的にクセのあるゲームだったりが多いからねー、コレさ。どんな奴がどんな顔して作ってるんだって、結構気になるじゃん。この人どんな脳みそでどんな思想で作ってるんだっていうさあ」
「結構あるよな、そういうゲーム。こないだなんか、自分の鼻毛で上司のハゲを隠し続けるゲームあったし」
「ごめん、言ってることがわかるけどわかんない」
そう言われても、そういうものだから仕方ない。
まあ、言ってしまえば――このゲームは、作り手の感性が暴走しまくったようなカオスなゲームが非常に多かったりするのだ。
売上なんて無い、自己表現の場だからこそ奇抜なものを作って売り出そうというのは、大いに分かるのだ。しかしだからといって、一方的に市民を虐殺するようなゲームを作ったりなどは、確かに相手の思想を疑ってしまうだろう。こんなのどこのどいつが作りやがった、と。
だが、どこのどいつが作り出したものだろうと、ゲームはゲーム。
俺はそんなことは気にせずに。ひたすら修行僧のように、フロンティアの深淵までゲームをあさり続けるのみ。
それが、ゲーマーとしての正しい姿である。そう、信じているからだ。
「あ、そういえば変なゲームで思い出した。こないだ、すっごく最悪なゲームがあったなあ」
影山は雑誌を閉じてから、思い出したように呟く。
それから噴き出したように急に笑顔になると、ククククと悪人のような笑い声を立てて笑うのだ。
「いや、ほんと凄かったなアレ! 一回、一鬼もやってみろよアレ、タイトル教えるから!」
「何だよ、俺は忙しいんだよ。今日も例のシューティングゲームノーコンクリア目指してんだから」
怒れる蜂、さっさと大往生して欲しいものだ。
しかし影山、そんな苦労も知らずに笑みを崩さず、
「いやあ、シューティングなんて比にならないからね、アレ。ほんと理不尽なことばっかだから、試してみろって!」
「理不尽? ジャンルは?」
「いやあ、ジャンルっていうか、うん。ジャンル分けするならあれはもう……」
言葉を選ぶ時間、実に2秒。
最高の答えを見つけたぞとでも言いたげに、影山は断言した。
「クソゲーだね!」
……ああ、クソゲーか。
そうか、クソゲーなのか。
「お前が言うクソゲーなら、大丈夫そうだな。よし、タイトル教えろ。俺が楽しんでやる」
「ええ!? ず、ずいぶんな言いようだね一鬼! タイトルは『ラピスラズリ』だけど、もしかしてやったことある?」
「あ、ほらやっぱりな。出たホラ、ラピスラズリ。口開けばラピスラズリだもんなお前」
「僕一回しか言ってないよラピスラズリ!」
「それ、やったことあるよ。クソゲーじゃねーだろアレ。たかが一撃死するだけの2Dアクションじゃねーか。やり込みっつーかプレイヤースキル足りないだけだろ、お前のさ」
「いやいや、絶対にクソゲー! アレはクソゲーだよ!」
「クソゲーじゃねーって! もっとやり込めよお前、やり終えてから言えよ、クソゲーって!」
この雰囲気――。
恐らくはビデオゲームという概念が登場して以来延々と続き、決着を見ない闘争・クソゲー判定合戦に発展する流れだ。俺は制服のネクタイの締めを緩める。
勿論、ゲームの楽しみ方に個人差があるのは当然のことというのは重々理解しているつもりだし、それを押し付けるつもりもない。でも、影山のプレイスタイルは余りにも忍耐が足りていないと思う。
言ってしまえば、ちょっと気に入らない部分があるとクソゲーのレッテルを張ってしまうのだ。そんな至らない理由で、俺がそこそこやり込んだゲームをクソゲークソゲーと非難されるのは、内心穏やかではない。
これは、俺とラピスラズリの名誉を守るための誇り高き闘争となるだろう。嗚呼、作者も照覧あれ――
「ふふふ、楽しそうな話してるわね。何のゲームの話をしているのかしら?」
と。
俺達の切って落とされた闘争の火ぶたを再び閉じる、女子の声。
凛とした張りを持ってなお、どこか軽いフランクさを持った独自のトーンは、少しどころではない聞き覚えがある。
ちらと見ると。
剛迫 蝶扇(ごうさこ ちょうせん)が、机の真横に立っていた。
とてもゲームの話などという俗っぽい話題に参加するとは思えない、大人っぽい雰囲気を持つロングヘア―の同級生。
モデル並みに整った顔立ち、切った髪にそのまま価値が付きそうな艶やかな黒髪、嫌味の無い程度に発達したナイスなバディの組み合わせは、恋愛に興味のある男子ならば必ずと言っていいほどに興味を持つだろう。
清楚で潔癖な大人っぽい同級生。
とても俺らのような、教室の隅でゲーム話に興じているような輩とは接点など無いはずの彼女だが、意外や意外。ゲームが趣味で、しかもよく話に絡みに来るのだ。
趣味が合う、かなり美人な同級生。意識しない方が無理だというものだ。
「よ、よう剛迫。相変わらず一人か」
なんて、皮肉を言うキザ野郎を気取って切り口を作るが、剛迫は意に介した様子も見せず、
「それはそうよ。楽しいゲームの話は、少人数の方が落ち着いて盛り上がれるわ」
こう返すのだ。
この剛迫の意見は、同時に剛迫のゲーマーとしての厚みを端的に物語ってるともいえるだろう。
何せ剛迫は、恐らくはこの学校で俺とも張り合えるくらいのゲーマーだ。俺と同じように古今東西のありとあらゆるゲームハード・ソフトを所有しているのは勿論のこと、それらを全てプレイしたというのだ。それが嘘か真かは、話していればすぐにわかる。
知識量が増えれば、当然ながら話題も増える。
それを話し込むのは、横槍がガンガン飛んでくる大人数ではとても出来ないことだ。知識が多ければ多いほどそれが煩わしく感じるのは、俺自身も体験済みである。
「あ、剛迫さん! ちょうどよかった、聞いてよ! 一鬼がさあ!」
「!?」
馬鹿!
