第21話不安な夜
その日の月は、十六夜だった。
蒼が初めて十六夜に気付いた日から、1ヶ月が経とうとしていた。その間にあったことは、蒼が今まで生きて来た中で、一番濃く、一番真剣に過ごした1ヶ月だったと思う。
維月は、子供達の夜間の一人外出を禁じた。
今日、白蛇が皆に語ったことは、それだけ大きな出来事だったのだ。
なので蒼は、今日は部屋で月を見ていた。母が十六夜と話すというので、まだ蒼は十六夜の声を聞けていなかった。十六夜は、母に何を話しているのだろう。蒼は気に掛かった。もしかして、学校にも行かせてもらえないかもしれない…。
不安に十六夜からの声を待っていた。
ふと見ると、月から光の玉がこちらへ降りて来た。十六夜だ。
蒼はその光を受けて、エネルギー体をイメージした。部屋の中に光が渦巻き、はっきりとした形の十六夜が現れた。前より更に実体の人に近く見える。まとう光も蒼達のそれと同じくらいのものだった。
『…しばらく、美月の家に皆で行くことになるな。』
十六夜は、開口一番そう言った。蒼の心配を見抜いたようだ。
『表向きはあのガス爆発の現場に居合わせて、精神的に参ってるからだとよ。』
「オレ、受験生なのに?」
蒼は十六夜に訴えた。十六夜は机の前の椅子に、蒼の方を向いて座った。
『なに、そんなに時間は掛からんだろうよ。』と皮肉な表情を浮かべた。『ヤツは焦ってる。ヤツの一部が消されたんだからな。そして誰が消したかも、誰が封印を解けるのかも知りやがった。』
蒼は真剣な目で十六夜を見た。
「すぐに来ると思うか?」
十六夜はかぶりを振った。
『いや。恐らく消された衝撃でかなりダメージを受けてると思う。今頃身を潜めて、回復を待ってるだろうな。ヤツは今の世を学んで知恵をつけてやがる。気配を消すなんざ、昔では考えられなかったことだ。やっかいなことだぜ。』
蒼は床を見てじっと黙った。十六夜は前に座って背後の机に肘をつき、手に頭を乗せている。
蒼は口を開いた。
「なあ」と目を動かさずに言う。「封じた時、闇は、十六夜の手に負えないほどだったのか?」
十六夜は頭を起こして前のめりになり、膝の上に肘を置いて、前で手を合わせた。
『いいや。だがツクヨミの体は消耗しきっていたからな。オレが降りたところで、土台消滅させるのは無理だったと思う。封じるのがやっとだった。』
「じゃあ…十六夜にはあの闇を消滅させるパワーがあるんだな。」蒼は顔を上げた。「もし…」
十六夜は立ち上がって横を向いた。
『ダメだ。』察して、厳しい声で言った。『オレはもう人には降りねぇと言ったじゃねぇか。だいたい人に、オレの力を目一杯使うなんざ無理な話なんだ。』
「オレは丈夫じゃないか!」蒼は食い下がった。「丈夫な母さんに似た、男なんだよ。しかもオレはいくら力を使っても疲れないんだ。十六夜が降りても、オレなら絶対大丈夫だ。十六夜も言ったじゃないか、オレがこの家系の初めての男だったって。きっとそのために、男として生まれて来たんだよ!」
十六夜は目を合わせない。
『お前、腹が空くだろう?体を動かすための糧、要はエネルギーがなくなるんだよ。だから膝が立たなくなって、体の力が抜けて来る。いくら生気を失わなくても、心臓を動かすエネルギーが無くなれば、人は死ぬ。いくら無限に力を放出出来るって言っても、体が動かなければ無理だ。』
蒼は諦めなかった。
「皮下脂肪増やすと母さんに約束した。腹が減ることに関しては、また対策いくらでも考えるよ。だから、もしも…」
『何度言ったらわかるんでぇ!オレは絶対に人には降りない!』
十六夜は怒鳴って蒼を睨み付けた。そして、そんな自分の感情に驚いた。感情だって?そんなもの、とっくに制御出来るようになっていたのに。何を思っても無駄だと、空であきらめることに慣れたはずなのに。
十六夜の怒鳴り声に、驚いた維月がそっとドアの外に来ているのを、十六夜は感じた。
蒼は間を置いて言った。
「オレが言ってるのは、もしも、だ。」と笑った。「もしもあの封印が解けて、もしもオレの力で抑えきれなかったら、十六夜がヤツを消滅させて欲しいんだ。」
十六夜は黙っている。蒼は構わず続けた。
