第8話日常と非日常
次の日は、文化祭だった。
蒼はもともと率先して行事を引っ張るタイプではないし、皆の決めたことに従順に従った結果、肉マン店の、はえある肉マン包み係に任命されていた。
小学生の頃覚えのあるような白いエプロンを女子に着せられ、他の肉マン包み係と共に、とにかくひたすら包み続けていた。
何でも蒼にくっついて来る、裕馬が同じく隣で包みながら、肘で蒼を小突いた。
「なあ蒼」恐る恐ると言った感じだ。「今日お前機嫌悪い?」
蒼は肉マンを1つ仕上げた。「なんでだよ?」
「いや、なんか今日はいつも以上に目付き悪いからさ。」
確かに、目が悪い蒼は、普段母譲りの涼しい切れ長の目を、更に凝らして見るのでかなり目付きが悪い。
しかし今日は、昨夜遅くまで月に説教食らっていたので、寝不足でいつも以上に不機嫌そうにみえた。
「別になんもねーよ」
「だってさ、口調もなんかいつもより怖いし。」
蒼は心の中で舌打ちした。十六夜のヤツのせいだ。アイツの話をずっと聞いてたせいで、知らない間に移っちまった…ああ違う、移ってしまった。
「ごめん、ちょっと寝不足なんだ。考えることがいっぱいあって…」
蒼は言い訳がましく言った。意外にも裕馬は、わかってるというように頷いた。
「聞いてるよ。山中だろ?」
蒼は驚いて手を止めて裕馬を見た。「え?」
裕馬は神妙な顔をしている。
「なんか昨日帰りに、二人で駅裏の公園に居たって、もっぱらの噂だよ。」裕馬は蒼の肩に手を置いた。「水くさいじゃないか、オレには興味ないなんて言っといて…」
他の男子肉マン包み部隊は、包みながら二人のやりとりを見ている。蒼は慌てて、否定しようと手を振って、力が入って大きな声になってしまった。
「違うんだよ、そんな意味じゃなくてさ!」
「そこの男子ー!早く包む!」
包み終わった肉マンを蒸し器に運ぶ係女子が、一喝する。二人は慌てて手を動かした。
「昨日公園で、仲良く遊んでたって聞いたぜ。」
裕馬は小声で続ける。蒼は思った。いったいあの状況をどう見たら仲良く遊んでた、になるんだ?
「なんでそうなるんだよ」
蒼は力なく言った。肉マンはドンドン包まれて行く。もはやこれを本職に出来るのではないかの勢いだ。
「違うのか?」裕馬も負けじとスピードを上げる。「昨日蒼と山中が、犬相手に戦隊ゴッコしてたって、見てた奴らが言ってたんだよ。なかなか迫真の演技だったって」
………。
蒼は言葉が見付からなかった。思えば見えない奴らから見たら、あの光も犬の闇も全く見えてないのだから、急に腕を上げたりなんか叫んでたり、そりゃそう見えてもおかしくはない。
蒼は裕馬を恨めしげに見た。
「で、お前はそれを信じたのかよ?」
裕馬は胸を張った。
「まさか。お前の性格で戦隊ゴッコはあり得ないって否定したよ。きっと何か事情があって…」
蒼は思った。そう!そうなんだよ裕馬!のっぴきならない事情が…
「…オレにも隠して山中と付き合ってて、その罪悪感で暴れてたんじゃないかって!」
蒼の肉マン包みのスピードがガクンと落ちた。
「え?違うのか?おい蒼、話聞かせろよ~」
蒼は口を開く気力もなくなって、それからはひたすら黙って包み続け、肉マン包み部隊ーの包み数だと女子達に褒められた…。
《ハハハハハ!》
十六夜の豪快な笑い声が聞こえる。
「笑い事じゃない。」
蒼はふてくされて言った。十六夜はまだ笑っている。《戦隊ゴッコとはな。人ってのは、面白いじゃねえか。》
蒼はため息をついた。いろいろあってそれでなくても疲れているところに、有り得ない人物が有り得ないことを有り得ない人とやっていたとのことで、今日一日でかなりの生徒にこの目撃情報は流されてしまっている。
おまけに、昨日ゴタゴタで沙依に連絡しなかったのもあり、噂を知ってか知らずか物問いたげな沙依の視線を何回も受け、正直どうしたものか行き詰まっていた。
《言いたい奴には言わせておけばいいんだよ。人の噂もなんとかって言うじゃあねえか。そんなことで悩めるなんて、お前はほんとおめでたい奴だな。自分の置かれてる立場ってのを、少しは自覚したらどうだ。》
蒼は十六夜と、昨日も来た公園で力の制御の練習をしているところだった。一休みしている時に、十六夜に今日の事の次第を話したのだ。暗い公園は、他に誰も居ない。蒼はそれでも声をひそめた。
「昨日今日で現実社会の悩みを捨てろってのが無理な話なんだよ。」
《昨日今日でどエライ大きな黒い念と縁付いて来る奴が、何言ってんだ。》十六夜は少し沈んだ声になった。《いきなりラスボスと戦うようなもんだぜ。お前はここで、もっと自分のレベルアップしなきゃ、その防御力と攻撃力じゃ一撃でゲームオーバーしちまうぞ。》