とっさにこんな言葉を心の中で叫んでしまった。
しかし時既に遅し。この友人は、さっきまで話していた内容を話し始めてしまった。
それがどういう事態を生むのか、知らないわけじゃないだろうに。
「ちょ、影山君。そんなに食い気味にならないで、落ち着いて聞くわ」
剛迫は、居住まいを正すようにしゅっと髪を撫でて耳を出す。同年代とは思えないような、色気のある仕草だ。
影山はかなり自分の私見・私情が混じっていたが、事の次第を説明する。その間に真剣に話を聞き続ける剛迫の姿はまさに、大人のお姉さんといった落着きだ。
もう、引き返せない。
和やかに話が出来なくなることが確定してしまった。
「……っていうわけなんだよ! クソゲーだよね、こういうのって!?」
「……なるほど、クソゲー、ねえ」
剛迫は話を聞き終えると、美味い物を噛み締めるようにゆっくりと頷く。
そして不意に目を鋭く細めると、今度は俺の方に向いた。
「貴方は、どう思ってるの? ラピスラズリというゲームについて」
「断じてクソゲーじゃないと俺は言い切るが」
俺は思わず即答してしまった。
意見はすっかりと対立していると見切った故か、剛迫は静かに目を閉じて息をひとつつく。
「影山君。貴方はどうして、ラピスラズリをクソゲーと言い切るのか、もう一度教えてくれる?」
その冷え切ったトーンに気おされたのか、影山はうっと息を詰まらせる。何かまずいことでも言ったのだろうか?
「ど、どうしたの? も、もしかして、ラピスラズリの作者と友達か何かで……?」
「違うわ。いいから、答えて。ラピスラズリの何がクソゲーなのか」
強引に流れを自分の方に維持しつつ、重ねる剛迫。
影山は自信なさげにトーンを落とし、
「え、ええっとね。まず、あの敵の数とモーションの激しさで残機1っていうのが、おかしいんだよ。本当にぴょんぴょん飛び回る敵ばっかで、あんなの一発クリアなんてホント無理だって。チェックポイントも遠いしさ……」
影山の意見を聞き終えてから、剛迫はすぐに俺に向き直る。
「一鬼君。クソゲーじゃないと言い切る根拠を教えてくれないかしら」
「ちゃんと攻略出来る難易度だからってのに尽きるな」
剛迫の目をきっちりと捉えて、俺は伝えるべきことを伝える。
全ては、ラピスラズリの名誉のため。
そして、俺自身のゲーマーとしての矜持のためだ。
「影山君はそれを難しいと言ってるけど。それについては?」
「確かに、難しいかも知れない。でもな、あのゲームはやり込んでパターンを構築するタイプのゲームだって考えれば、普通に面白いぞ。上下で行けるルートが変わる所もあって、自分の腕によってルートを変えて進めば、意外にサクサク行ける所もある」
「……」
「それにチェックポイントだって、不親切なほど少ないわけじゃねえ。むしろその分パターン練習の強化になってくれるって側面もあるし、敵の動きも嫌らしいってほど嫌らしいってわけじゃない。苦手な奴は確かに苦手だろうが、そうでない奴にとっては歯応えのある難易度として受け入れられると思う」
俺の弁論もここで終了。
ジャッジを下す剛迫はうんうん、と数回頷くと、
「二人の意見は分かったわ。私、今夜プレイするわ」
「え?」
「それで私の意見とするわ」
「い、いいの!? アレ、難しいんだよホントに! 下手すりゃ徹夜になるかも……」
「難しい?」
剛迫の目がぎらっと輝き、影山の目を抜く。
急に剛迫が巨人になったような錯覚すら覚える迫力を携え、彼女は宣言をするのだ。
「難しい程度で、この私を止められると思ってるの? たかが『難しい』程度で」
「……は、はひ……!?」
「今夜の私は11時消灯。時間厳守するわ」
何だ、この絶大すぎる説得力。
剛迫はロングヘア―を翻すとつかつかと自分の席に向かい、後はぼんやりと外を眺め始めた。さっきまでの烈女っぷりが一転、物憂げな囚われのお姫様を思わせる横顔は、とても同一人物とは思えない。
「……あのな、影山。いつもこうなるってわかってるだろ? 剛迫、ゲームの善し悪しの判定にめっちゃ厳しいって」
学習しない友人に声をかけると、影山はようやく金縛りから解放されたように体を弛緩させ、
「う、うーん、分かるけどさあ……。僕も熱くなりやすい方だからさ、ついうっかり……」
「そんなんだからあのゲームもクリア出来ねえんだよ。コツ教えてやるからもっかいやってみろよ。死ぬ前提で考えてな」
「死ぬとめんどくさいじゃん」
「お前ほんとに偏ったゲーマーだよな」
俺はもう一度、剛迫の横顔を一瞥した。
ゲームのコントローラーも触ったことが無いような端正で清楚な空気を纏わせているのに、その心には確かなゲーマーの魂が宿っている。真にゲームの本質を見極めんとする、誠実なるゲーマーの魂が。
そう思うと何か嬉しくなり。
コントローラーを握る手に、一層力が入るように思えるのだ。
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