第2話テニスボール

五時限目は体育だった。

二クラス合同で男女分かれて行うが、この日は男女共に運動場でテニスだ。

テニス自体中学を出てからしたことがなかった蒼は、あまり気が進まなかった。


何人かの男子が準備体操中の女子をチラチラ盗み見ているが、蒼は興味がなかった。

そもそも、見えないのだ。

普段授業中は眼鏡を掛けているが、眼鏡を掛けた自分が嫌いなので、普通は絶対掛けない。まして体育の授業は絶対に掛けて受けることはなかった。

遠くに何となく動く人の形がわかるが、1人1人の見分けなどつこうはずはなく、蒼は座ってストレッチをしながらアクビをした。

「おいおい、お前マジで山中興味ねえの?」

裕馬が蒼の背中を押しながら言う。

「は?あの中に居るのかよ?」

蒼はアゴを振ってごちゃ混ぜの人がたを示す。

「隣のクラスじゃないか!知らなかったのか…」裕馬は肩を落とした。「ま、お前に彼女なんて、出来るとは思ってねえけどさ」

蒼は立ち上がって、歩き出した。

「オレには有の他に涼[りょう]や遙[よう]って妹も居るんだ。今さら女に夢も希望もないっての。」

やつらは家の中を下着で歩き回る恐ろしい軍団だ。母さんの男っぽさを見ててもわかる。所詮女なんて、家じゃあ何してるかわかったもんじゃない。

「お前の姉さんも、涼ちゃんも遙ちゃんも超美人じゃん。マヒしてんだよ、環境良すぎてさ。」

裕馬はぶつぶつと言いながらついて来る。

オレはお前のその夢が羨ましいよ。

蒼はそう思いながらも、黙って体育倉庫に入って行った。


倉庫の中は、いつもながらムッとしたカビのような臭いがする。暗い中テニスボールを探して目を凝らすと、暗闇にテニスボールの入っている箱が見えた。

そちらに向かっていると、裕馬が遅れて入って来たのがわかる。

「蒼~ボールあったか~?」

「ああ」蒼は指差した。「あそこに」

裕馬は眉を寄せて目を凝らしている。

「どこに?」

蒼は裕馬の鈍さにイラッとした。「あそこだよ。バスケットボールの籠の向こうの棚の、一番下の段の箱。」

裕馬はそちらに向かって蒼を通りすぎて行き、暗闇にかがみこんで箱を確認して持ち上げた。

「ほんとだ!テニスボールが入ってる。なんでわかったんだ?」

「なんでって…」

蒼はハッとした。

裕馬の抱える箱は、外から中身の見えない段ボールだ。ご丁寧に蓋をしてある。

そして、棚の一番下は、バスケットボールの籠に隠されてこちらから確認出来ない。

しかも暗闇だ。自分はどうやってテニスボールを見たのだった?

黙りこむ蒼に裕馬が何かを言い掛けた時、女子が二人体育倉庫を覗いた。

裕馬はパアッと笑顔になった。

「あ、ボール?オレが運ぶよ、どこに持ってく?」

裕馬はそのまま蒼の横を抜けて足取り軽く出て行った。

残された蒼は、バスケットボールの籠を見た。暗闇も手伝って、ぼんやりとしか輪郭がつかめない。

この視力で、いったいオレはどうやって箱の中のテニスボールを見たんだ?

蒼の脳裏には、黄色い玉がひしめき合って箱に入っている映像が、はっきり残っていた。

「蒼~!もう始まるぞ!」

裕馬が呼ぶ。蒼は慌てて体育倉庫を飛び出し、そんなことは忘れてしまった。

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