つくづく、十六夜の言葉は自分が思念を勝手に解釈しているのだなと、蒼はこんな時だが思った。シリアスに言うには言葉があまりに俗過ぎる・・・。
「わかったよ。」蒼は立ち上がった。「さあ、十六夜、今度は複数同時攻撃を教えてくれ。」
《今日はもうやめだ》十六夜は言った。《お前これ以上ハンバーガー食うつもりかよ?》
蒼は自分の足元を見た。腹が減るだろうと母に持たされたハンバーガー10個の包み紙が落ちている。
《なあ蒼、お前一度にフルパワー使いすぎなんだよ。涼も言ってたが、もっと制御出来なきゃあ実戦は出来ねえ。小物一つ倒して飯食って、じゃあ、全部倒すまでに夜が明けちまわあな。》
蒼はまたドスンとベンチに座った。確かに、あの黒い念を一つ浄化するたび、腹が減って力が抜ける気がする。そのたびに何か食べて、十六夜がパワーを降ろしてくれて、何事も無かったかのように元に戻っていた。
「こんなで母さんが決めた14日後、山中の家に行って大丈夫なのかな・・・。」
蒼はため息混じりに言った。
《さあな。こんな短期間でってえのがまずオレだって初めてなんだ。まあ初代のツクヨミは8歳でオレと話して、14歳で覚醒してからいきなり回りは念だらけで、オレだって人に力与えるなんて初めてだったし、怪我させまくったがなんとかなったもんだ。お前には後方支援部隊も居るし、涼や維月って言う攻撃型の力を持つ仲間も居る。腹ぁ減って倒れなければ、命まではとられねえよ。》
蒼は自分の光を意識して大きくし、夜空とその光を見上げて考え込んだ。
母さんは、新月を避けて一番早く月が上る日に、様子を見に行こうと決めた。十六夜いわく、昼間でも十六夜からはこちらの様子はわかっているらしいが、こちらからは十六夜の思念を感じ取るのが難しい。大事をとって、月の出て来た時に・・・ということらしい。
「十六夜って・・・なんでオレ達を助けてくれるんだ?」
ふと蒼は疑問がわいて口に出した。十六夜はしばらく沈黙していたが、答えた。
《・・・なんでだろうな。実はオレも、黒い念やら光の力やら、本当の所はわかっちゃあいねえのかもしれねえ。》そしてまた沈黙。何か考えているようだ。《ただな、お前達が変なものに襲われて、逃げ惑ってるのは見たかぁないんだ。》
蒼は十六夜を見上げた。
「十六夜は、いつからそこに居るんだい?」
蒼は十六夜が息を飲んだように思った。明らかに虚をつかれたらしい。
《・・・蒼、そんなことを聞くのはお前が初めてだ。》十六夜は戸惑っているようだ。《オレは、気が付いたらここに居た。オレは眠らねえが、お前達の言うところの、目が覚めるとはこんな感じだろう。近くにオレと同じようなものは何もねえ。何かの思念がやたらとオレに呼び掛けやがるんだが、オレが探し当てて答えても、全然気付かないようだった。そのうち、オレの念は誰にも届かないのだと知った。》十六夜の声は、遠くの何かに語りかけているようだ。《ツクヨミがオレに答えるまで、オレはずっとここから念の出どころを見ているだけだったんだ。》
蒼は、十六夜の様子が目に浮かんだ。もし自分が十六夜だったら、ずっと見てるだけだなんて、誰も自分の声に気付かないなんて、しかもそれが、いつまで続くかもわからないなんて、耐えられるだろうか?
《お前は一番最初に、オレにほんとに月だと証明出来るかと聞いたな?》蒼はうなずいた。《実は、オレにも自信はねえんだ。この星にある力を使うことも出来て、意識もここにはあるが、いったい自分がなんなのかわからねえ。ただ単に月に寄生してるだけの、なんかの意識なのかもしれねえ。でも、その答えは誰もくれねえんだ。お前らが月だと言うんだから、月でいいと今は思ってるがな。》
蒼は、十六夜が、なんだか急に近く感じた。
「十六夜、オレ・・・なんか十六夜の言葉がなんでこんな風に聞こえるのか、分かった気がするよ。」
《どんなふうに聞こえてるのか怖いがな。》
十六夜の声は複雑そうだ。
「いやー多分、オレなんか十六夜って友達って気がするんだよな。」
《はあ?!・・・だからかよ、敬意がねえ。ちょっとは先生と生徒の仲だって自覚しろよな。》
十六夜はからかうように言った。蒼は構わず立ち上がった。
「友達なんだよ」蒼は笑った。「遠慮なんかしないしな。」
家の方へ足を向けた時、十六夜の声が咎めるように止めた。
《こら、ゴミ持って帰れ!》
忘れてたと蒼は慌ててゴミを拾い集め、家路についた。
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