第12話ツクヨミ1
蒼は十六夜のエネルギー体を作った後、母まで加わって散々浄化のシュミレーションをさせられ、さすがに疲れて床についていた。
十六夜はあの後、軽口もたたかなくなり、まるで心ここにあらずな雰囲気だった。エネルギー体を作ったりしたから、怒ったのだろうか?
考えていると気になって、疲れているはずなのになかなか眠れずにいた。
蒼は思いきってカーテンを開けた。三日月がこちらを見ているように思える。
「十六夜…。」
少し遅れて、声が答えた。《眠れねぇのか?》
蒼はエネルギー体の十六夜が思い浮かんだ。
「今日はごめんな。無理にこっちへ意識降ろしたりして。」
蒼は、ほんとにすまなく思った。あの時は、ほんとにそれが正解だと思ったのだ。
《なんだそんなことか。あれはあれで、貴重な体験だったよ。あんなことを思い付いたのはお前が初めてだからな。人とはほんとに不便なものじゃあねぇか。あんなものに閉じ込められて、オレを見上げてるなんてな。》
十六夜の声は、落ち着いていた。蒼はホッとしてカーテンを開けたままベッドへ戻って月を見た。
「なんだかさ、十六夜が怒ってるように思ったんだ。早く戻せって…。」
少しの間、沈黙が続いた。「十六夜?」
《お前にゃ隠し事は出来ねぇな》十六夜の口調はやれやれといった感じだ。《ツクヨミを、思い出したんだ。》
蒼は記憶をたどった。「最初に十六夜と話した人?」
《そうだ。》
「どんな男の人だったんだい?」
《ツクヨミは女だ。》十六夜は穏やかに言った。《維月がお前を生むまでは、全部この家系は女1人だったんだぜ。たまに力を持たない子供も生まれたが…維月の母の美咲がそうだ。そのまた母の佐月は力を持っていて、最後までオレを心配してくれてたよ…維月が覚醒しなければ、オレが1人きりになってしまうとな。》そして、クックッと笑った。《実際は1人どころか、こんな大所帯になってしまったがな。》
十六夜の声は楽しげに微笑んでいるようだった。蒼は五人兄弟姉妹が誇らしく思えた。
「ツクヨミは、どこに住んでいたの?」
十六夜は遠くを見るような話し方になった。
《あれは…佐月の前の、美月が住んでいた辺りと言えばわかるか?あの辺りに、家は何度も建て替えて、そのたびに少しばかり位置が変わっていたが、大体あの辺りだ。佐月は何度か様子を見に行ってたが、美咲は一度も行かなかったからな。》
蒼は考えた。もしかして、あの田舎の古い大きな家のことか? それならたまに、母に連れられて夏休みとかに泊まり掛けで行ったことがある。裕馬のおばあさんちが、あの隣町にあるのを聞いてから、裕馬とも行ったものだ。
「知ってると思う。ツクヨミは、月読って書くの?」
《知らねぇ。そもそも初めて話した時には、ツクヨミには名前はなかったんだ。いつの間にか皆にそう呼ばれていて、オレもそう呼んでた。》
「どんな人だったんだろう…」
蒼は誰ともなしに呟いた。一番最初に、十六夜の声に気付いた人。
《優しいおとなしい娘だったよ。》十六夜は心なしか沈んだ声で言った。《オレの声が聞こえるばっかりに、つらい生き方になってしまったんだ。オレは今でも、ツクヨミにすまなく思ってる。》
十六夜は、ツクヨミのことを話し始めた。
ツクヨミの生きた頃は、まだ回りも放置された黒い念ばかりで、人は自分の欲の為に人を殺すなんてざらだった。親兄弟でも殺し合い、見ていて気持ちの良いもんじゃなかったな。
そんな時代だから、親に捨てられる子供も居た。ツクヨミは、そんな子供の1人だった。
運良く側の家に拾われたものの、まだ小さなうちから朝から晩まで働かされていた。夜が更けても、まだ遠くの川まで水汲みに行かされていたよ。手も足も傷だらけだったが、ツクヨミは文句も言わずに働いていた。
そんなある日、いつものように水汲みに出たツクヨミは、川原で岩に腰掛け、川面を見つめてボーッとしていた。疲れてるのだろうと思っていたら、ふいに空を見上げて、こう言った。
「お月様、私を殺してください。」
オレはびっくりした。確かになんの楽しみもない日常だろうが、ツクヨミがそんなに疲れていたとは、あいつの表情からオレにもわからなかったからだ。
いつもなら聞いてるだけなんだが、放っておく気にもならなくて、聞こえないのは承知で念を返した。
《殺すとは穏やかじゃねぇな。世の中生きたくても殺されちまう奴らが、ゴロゴロいるってぇのによ。》
ツクヨミは辺りをキョロキョロと見回した。
「誰っ?私…私何も持ってません!」
物取りか何かに怯えているようだった。オレから見たところ、ツクヨミの回りには誰も居なかった。
《誰も居ねぇがな。何に怯えてやがる?》
ツクヨミは、恐る恐るオレを見上げた。思えばその日は十六夜だったな。
「お月様?お月様が私に話しているの?」
オレにはまだ、ツクヨミの聞いてる声がオレの声だとは思えなかった。だが、答えた。
