第13話ツクヨミ2

ツクヨミは、必死に坂を下り、村を抜けて森の方へ走って行った。

道と言っても、今みたいなアスファルトじゃねえ。所々に岩は突き出しているし、穴も開いている。ツクヨミは何度も転びながら、それでも少しでも人々からあの闇を遠避けようと、走り続けた。

オレからは、あの闇がツクヨミの後を追うように進路を変え、移動しているのが見えていた。ツクヨミもまた、それを感じていたようだ。

走って走ってたどり着いたのは、昔ツクヨミが毎日水汲みに来ていた、あの川原だった。ツクヨミはフフッと笑った。

「私ったら、今でも変わらないのね…。」

《なんの話だ?》

オレは聞いた。

「変わらないの。何かつらいことがあると、いつもここへ来ていたのよ。ここへ来てお月様と話したら、なんとかなるような気がしてね。今も、無意識にここへ向かったんだわ…。」

懐かしげに回りを見渡していたツクヨミは、いよいよ闇の近付くのを感じて、少し離れた山肌に出来た洞窟を見た。

「お月様、結界を張るわ。あれを倒すのは、無理かもしれない。その時は、封じるしかないもの。」

ツクヨミは洞窟の中に入って行って、力を封じ込めた石をいくつも配置し、準備をした。

そして外へ出た時、それはそこへ到着した。


それは大きく深い闇だった。ツクヨミに対する、怨みのようなものをオレは感じ取った。

闇の塊は周囲に霧を撒き散らしながら、辺りを黒く染めて行く。今まで見たこともないような暗く強い念の塊だった。

オレはツクヨミに、ありったけのパワーを送った。いつか出した、常人が可視出来るほどの力だったと思う。しかしツクヨミを通して出るのは、いつもの力ほどの規模だった。いや、それ以下だったかもしれねぇ。

オレはハッとした。ツクヨミの生気が、弱って来ていたのを思い出したんだ。

その力では、あの闇を倒すどころか押さえることも難しいと見てとれた。と、ツクヨミが闇に弾き飛ばされ、洞窟の辺りに落ちるのが見えた。

ツクヨミは立ち上がろうともがいていた。なんとか守ろうと力を降ろしたが、オレの光はそのままではやはりなんの効果もなかった。

闇がツクヨミを飲み込もうと近付いて来る。ツクヨミはオレに向かって叫んだ。

「お月様、私に降りて来て!」

オレは仰天した。オレが降りる?

「早く、私の体を使って、これを封じて!私はもう、動けないわ!」

ツクヨミはオレに向かって手を伸ばした。闇もツクヨミに手を伸ばしているように見えた。考えてる暇はねぇ。オレはツクヨミに飛び込むように降りた。

とたんに、痛みというものを感じた。ツクヨミの体はあちこち傷付いていたんだ。手足が自分の近い視界に入る。どう使うかなんかわからねぇ。とにかく闇を押さえなければと、必死で感覚なんか覚えちゃいねえ…オレはツクヨミの体から、自分の力を目一杯出して、闇を光で縛り付けた。

ツクヨミの念が、囁いた。

“あの洞窟へ、封じて”

光の放流で闇を包み込み、オレは洞窟の方へ闇を引っ張った。

闇はそこで初めて、地の底から沸き上がるような唸り声を上げた。光の中で変な動きをしてもがいているのがわかる。

“もう少し”

ツクヨミが囁いた。オレは一気にそのまま闇を洞窟へ投げ入れ、その衝撃で落ちてきた岩を楔に、闇を封印した。その直後、オレは勝手に上へ戻っていた。

辺りが静まり返った時、オレはツクヨミの生気がほとんどないのを感じた。

《ツクヨミ!》オレは叫んだ。《お前、オレの力のせいで…》

ツクヨミには、オレの力を目一杯使うほど、元々体力がなかった。そもそも人に、オレの力を目一杯使うことなど、不可能なんだ。それを弱っていたツクヨミに、オレは降りて力を使った。

ツクヨミは囁くように言った。

「よかった。」口元が微かに笑っている。「わかっていたの。こうなることも。守り切れたわ。お月様のおかげで…

《ツクヨミ…他に方法があったはずなのに》

ツクヨミはかぶりを振った。

「他に力を使える人は、小さな月音だけ。これが一番だったの…」

ツクヨミは、フーッと息を吐いた。

「お月様、ありがとう。私がひとりぼっちにならなかったのは、お月様のおかげ。最後まで一緒に、居てくれて…」段々と念が、聞き取りにくくなった。「月音を、よろしくね。ありがとう…。」

ツクヨミからは、そのまま、なんの念も感じなくなった。



十六夜は続けた。

《あのあと、月音に意識を向けたら、あの小さい奴が、オレの教えた通り、小さな守りの膜を丸く作って、その中でジッとして待っていたんだ。》十六夜の声は、なんだか泣いているようだった。《オレは月音に話したよ。他に聞こえるやつぁいねぇ。あいつはまだ正月を五回も過ごしてない年だったが、回りの村人達に話し、ツクヨミを連れ帰らせ、埋葬し、封印した岩場には立ち寄らぬよう縄を張らせて守らせた。》

蒼は、闇と戦うのが、どれほど大変だったのか知った。十六夜が、なぜツクヨミを忘れないのかも、蒼が直接自分に降りろと言った時、なぜ怒ったのかも。

十六夜は言った。

《オレが、ツクヨミを殺したんだよ。》

蒼は、十六夜の後悔を痛いほど感じた。

「オレはそうは思わない」蒼は言った。「十六夜は、ツクヨミと一緒に、みんなを守ったんだ。月音も。」そして自分の胸を指した。「オレ達も。オレ達が生まれて来れたのは、守ってくれたからだよ。」

十六夜は少しの間黙っていたが、こう言った。

《蒼、お前は、ツクヨミに似てるんだ。維月も似てると思ったが、あいつは気が強すぎるし体力もあって丈夫で、子供を何人産んでもケロッとしてる。イメージじゃねえ。お前は…》と考え込むように、《確かに体力もあって丈夫なのは維月と同じだが、考え方や言うことが、いちいちツクヨミを思い出させやがる。》

蒼はニッと笑った。

「母さんに聞かれたら怒るぜ。」

十六夜はとぼけた風に答えた。

《ああ、聞いてるかもな。維月はオレを通して物を見れるんだ。かまやしないさ。いつもあいつに言ってることだ。》

蒼はアクビをした。もう夜中の2時だ。

《もう寝な。遅くまで付き合わせちまったな。》

「オレはずっと十六夜と話しててもいいんだけどなあ…学校めんどくさいや。」

十六夜はフッと笑った。

《そんな所は維月とそっくりだ。おやすみ、蒼。》

蒼は布団に潜り込んだ。

「おやすみ、十六夜。また明日な。」

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