第6話維月《いづき》

今日も蒼は帰りが遅い。さっき月が、蒼は駅前でバスから降りたと言っていた。きっと学校行事のなにがしかで、遅くなったのだろう。

維月は、リビングでくつろぐ他の子供達を見た。

20歳の有は、早くから月と話し、自分の力の使い方もその限界も知っていて、維月の良い相談相手になってくれる。

16歳の涼は、覚醒している中で一番力が強く、一番維月に似た種類の力を持っていて、何かと力になってくれる。

14歳の双子の恒と遙は、生まれた時から力を持って覚醒していて、力の性質から自分達だけしか守れないのを、最近は悩んでいるようだ。

維月は、リビングの窓から月を見た。こんな力を持って生まれた、その時のことが思い出される。蒼が覚醒しないなら、それでもいいと思っていた。蒼自身が選ぶ道なのだから…。



維月の母は、美咲といった。普通の幸せな主婦で、これといって変わった所もない、平凡に生きる人だ。

その母が、維月が三歳の時、月を見上げて話しているのを見た時、顔色を変えた。

「何をしているの、維月!!」

真っ青な顔でカーテンを閉め、窓際から奥へ連れて行かれた。小さな維月は、月とは話してはいけないのだと思った。

五歳の時、維月は母方の祖母のお見舞いに連れて行かれた。

不思議なことに、維月は祖母に会ったのは、それが初めてだった。祖母は50歳にはなっていなかっただろうが、驚くほどに若く美しい人だった。傍らに居る美咲と、そう年が離れているようには見えない。

自分の名付け親なのだと父から聞いた。祖母の名は佐月。維月は一目で祖母が好きになった。

父から勧められて、祖母と病院の庭を散歩した時、祖母は言った。

「維月はお月様とお話しできるの?」

維月は驚いた。母が話したのだろうと思った。

「うん。でもママが怒るから、もうしないよ」

叱られると思った維月は、祖母にそう答えた。祖母はニッコリ笑った。

「ママはねえ、お月様の声が聞こえないの。維月には神様が、生まれた時に聞こえる力をくれたの。」花のように微笑む祖母は、本当に綺麗だった。「おばあちゃんは、お月様とお話しできるのよ。でも…」

祖母は寂しそうに笑った。「もうすぐ、居なくなるから。おばあちゃんが居なくなったら、お月様は独りぼっちになってしまうわ。」

維月は悲しくなった。つないだ祖母の手が、急にとても力なく思えた。

「維月、お話するよ。ママにわからないように、黙ってお話する。」

祖母は声をたてて笑った。「まあ維月、どうやって?」そしてまた穏やかに微笑んで、「でもそうね、維月なら出来るかもしれないわ。維月、とても大変なことがあるかもしれないけれど、神様は何かを考えて私達にお月様と話す力をくれたと思う。どうか、お月様をよろしくね。」

慌てて駆け込んで来た母に引き離されて、それ以上話すことは出来なかったが、維月は月と話そうと心に決めた。

それから1ヶ月後に祖母は亡くなり、維月は布団の中からでも月と話せるように必死で念じるようになった。

そして、大きくなってからも、どこにいても思念だけで月と話せる能力が身に付いたのだった。

維月が月と話し続けていることを知った母は、その危険性を諭したが、維月は力と共に生きることを決めたのだった。


「例外もあるのよ」

維月は月を見ながら呟いた。「この血筋は代々子供は1人だったのに、私は5人も産んだわ。」

《おかげで私は忙しいがな。》

月の思念が割り込んで来る。

『あら、蒼は?もう帰り着くの?私、あなたを通して変な気を感じてたから、てっきり時間が掛かるかと思ってたのに。』

維月は黙ったまま、そう思念を飛ばした。

《見えてたのか。そう、今から対決だ。私の声が届けばいいが。最近は開きそうで開かないような、妙な感じなのだが》

『よろしくね。何か必要なら、言って。』

《おそらく大丈夫だろう。大した敵ではない。》

月の思念は消えた。

蒼―あの子には、底知れぬパワーがある。多分私よりずっと強いはず。拒んでも、溢れてしまう、力の強さ―それは、悪い気も呼び寄せてしまうものだから。

「母さん」涼が顔を上げた。「蒼が力使ってる…。」

兄弟姉妹は、月を通してつながっている。特に敏感な涼は、その映像が手に取るように見えるらしい。維月は右肩に痛みを感じた。

「ああ、ケガしたわね」

「月が」涼は呟いた。「月が蒼と話してる」

黙っていた有も顔を上げた。「あの子…門を開いたのね。」

維月は月を通して、月が見ている場面を見た。女の子と話しているのが見える。あの女の子…。

「まだ時間が掛かりそうね」維月はため息をついた。「何か持って帰って来るわ。有、月に、いつもの時間になったら、私に話し掛けてって伝えておいて。」

有は頷いて本を閉じた。「わかった。」


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