タイ産の叙述トリック
叙述トリックと言えば『アクロイド殺し』であり、発表後に所謂「フェア・アンフェア論争」が起こったことでも世界的に認知されている。一部では「叙述トリックを弄するのは卑怯だ」とのように言われるが、私はそうは思わない。なぜなら私は卑怯者ではないからだ。
ここまで旅を共にする友人の陰をまるで見せずに何が叙述トリックか、ただの技量不足ではないかという声もある。そちらの方は真摯に受け止める。
そもそもこの旅行は友人と2人仲良く行くはずだったものが、私は一度自らの都合により断念したという経緯がある。友人は「仕方がないので1人で行く」ということになったが、私も何とか予定が付いたので後から追いかけることにしたのである。出発の4日前にホテルや航空券の手配をしたのは再手配だったということである。
旅行記もここに至って、友人登場の伏線を張っておけば良かったと思うが後の祭りである。今まで一人で陰険に旅をしていたのは間違いないが、一人旅であるとは書いてないのでなんとか許して欲しい。そして旅行記と言っておきながら何を語っているのだろう。
ここからは友人と2人の旅行になるので全く毛色の違うものになることは想像に難くない。ということで、プーケットのホテルで友人と合流したところから再開する。
私はなんとなく高揚していた。「プーケット集合」という響きが良かった。高校時代からの友人とタイで待ち合わせとなると我々もグローバルエリート戦士へ成長したとの感慨を禁じ得ない。私はしがない小市民なのだがそれを忘れて高級官僚がお忍びでバカンスに来たように浮かれていた。
やはり「サワディークラップ(こんにちは)」がよいか、それとも無言で拳を合わせたりする方が盟友っぽくてかっこいいだろうか。そんなことを考えているとホテルのロビーに入ってきたのはわが友人である。彼は、
「よっ」
とだけ言った。片手しか挙げなかった。私は原監督のようにグータッチでもしたかったのであるがそれも叶わず、とりあえず「よっ」とだけ返す。グローバルエリートの余裕を感じて嫉妬した。タイに一日先に入っただけでこんなに余裕が生まれるのか、と畏怖すら覚えた。
ホテルの目の前に横たわるビーチは全長5キロはあろうかというとんでもなく長い砂浜である。そこに色とりどりのパラソルが刺さり、色とりどりの人たちが寝そべっている。我々も水着に着替えて早速海に繰り出した。
元来私は海が好きではない。何かというと絡みついてくるゴミや海藻。陸地に上がった時に纏わりつく大粒な砂。周囲の浮かれた熱気と喧騒。自分の貧弱な肉体。どれをとっても不快である。
プーケットのパトンビーチに不満を述べる余地はなかった。海には一片の海藻もなければゴミもない。砂は細かい粒子で纏いついたとて不快ではない。日本の真砂は尽きるともパトンの真砂は尽かずもがな(?)なんだか分からないがとにかく心地が良い。周囲の喧騒もほとんどが外国語であればまったく分からないので問題がない。
だが貧弱な肉体に関してはどうしようもない。外国人はなぜマッチョか巨漢しかいないのだろう。逆三角形の上半身隆々、黒光りする肉体に美女をはべらせたり、でっぷりと丸く赤らんだ肉体の横に一回り小さい妻を連れていたり、とにかく堂々としている。私のようなマネキンに肌色の薄毛布を掛けたようなのっぺりした体型の人間はおらず、まったく恥ずかしく思った。
わが友人は私よりよい筋肉をしているものの、何せ色白なので「予備校の合宿で海辺の施設に勉強しに来た学生」という感じであった。マネキンと学生はそれでもこの美しい海に興奮を隠さずひとしきりはしゃぎまわって何度もプーケットの海に飛び込んだ。そしてゆらゆらと揺れながら眺める景色にやっと"バカンス"の意味を理解したのである。
海に浸かりながら、空を飛ぶ人を見た。パラセイリングという何か非常に陽気な人々の行うレジャーに心惹かれた。ボートに引っ張られながらパラシュートで空を泳ぐ、そんなこと日本に居たら絶対にやらないのだが旅行の魔力と友人といる事への安心感で「明日やる」ということで合意した。
明日はコーラル島という離島に行く手筈になっていた。
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