「十六夜、オレだって死にたくないし、死ぬつもりもないよ。でも母さん達が山中の母さんみたいに憑かれたり、命を狙われたりして逃げ回るなんて、耐えられないんだ。でも、今度の戦いで思ったんだ。オレって思ったより力があるって。」
十六夜は蒼を見た。蒼はじっと十六夜の目を見返した。
「なあ十六夜、オレ達が逃げ惑うのを見たくないって言ってたじゃないか。オレでダメならもう、十六夜しかヤツを消滅させられないんだよ。母さん達は絶対十六夜の力に耐えきれないけど、オレは可能性がある。もしダメだったら、オレに降りて、十六夜が始末するって約束して欲しいんだ。」
《蒼…》
ドアの外で、維月が息子の名を念じたのを、十六夜は聞いた。彼は目を反らした。
『…オレにも倒せないかもしれんぞ。』
蒼は頷いた。
「その時は誰にも倒せなかったんだ。みんなにはあきらめてもらうさ。」
十六夜は頷いた。
『そうならないことを祈る。』
蒼はパァッと笑顔になった。
「オレ、精一杯やるよ。十六夜に手間掛けさせないように。」
十六夜はフンッと鼻を鳴らした。
『ハッ、普段から手間ぁ掛けさせやがるヤツが、何言ってんだ。』
トントン、とドアを叩く音がする。「蒼?入るわよ。」
「母さんだ!」蒼は十六夜に小声で言った。「母さんには内緒な。」
頷きながら、維月が聞いていたのを十六夜は知っていたが黙っていた。ドアが開く。
「あら、月と話してたの。」維月は十六夜を見て言った。「なら、聞いてるわね。明日からしばらく、田舎の家にみんなでこもることにしたわ。荷物をまとめておきなさい。」
蒼は頷いた。「わかった」
維月はまじまじと十六夜を見た。最初に見た時とは比べ物にならないぐらい、実体かと思うほどはっきりとした姿に驚いたのだ。これがエネルギー体だなんて、信じられない。
『あー維月』十六夜が言った。『オレは犬じゃねぇぞ。』
ハッとして気付くと、維月は十六夜の腕を撫でていた。維月は慌てて手を引っ込めた。
「ごめん、実体みたいだなと思ってつい。」
蒼は得意そうに言った。
「すごいだろ?最近めちゃスムーズに降りてもらえるようになったんだ。十六夜もこの体に慣れて来たみたいで、動きが普通になって来たんだよ。そうするとより省エネになって、細かく念じられるようになって、もう少し慣れたら、常人にも見えるように出来るかも。」
『それになんのメリットがあるんだよ』
十六夜は呆れたように言う。
「他の人とも話せるようになるじゃないか!」蒼は言った。「それに外で話す時、一人で話してると思われなくてすむし。」
維月はハッとした。私達以外と、月が…。
十六夜も驚いている。オレが、全ての「人」と話せるようになる?
『お前、そんなこと…』
十六夜は言葉に詰まった。そんなこと、考えたこともねぇ。
「あ、ごめん、無理にじゃないよ」蒼は慌てて言った。「そう出来たらいいなって思っただけ。」
階下から涼の声がする。「蒼ー!ちょっと手が届かないのよ、あれ取ってー!」
「はーいすぐ行く!」と十六夜を振り返り、「ちょっと待っててくれ」
『何?待つって、おい…』
蒼はバタバタと下へ降りて行った。取り残された維月と十六夜は呆然と立っていた。維月が十六夜を見る。
「光に戻る様子ないわね。」
『あいつが力を断たない限りな。大したもんだ、意識下で他のことをしていても、これを保ちやがるんだよ、蒼は。』と、窓の外を見た。月が出ている。『あいつは不思議なヤツだ。次から次へと驚くことを言いやがる。』
「私が生んだのよ」維月はふふんっと笑った。「あなた二人目生むのに反対だったじゃない。生気が無くなるとか言って。」
十六夜は椅子に座った。
『そんなこともあったな。お前は生んだその日に赤ん坊抱いて、屋上に出てきて言ったよな、男生んだわよーって。』
維月はクスクス笑った。
「あの時のあなたの慌てた声には笑ったわ。」
『当たり前だ。生んですぐに屋上に仁王立ちしてるヤツなんて、この家系の中では初めてだった。ほんとにお前は丈夫なヤツだ。』
維月は笑った。そして、階下を見て言った。
「あの子は、強くて丈夫な子よ。よろしくね、十六夜。」
わざと蒼と同じように呼んだのを、十六夜は聞き逃さなかった。
『ああ。』
「ごめんごめん、十六夜~」
蒼がかけ上がってくる。
維月は部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます