第14話裕馬
蒼は授業の間ずっと考えていた。
裕馬は高校に入学以来、ずっと一緒に居た友達だった。
人見知りな蒼に、一番最初に話し掛けてくれ、蒼が心を開けなくて無愛想な間も、気にする風もなくしつこく話し掛けてくれた。
おかげで蒼も徐々に心を許し、地元で明るい人柄で友達の多かった裕馬にたくさんの友達を紹介されて、やっと回りに馴染んで来て、学校生活を楽しめるようになった経緯があった。
そんな裕馬に、覚醒してから距離を置いてしまっていた。裕馬は悪くないのに、本人は自分が何か悪いことをしたのかもと気を使わせてしまっているのを、メールが来て知った。
裕馬には、話してもいいだろうか?
十六夜とは、昼間は話せない。十六夜は蒼のことを昼間も見ていると言っていたが、蒼の方が十六夜の念を聞き取ることが出来ないのだ。
正確には、聞き取りにくいだけで、本来聞き取れてもおかしくはないのだと、母は言っていた。
「なんであんたはなんでも月に頼ろうとするのよ」
涼に言われた言葉が頭に響いた。今まで何でも自分で決めて来たじゃないか。蒼は決心して顔を上げた。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
蒼は終礼が終わってすぐに、裕馬に声を掛けた。
「裕馬、ちょっと話せないか?」
裕馬は顔を上げた。「え?」
「あ、お前部活か。」
蒼は自分中心に考えていたのを恥じた。裕馬は笑顔で答えた。
「いいよ、オレ今日休むから。」
蒼はかぶりを振った。
「いや、オレが部活終わるの待ってるよ。」
「いいっていいって」裕馬は手を振って笑った。「なんか大事なことなんだろ?」そして同じ部活のクラスメートを見て立ち上がった。「達也、オレ今日サボり~。」
「おい、ちょっと待てよ」
蒼は何か言おうとしたが、裕馬に引っ張られて教室を出た。裕馬の背後で達也というクラスメートが、ヘイヘイ、といった風情で手を振っているのが見えた。
「信じられないのはわかるよ」蒼は、駅裏の公園で言った。「オレだってつい1ヶ月前まで何も知らなかったんだから。でもお前には、言っとかなきゃと思ってさ。」
裕馬に、これまでの経緯を話し終えて、蒼は言った。もう夕日が向こうへ隠れようとしている。
裕馬は黙って聞いていた。眉を寄せて、まるで別人のように見える。蒼は不安になった。やはり言わない方がよかったんだろうか?
「…すぐに信じるのは難しい事だけど…」と裕馬は口を開いた。「でも、辻褄は合うんだよな。蒼はたまにオレの見えないものを普通に見てたり、なんか変な事がある時はたまたまその場に居なかったり、不思議なヤツだなあと思うことあったんだ。お前は気付いてないみたいだったけど。」
裕馬はまた黙り込んだ。辺りが薄闇に包まれて来る。
「裕馬…。」
「山中のことだけど」裕馬の声は真剣だ。「確かにあそこに行くと、気分が悪くなるとかいう噂が立って、最近は参拝に行く人も居なくなったんだ。この辺では有名な話だよ。」
「知らなかった」
蒼は地元ではないので、この辺りの事情は全くわからなかった。裕馬は続けた。
「そんな変なものって言うなら、やめた方がいいよ。蒼、ほんとに危険なことなんじゃないか?他の宗教の人か何かのプロに頼んで、お祓いしてもらうとかした方が絶対いいよ!」
「そのプロみたいなんだよ。宗教じゃないけど。」
蒼は情けなくなった。オレは見習いだし。
「だったら、お前の母さんや涼ちゃんに頼んで、お前は行くなよ!きっと危ないよ。あそこの神社に行ってた近所のばあちゃんが、入院したって聞いたんだ。きっとその変な黒いののせいなんだよ!」
日が落ちた。きっと十六夜が割り込んで来ると思ったが、沈黙している。
蒼は裕馬の気持ちが嬉しかった。
「そんな訳にはいかないんだよ。母さんも涼も、今回はオレにも来いって言ってるし、そもそもオレが持って帰ったゴタゴタだから、最後まで見届けないとな。」
裕馬は蒼の目を見返した。
「まあ、美人が減ると困るし、お前でも役に立つんなら、行った方がいいんだと思うけどさ。」
「なんだよそれ」
裕馬は立ち上がった。「で、いつ行くんだ?」
「母さんは満月の日にって言ってたな。詳しいことはまだわからないけど。」
「オレになんか出来ることあるかな。」
蒼は笑った。
「お前はオレ以上に役に立たないって。」
「おい、オレ真剣に言ったのに~!」
蒼は笑いながら先に立って公園を出た。
裕馬に話してよかったという気持ちと、止めておけばよかったという気持ちが、まだ交錯していたが、やっぱり親友には隠し事はしたくないと蒼は思った。
帰り道、いつもの公園に寄ろうと道を急いでいると、十六夜の声が言った。
《オレは、反対だったんだがな。》
蒼はやっぱり十六夜はずっと見ていたのだと思った。
「どうしてだよ?裕馬は親友なんだ…知ってるだろ?」
《だからこそだ。》十六夜は厳しい口調で答えた。《お前らの社会の中で、形は違うがああいう異質なものと戦ってるヤツは大勢いる。そいつらに話すなら、オレも止めはしねぇ。だがな蒼、裕馬は普通の「人」だ。なんの力も持たねぇヤツなんだ。お前は、オレもそうだが維月や涼や有、恒や遙にまで守られてるが、あいつには何もねぇ。もしこの前みたいにお前の後を追って来たら、今のお前にあいつが守れるのか?》
「追って来ないように、何が起こってるのか知らせたんじゃないか。」
蒼は公園にたどり着き、自転車を立ててベンチに腰掛けた。
ジョギングの人が通り過ぎる。回りを見ると、日が落ちているにも関わらず、犬の散歩やらでチラホラ人の姿が見えた。
《そうか?あいつの性格で来ないと言い切れるのか?…満月の日だと知ったんだから、来るんじゃあないのか。》
蒼は急に不安になった。十六夜の言うことは的を射ている。
「明日、絶対来るなと念を押すさ。」蒼は話題を変えようとした。「今日は何をやる?」
十六夜はため息をついたようだった。
《お前に教えることは、何もねぇ。もう一通りのことは教えたよ。後は実践で慣れて行くしかねぇ。しかしこの公園も毎日お前が浄化するから、もうすっかり清浄になっちまった。今では無意識にそれを感じてる常人達の、散歩コースになってるじゃねぇか。》
確かに最初人気がないからとこの公園を選んだのに、人の姿をよく見るようになった。
蒼は立ち上がった。
「じゃあ場所を変える?」
《いや》十六夜は答えた。《今日は維月と話さなきゃならねぇ。今朝からあいつがお前達の田舎へ、恒と遙を連れて行ったのは知ってるだろ?美月の家だ。》
そういえば、母さんは今朝から調べものがあるからと、有の車で出掛けて行った。
「何かわかったのか?」
《それを聞くのさ。あいつの行動は見えても、あいつの考えてることまで、あいつの意思以外でオレにはわからねぇ。》
蒼はなんだかおもしろくなかった。母さん、オレを連れて行ってくれたらよかったのに。
「なんで恒と遙なんだよ。」
《それだけ危険だってことだ》十六夜は厳しく言った。《あいつらの力を侮るんじゃねぇ。お前、5歳の時車にひかれかけたの覚えてるか?》
蒼は頷いた。「母さんが真っ白に光ってたのは覚えてる」
《あれは昼間だったんだ。維月は負の念からお前を守ろうと、自分の溜め込んだ力をフルに使ったが足りなかった。もうダメかと思った時、一歳の双子からドデカい力が維月に流れ込み、かすり傷で済んだんだよ。びっくりした維月が振り返ると、双子はしっかり手をつないで、維月をじっと見つめていたそうだ。あれがあいつらの力だ。》十六夜は言った。《じゃあな。》
十六夜の声が聞こえなくなった。蒼は取り残されて、仕方なく家に向かって自転車をこいだ。
「なんだよ、維月維月って。」
それでも、明日は十六夜に言われたように、裕馬には絶対来ないように念を押しておこうと心に決めていた。
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