第20話闇の足音

次の日は、土曜日だった。

朝から回りがバタバタとうるさくて目が覚めた蒼は、もう日が高いのを見てとった。

そういえば昨日は、明け方寝たのだっけ。

「もう帰るのよ。お父さん1人残して来てるし。」

有が蒼を急かして布団を上げようと追い出す。蒼はあくびをして伸びをし、台所へ向かった。

「あら、起きた?どうやって車に乗せようかって皆で話してたのよ。」

維月は菓子パンを投げて寄越した。「食べなさい。お昼は途中でなんか食べましょう。」

蒼は頷くと顔を洗いに行って、戻って来たらもうみんな車に乗っていた。


帰りもまた皆で話しながら、高速を二時間掛けて、ホームタウンへと戻って来た。

蒼は、母が家とは違う方向へ向かっているのに気付いた。

「あれ?母さんどこに行くの?」

「沙依さんの所」母はハンドルを切りながら答えた。「おばあさんもあんなだったし、1人で大変だろうから、様子だけでも見に行かなきゃね。」

そうだ、すっかり忘れてた。

蒼はあのあと闇を封じることばかり考えていて、沙依がどうなったのか全く念頭になかった。

恥ずかしく思いながら、車が鳥居をくぐって行くのを見守った。


離れの方は、黄色いテープが張られていて、立ち入り禁止になっていた。夜だったのでよく見えなかったが、昼にみると、闇の衝撃が激しかったのが見てとれる。離れの屋根瓦はほとんどふっ飛び、天井に穴が開いているのはもちろん、窓ガラスも粉々に割れている。

そういえば裕馬がガス爆発とか言ってたっけ。確かにそんな感じだ。

しかし境内は、とても凛として涼やかな風が吹いていた。闇の欠片も感じないそこは、間違いなく何かに守られた雰囲気だった。

蒼達に気付いた沙依が、慌てて家から飛び出して来るのが見えた。

傍らの犬小屋の犬達は、のんびりと外でひなたぼっこしている。

沙依は言った。

「お帰りなさい!うまく封じられましたか?」

維月が眉を寄せて言った。

「それが、蒼が手違いで…」

「ええ?!」

沙依は不安そうに蒼を見る。

「な、なんだよ」と蒼。

「封じるはずが、消滅させたの。」

維月はにっこり笑った。沙依は胸を撫で下ろした。

「もう、びっくりしたわ。高瀬くん、すごいのね。」

蒼はなんて答えたらいいかわからない。話題を変えた。

「あーそれより、山中は?あれからこっち大丈夫だったのか?」

沙依は笑った。

「ちょうどガス管古くなってたし、その辺りが一番激しく損傷してるって、消防の人が。」クスクス笑っている。「爆発は、やっぱりガスですって。」

「お母さんと、おばあさんは?」

沙依は少し寂しげな表情になった。

「二人とも入院しちゃったけど…でも、お母さんと話せたの。頑張ったわねって。」

沙依は涙を流した。

「もう何年も、話せなかったのに。お医者様が、体力が回復したら、退院出来ますよって。」

よかったと有が沙依の頭を撫でた。

「ほんとによく頑張ったわね。」

沙依は頷いた。「ほんとにありがとうございました。あ!」

沙依は本殿を見た。

「皆さんが来たら、案内するようにって言われてたのに。さあ、こちらへ。」

沙依は先に立って、奥の本殿へ向かって行く。皆は顔を見合わせた。誰に言われたんだろう。

それでも、全員沙依の後について、本殿に上がった。


そこに祀られていたのは、白蛇様だった。皆が並んでそこに座ろうとすると、蒼があ!っと声を上げた。

《あなたには見えるのですね。》白蛇は蒼に語りかけた。《少しお力をお貸しください。》

上品な女性の声がする。蒼はなんのことか分からなかったが、頷いた。

すると、白蛇は蒼の真上に留まり、蒼は自分から、まるで映写機のように光が出て、そこには綺麗な女の人が、白い着物を着て正座している姿が浮かび上がった。

「また月の実体化?」

涼が呟いた。

「だとしてもなんで今なのよ」と維月。

「しかも姿変わってるし。」と有。

その女性は深々とお辞儀をした。あまりに美しいので、一同が見とれたほどだ。

《わたくしは月ではありません。》と女性は品よく口元を押さえて笑った。《こちらの巫女の家系を守る、白蛇でございます。ただ今はご当主のお力をお借りして、このように皆様にお話しする機会をいただきました。》

皆が一斉に蒼を見た。ご当主ですと?!

蒼は自信なさげに微笑した。

《わたくしの力足らず、この度は大変なご迷惑をお掛け致しましたこと、心よりお詫び申し上げます。》白蛇はまた頭を下げた。《皆様のおかげで、こちらは元のように、わたくしの守りの中におさめることが出来ました。これ以後は、決してあのようなものを近付けることがないように、守りを硬くしていく所存でございます。》

皆は背筋を伸ばして聞いていた。白蛇は続けた。

《皆様にこうしてお目もじ致しましたのは、お礼を申し上げるためだけではこざいません。わたくしの感じた、別の闇のことについて、お話ししなければならないと思ったからです。》

皆ハッとして顔を見合わせた。

「別の闇?」

蒼は背筋が寒くなるのを感じて言った。

《はい。わたくしは巫女達を守るのにほとんどの力を注いでおりましたので、全てはっきり掴めた訳ではございませんが、巫女の身に封じていた闇の他に、時々フッと別の闇が話し掛けるのを感じていたのです。》

維月は身を乗り出した。

「それは、同じ種類の闇でしたか?それとも、その辺りにある念の集合体…。」

白蛇は維月の方を見た。

《残念ながら、全く同じ種類の闇でした。それでしたので、わたくしも始めは、それが別々のものであるのが分かりませんでした。ですが一方は、自由に動き回れるようで、一方は、巫女の身に封じていたので、わたくしには別のものだとわかったのです。》

「それって…」蒼は唾を飲み込んだ。「闇の一部がまだどこかに存在するっていうことか…?」

冷たいものが背筋を通って行くようだった。しかも、自由に動き回れるって?

《浄化していただきました後、わたくしは気配を探りました。ですがそれは全く気配を感じさせなかった。ご当主が巫女の身に封じていた闇を消滅なされたのは、わたくしにも伝わってまいりましたが、その瞬間、もう1つの闇の一部もかなりの衝撃を受けて一瞬激しく気配を現しました。あの闇は、どこかに潜んで気配を消しているのです。》

そういえば、あの大岩の中の本体もあの瞬間雄叫びを上げていた。

蒼は維月を見た。険しい顔で前を見つめている。

《わたくしにはお知らせすることしか出来ませんが、皆様におかれましては、くれぐれもお気をつけくださいますよう。》

白蛇は、また深々とお辞儀をした。

《何かわたくしに出来ることがございましたら、ご遠慮なく巫女にお申し付けください。それでは、これで失礼致します。》

白蛇の姿は消え、一同はそこに、取り残された。



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