第11話エネルギー体
次の日は日曜だった。蒼はいつもの公園で、十六夜の声が聞こえるようになるのを、夕日が沈んで行くのを見ながら待っていた。
今日は涼もここについてきていた。傍らには、ハンバーガーの入った袋がある。最初は10個だったが、最近は持って来るのも5個まで減って来ていた。
「なんでお前まで来るんだよ。」
蒼は不機嫌だった。
「事はあんただけの問題じゃないの。あたしと母さんでなんとかなるなら、あんたなんかに頼らないけどさ」涼は腕組みして立っている。「あんたのバカ力がどうしても要るんじゃないの!大体ね、あんたが毎日遅くまでここで月と話してるから、あたし達は月と話せないのよ!それをガマンしてやってるんだから、今日ぐらいいいじゃないのよ。」
《兄弟げんかはそれぐらいにしな。みっともねぇぞ。》
蒼が言い返そうと構えた時、十六夜が言った。
「月、ほんとの所、蒼はどうなの?」
涼が聞いた。蒼はドキッとして振り返った。
《見た通り、力をバカみたいに全開にして出してばっかじゃあなくなったさ。》
「制御出来てるってこと?」
涼は怪訝な顔で蒼を見た。
《さあな。小出しにする事は出来る。複数に当てるのもうまいもんだ。ただ、蒼、お前自分の力の限界ってのは、まだわかってねぇんじゃないのか?》
蒼はぽかんとした。「限界って…制御出来てなかった時に出してた、あれがフルパワーなんじゃないのか?」
十六夜は考え込むような声を出した。
《お前にはまだ余裕を感じるんだよ。確かに腹は減るが、少しも生気は失ってねえ。オレからのエネルギーを、いくらでも吸収して力に変えて放出出来るような、そんな感じに思える時がある。》
涼は明らかに驚いて蒼を見た。
「あんた疲れないの?」
蒼はかぶりを振った。
「腹が減るだけ。」
涼は食い下がった。「全開で力を使った後、100メートル全力ダッシュしたような感覚にならない?」
蒼はぶんぶん首を振った。
《まあ、息も切らしてねぇもんな。不思議なことに。》
蒼は立ち上がって構えた。
「だったらさ、オレが直接戦わずに、十六夜がオレの力を通して戦ったらどうだろう?腹減らないじゃん。」
《ああ?!何を言ってやがる、オレはお前ら以外にどうこう出来る力なんかねえっつったろ。お前の体はお前の意思でしか動かねえし、その力もそうだ。》
蒼は諦めない。
「別の体を地上に作ればいいんだよ!やってみよう!」
《おい蒼、お前何を考えてんだ?》
慌てたような十六夜の声がする。取り澄ましていた涼も慌てた様子で止めた。
「ちょっと蒼、あんたね、そんなこと出来るはずないじゃないのよ。やめなさいよ、変なことしたら倒れるわよ。」
「うるさいよ、見てろって。」
蒼は、何でも出来る気がしていた。エネルギー体を…十六夜の意思を自分の力で形にしてみたら、なんか出来るんじゃないか?
「うう~ん」
蒼は目を閉じて力いっぱい念じた。
「なんか唸ってるし…」
涼は気が気でない。片手では素早く携帯のキーを押していた。…蒼が変なことしようとしてる…誰か来てー。
蒼はイメージした。十六夜が自分を通って目の前に光の形になって…。
《お?!》十六夜が叫んだ。《ちょっと待て蒼、オレがそっちに行くなんて、まだ一言も…》
声がかき消えた。月から何か光の大きな玉が蒼に向かって降りて…いや、落ちて来る。
蒼はグイグイ引っ張った。少なくとも引っ張ってるつもりだった。
光の玉は蒼の頭上に向かって勢い良く落ちた…するとすぐに蒼を抜け、蒼の目の前に光の放流となって渦を巻いた。
涼はもはや口もきけずにそこに立ち尽くしていた。
その少し前、家では不穏なメールを受け取っていた。
「何しようとしてるのかしらねあの子。」
維月が有に見に行ってやれと言おうとした時、月から光の玉が落ちて行くのが見えた。維月は我が目を疑った。月が落ちて来るように見えたのだ。
「有!母さん行ってくるから!」
「待って私も行くー!」
二人は自転車で公園へと必死でこいだ。
蒼は目を開けて目の前の光にイメージした。形に…エネルギー体に…これは十六夜なんだ。
光の渦は段々と形を成して来た。人影が見える。その人影は腕を動かし首を振っている。
やがて青白い光の中には、はっきりと人が見えた。20代ぐらいの男性だ。髪はそう長くなく、青っぽい銀色だった。すらりとした体格に長い手足の、その人物は光の中、宙に浮いたまま、大儀そうに切れ長の涼しげな目をしばたかせて開いた。瞳は薄い茶色に見えた。いや、金色なのか?そして、それが初めてと言うように、薄い口唇を動かした。
『全くよぉ、なんでぇこの視野の狭さは』
「十六夜!出来たじゃん、形になったよ!」
側で聞く十六夜の声は、やっぱり十六夜だった。
『お前なあ、本人にまず許可取ってからやれよな。』そして体を見回した。『なんでこんなもん着てんだ、お前の制服と同じじゃねえか。』
涼は唖然としている。
「口、悪…。」
十六夜はそれを聞き逃さなかった。
『お前までなんだよ。蒼のオレの解釈がこれなだけだろーが。オレは悪かねぇよ。』
機嫌が悪そうにちらりと見て言ったあと、何かに気付いたように十六夜は地面を見た。
『蒼、下へ下ろしてくれねぇか。』
蒼は頷いて十六夜を安定させようと念じた。光が幾分少なくなり、十六夜は地面に降り立った。
その時到着した維月と有が、目の前の光景に言葉を失っていた。
「あれはなんなの?」
涼は振り返った。「月よ、母さん。蒼の解釈バージョンだって。」
もうなんでもやってくれという気分だ。母もぽかんとしている。
「そんなことが出来るの?」
『…よぉ維月、有。まさか地上に下りる時が来るたぁ思わなかったぜ。意識だけだが、なかなかおもしれーよ。』
「あの子、月にこんなイメージだったのね」
維月が驚愕の表情で呟く。
「この際1人1人の月のイメージ実体化してほしいよね」と有。
蒼は割り込んだ。
「で、どうだ、十六夜?オレの能力使って、その体から力放てそうか?」
十六夜は考え込む表情になった。自分の中を検索しているようだ。
『いや、残念ながら役に立てねぇな。この姿を維持するために、お前はひっきりなしにこの体にエネルギーを送り込んでるんだ。要は、オレの本体から出た力をお前が受けて、変換してここへ送り込んでる状態なんだよ。』と十六夜は月を見上げた。『つまりこの体でオレが戦おうと思ったら、お前を通して維持の力+攻撃の力を送り込んでもらわなきゃならねぇ。お前が戦った方が、より省エネじゃねーか?』
蒼はがっかりした。せっかく新技開発出来るかもと思ったのに…。
十六夜は黙って月を見上げている。いつもあそこから見ていた十六夜。どんな気分なんだろうか…。
ああ、腹が減った。
蒼はハンバーガーの包みを開いた。
『ハハハハ、パワーの使いすぎなんだよ』十六夜はそれに気付いて笑った。『さあ、これは役に立たねぇとわかったんだから、戻してくれ。』
蒼はハンバーガーを頬張りながら、十六夜に言った。
「実はさ、もうひとつアイデアがあるんだ」蒼は無邪気だ。「別にエネルギー体作るのがダメなら、直接オレの体に入ったらどうだ?十六夜のパワーと、オレの能力がダイレクトにつながって、フルパワーになるんじゃないか?」
十六夜はみるみる顔色を変えた。
『ダメだ!』十六夜はいい放った。『それだけは断る。蒼、遊んでねぇで、もっと自分が修行しな。早くオレを戻せ。』
「なんだよ、何怒ってんだよ十六夜。」
『怒ってねぇ。早く戻しな。お前時間がねぇんだろーが』
蒼はハンバーガーを飲み込んで立ち上がり、十六夜に向けてのパワーを切り替え、上に返すイメージをした。
エネルギー体は再び光の放流に包まれて実体を無くして行き、光の玉になると蒼を抜けて空へと昇って行った。
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