第22話嵐の前の…
木々は赤く染まっていた。
秋も深まり、美月の里は一番美しい時を迎えていた。
蒼達がここへ来てから、二週間が過ぎていた。早く決着をつけたいと願う蒼は、穏やかな毎日に逆に苛立ったが、その間に父が来たり、沙依が来たりといろいろあって、来客の間は、闇が来ないかと気が気でなかった。
沙依が来た時、山のような授業のノートと、学校の様子の情報を持って来てくれた。
「山下くん、心配していたよ。」沙依が言った。「とても顔色悪くて、高瀬くんがしばらくお休みすると聞いて、すっごく驚いていたもの。」
沙依がそう言っていたのを思い出して、蒼は落ち込んだ。オレは自分のことばかりで、裕馬にメール一本してなかった。
後悔した蒼は、裕馬に電話して、無事で居ることを話した。少し元気になったようだった。
夏休みにここで一緒に遊んだことに話に花を咲かせているうちに、裕馬は言った。
「今度の土日に行こうかな?」
蒼は、裕馬に危険かもと思ったが、おばあちゃんの家に置いて置けば、きっと大丈夫だろうと思って、答えた。
「じゃあ待ってる」
それで、蒼は家の前で裕馬を待っていた。
遠くに、車が見える。こんなところまで来る車はまず少ないので、あれが裕馬だろうと、蒼は立ち上がった。
思った通り、車は蒼の目の前で止まった。目がとても裕馬に似ている女の人が、運転席から降りて来る。
「高瀬くん?」
「はい」蒼は頷いた。
「ごめんなさいね、具合悪くてお休み中なんでしょ?」その人は降りて来た裕馬を見た。「この子がどうしても行くって言うから…」
「よお」
裕馬はカバンを手にそう言ってぎこちなく笑った。
「中へ入れよ。」
蒼は応じた。裕馬が歩き出したのを見て、その人は言った。
「あの子も最近元気がなくって。ご飯もほんとに食べないし。理由を聞いてもだんまりで…いつもほったらかしの母だから、信用されてないかもしれないけど。」
裕馬の母は、悲しげに言った。
「あらごめんなさい。あの子の悩み、聞いてあげてね。」
そして車に乗り込むと、裕馬の後ろ姿を気にしながら、走り去って行った。
裕馬は、本当にやつれているようだった。蒼はあんなことを裕馬に話すべきではなかったと、後悔していた。十六夜の言った通り、裕馬は力を持たないただの「人」なのだ。
「カバンここに置けよ。」
蒼は裕馬のために用意した部屋に入って言った。
「蒼は一緒じゃないのか?」
裕馬は何かに怯えているようだ。
「オレはあっち。みんなと一緒なんだ。裕馬はオレから離れてたほうがいいよ。変なものが見えたら嫌だろう?」
裕馬は荷物を置いて座った。蒼もその前にあぐらをかいて座る。
「オレはむしろ見えてた方がいいって思うよ。」裕馬は言った。「見えないから、今にもオレに、黒い霧ってのがまとわりつこうとしてんじゃないかって、毎日怖くて仕方がないんだ。蒼の側なら、蒼が見えるから、何とかしてくれるだろ?」
蒼は裕馬が気の毒になった。十六夜が言った通りだ。あんなに陽気だった裕馬が、こんなにおどおどしているのを、見るのはつらかった。
「安心していいよ。ここはみんなの守りがあって、黒いのは入って来れない。この家の中に居れば、そんなのにやられることはないからさ。」
裕馬は頷いて目を反らした。蒼は話題を変えた。
「それより今日は、すき焼きだって母さん言ってたぜ。とにかく毎日食ってばっかりで、オレ体重5キロも増えたよ。」
裕馬は目を見開いた。「そういやちょっと体デカくなったな。」
「いい感じに霜降りだって母さんが言うんだよ」蒼は脇腹や背中辺りをさすった。「腹筋辺りは大丈夫だけど、ここいら辺にちょっと肉ついたよな。」
「前は筋肉だけって感じだったもんなー。」裕馬はそれを見ながら言った。「体動かしづらくなったんじゃないの?」
蒼はかぶりを振った。
「それがこの方が疲れないんだよね。人って分からないよなあ。」
夕日が沈もうとしている。そろそろだな。
蒼は立ち上がった。
「オレの友達を紹介するよ。」
裕馬はキョトンとしていた。
裕馬の目の前には、青い銀髪の、金茶の瞳の背の高い男が立っていた。驚いたことにその人物は、裕馬を見てニッと笑った。
「よぉ裕馬。お前にとっちゃあ、はじめましてだな?」
日が落ちて暗い中、その人物は月の光を受けて輝いているように見えた。
「え、オレを知ってるの?」
裕馬はおろおろして蒼に助けを求めるような視線を送る。
「話しただろ?十六夜だよ。」そして十六夜を見た。「ほら十六夜、裕馬にも見えるじゃないか。」
「大したもんだな。」
十六夜と呼ばれるその人物は頷いた。裕馬はびっくりして言った。
「十六夜って、月だろ?お前達にしか見えないし、聞こえないって言ってたのに。」
蒼は得意げに胸を張った。
「オレの力で可視出来る体を作ったんだ。すごいだろ?これでお前も十六夜と話せるよ。」
十六夜はポンと裕馬の肩を叩いた。
「まあ、仲良くやろうや裕馬。」
母が呼んでいる。「ご飯よ~!」
蒼と十六夜が声の方へ向かって行く。裕馬はその後ろ姿を、少し怯えた目で見送っていた。
その日は、三日月がきれいだった。
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