《お前がオレに話すから、答えてるだけじゃねぇか。》
ツクヨミはホッとしたような顔をした。
「ああ、私、野盗かと思って…」そして、クスクス笑った。「変ね。死にたいと思ってたのに、野盗が怖いなんて。」
オレはツクヨミが、気がふれたのかと思った。
《おいおい、ついに来やがったか。お前大丈夫か?》
「大丈夫か、ですって?大丈夫じゃないかもしれない。お月様の声が聞こえるなんて。」
間違いない。この娘は、オレの思念を聞いている。そんなことは初めてで、オレは混乱した。
《お前、聞こえるのか?オレがわかるのか?》
ツクヨミはうーんと考え込む顔をした。
「あなたが本当にお月様なのかわからないけれど、声は聞こえるわ。どうして今まで黙っていたの?」
それからオレ達は明け方まで話し込んで、水汲みの時に話すのは、毎日の事になった。ツクヨミは毎日その日にあったことを、オレに話して聞かせた。オレからは見えてる事が大半だったが、それでもツクヨミが楽しそうにしているから、それでいいと思っていた。
そんなある日、水汲みに向かう途中の大きく成長していたツクヨミを、黒い霧に包まれた連中が待ち伏せているのをオレは見た。
オレにはなんの力もねぇ。オレ自身から出た光は、連中に何も影響せず、オレは焦った。
慌ててツクヨミに知らせたが、もう、遅かった。あいつはその連中に取り囲まれてしまった。
「お月様、助けて!」
ツクヨミはオレに向かって叫んだ。オレにはなすすべもない。それでもオレは、ツクヨミに向かって、せめて力を与えようと必死に意識を集中した。
オレの光が、ツクヨミに向かって流れ落ちた。
ツクヨミが、カッと光輝くと、ツクヨミを掴んでいた連中が、火に当たったかのように身を退いた。
オレは必死だった。ツクヨミから光の放流が四方へ流れ出し、半球を作ってあの頃の物言いで四里先までを光に包んで、その間の全ての黒い霧を消し去った。
思えば常人が可視出来るほどの力を人に送り込
んだのは、あれが初めてだったな。加減がわからなかった。
光を見た村の連中が大挙して探しに来た時、回りにはツクヨミを襲った連中が気を失って倒れ、その真ん中には、月から続く光に照らされ青白く輝く、ツクヨミが倒れていた。
それからのツクヨミは、村の高台に作られた神社に、まるで神のように奉られて過ごした。ツクヨミと呼ばれ出したのもその頃だ。
何でもあの光の輪は村にまで達し、その光に包まれた病人が急に起き上がったのだという。恐らく黒い霧に憑かれた奴らだったんだろう。
ツクヨミは毎日、いろいろな所に出掛けて行っては黒い霧と戦うようになった。オレから見ても、かなりの範囲で黒い霧のない清浄な土地が広がりつつあった。
夜毎に必死で戦い続けるツクヨミは、日々弱って来ているように見えた。間違いなくオレの力はツクヨミを消耗させていたんだ。
それは、月音[つきね]を産んだ後、特に顕著になった。
それは、突然やって来た。
ある日、オレがいつものように月音の子守りをしていると…何驚いてる、オレはずっとお前ら子供の話し相手をして来たんだぞ…ツクヨミが、奥殿へ走り込んで来た。月音の顔を見ると、ホッとしたようにその場へ座り込んだ。
「かあさま?」
小さい月音が話し掛けると、ツクヨミは月音を抱き締めた。
《なんかあったのか?》
オレが声を掛けると、ツクヨミは窓から空を見上げた。
「お月様、力を貸して。私、見付けてしまったの。ずっと探していた、あの…」
オレはその言葉を引き取った。《霧の中心か。》
ツクヨミはずっと、この黒い霧には湧き出る中心があるのを感じると言っていた。人の悪い念が、そこへ集められ、そこから力を持って撒き散らされていると。それを絶たなければ、この霧がなくなることはないと言っていたのだ。
維月もそうだが、ツクヨミも、もうこの頃にはオレが意識しなくても、勝手にオレから力を引き出して使えるようになっていた。ツクヨミはオレに神社の守りを任せ、1人で探し回っていたんだ。守りと言っても、オレにゃあせいぜい、小さな月音と話して、力を降ろし、守りの膜を作らせる程度しか出来なかったがな。
《ヤバそうなのか?》
ツクヨミは頷いた。
「ものすごく深い闇を見たわ。私の守りも、突き抜けてしまうぐらい。その中心に、私へのものすごい敵意を感じたの…」
その時、オレは、まさにその深い闇がこちらへ向かって移動しているのを見た。
《ツクヨミ!向かって来てるぞ!》
ツクヨミはハッとして立ち上がり、走り出した。
「ここへ来させてはいけない!」
《月音、いい子にしてるんだぞ!ここから動いちゃダメだ!》
オレは月音にそう言い聞かせると、ツクヨミに意識を集中して追った。
深い闇はかなり近くまで迫って来ていた。
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