雨期とマッサージ
9月のプーケットは雨期に当る。雨期と言っても日本の梅雨のようにしとしと、永久に降り続けるということはない。スコールが1日の内、30分や1時間ほど滝のように打ち付けるだけのことである。
だからこんな緩い雨は珍しいんだよな、とタクシーの運転手であるヨンさんは言った。
当然英語での会話であるため、語尾の「だよな」は私の創作である。しかしそんな気障な語尾が似合うナイスガイがヨンさんであった。私が目指すパトンビーチはプーケットの西岸に位置しており、タクシーで1時間ほどだという。
「俺なら50分で着いて見せる」
という言葉通り、ヨンさんのタクシーは80km/hから100km/hで割にしっかりと整備された道を快調に進む。途中で50km/h制限の旗印が見えたが誰も気にしていない。
100km/hで飛ばしながらヨンさんと私は陽気に会話を交わした。ヨンさん曰く、どこから来たんだ、何しに来たんだ。私曰く、セブンイレブンが随分多いが(道中で13軒も発見した)タイでもメジャーなのか、ファミリーマートも偶にあるがファミチキはあるのか。思い返すとヨンさんの質問に比して余りにもくだらない質問しかしていない。
「ちょっと待っててくれ」
そういって停車したのはガソリンスタンドで、私は助手席で建物に消えていく彼を見送った。ガソリン代の支払いでもするのかと思いきや、戻ってきた運転手の手にはペットボトルのジュースが握られていた。運転席に着いてスマホを少しだけ操作した後、じゃあ行くか、と言った。全く媚びない接客姿勢が非常に心地よかった。それからも私たちは色々な話をした。
「君は1人で来たのか、もしかして向こうでガールフレンドが待っているんじゃないのか」
「そんなことはないよ」
「そうか、でも日本にはいるんだろう?何せ君は良い男だ」
「日本で僕を待ってる女性は母だけだよ」
こんな会話で我々は顔を見合わせて大笑いした。国境を越えた笑いに私は和らいだ。
ただ、前を向いて運転してほしいとも思った。
パトンビーチに入るには山を一つ越える必要がある。それはまるで箱根を越えて熱海に入るような景色だったが、一つ一つの建物、海、車がくっきりと見える様な気がした。それが気の持ち様によるものだったか、プーケットの空気や太陽の寄与があったのかは分からない。
結局45分で辿り着いたホテルはビーチの目の前に構えており、それでいて潮の香りがしないのが不思議だった。ウェルカムドリンクとして出てきた緑の飲み物はリンゴの味がして、きっと自分の知らない果物を使っているに違いないと思った。
あとで聞いたところによると、それはジュースに着色料を入れたものだった。
名前は"ナム=キャオ(?)"というらしく意味はそのまま「緑の水」。ちなみに赤いものもあってそれは"ナム=デン"「赤の水」という。なんだか狐につままれたような気持ちでそれを飲み干した。
荷物を置いて少し休んでから、早速ホテルのプールに浸かることにした。ぷかぷか浮かんでいるとボール遊びに興じる外国人女性がぶつかって来たのでソーリー、と言うとsorry、と返ってくる。プーケット最高だな、と思った。
昼食は"ジャンクセイロン"という大型ショッピング施設の中で取ることにした。タイなのにセイロンなのか、と思わずに居られなかったが、プーケット最高の歓楽街の名前は"バングラ通り"と命名されているので、きっと外国の名前を冠するのがプーケット流のモダンなのだろうと思う。日本のトルコ風呂のようなものだろう。トルコ風呂に関してはトルコから苦情が来たようだが。
何となく美味しそうだったのが空芯菜の炒め物とトンポーロ―だったのでそれを頼んだ。2品で240バーツほど、1バーツ3円なので日本円で720円くらいだった。食べ終えてから気が付いたのだがこれらは勿論、中華料理である。タイで中華料理を食べる、グローバル化を感じた。
ジャンクセイロン内にはお土産店や服飾店の他にタイマッサージの店も複数ある。私は30分だけ足を揉んでもらうことにした。200バーツである。ふくらはぎを50往復ほど摩ったり、足裏のツボを7か所くらい突いたり、足の指を10本分鳴らしたり、そういうものを全部ひっくるめて30分600円なのであるからこれはもうお得と言わざるを得ない。
そう思っていたのだが、非常にくすぐったい。私が極度に弱いこともあるのだが、30分間足をひたすら自由にされるというのは初めての経験で、なんだかいかがわしく思った。そしてひたすらタイ語で話しかけてくる施術士のおばちゃんは私とどうコミュニケートしたいのだろう。私はときたま、マッサージが効いている風な声を上げておばちゃんとコミュニケートする風を装った。
やたらすべすべとした足でサンダルを踏み、ホテルに戻る。ホテルに帰ってすぐ着信があった。旅行を共にする友人からであった。
一人旅を標榜していた癖に、嘘だったのか。と、怒らないでほしい。話せばわかる。
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