迷ったら月に聞け
環
第1話わかるんだ
高瀬
蒼の高校は進学校でもないが、夏休みを過ぎると否応なく受験生であることを実感させられる。
今日もカバンの中には、昨日父母を巻き込んで仕上げた奨学金の申請用紙が入っている。
父の収入は決して少なくはないと母は言うが、五人兄弟姉妹の子供達を抱えきれるほどではないらしい。
そんなことは蒼にもよくわかっていたし、特に不満に思ったこともなかった。
しかし、回りの慌ただしさが最近は鼻について、それが家に居ても学校に居ても、絶えずまとわりついているようで、イライラして仕方がない。
父母や担任が言うように、進学の道は選んだが、行きたいのか行きたくないのか、自分でもわからなかった。
「蒼!」
校門をくぐると、後ろから同じクラスの山下裕馬が声を掛けて来た。細身で背は高い方だが、蒼の方がさらに高いので並ぶと小柄に見えてしまう。
「蒼、申請用紙書いて来た?オレわかんないとこあってさー」
「オレも。有[ゆう]と母さんに聞いて、やっと書けた」
「お前の姉さんも奨学金だったっけ?大家族は子供も大変だよな。」
ウンウンとわかったように頷く裕馬に返事をしようとした時、女子の声が割り込んだ。
「高瀬くん、おはよう~」
振り返ると、小柄で華奢な肩に、不似合いな大きなカバンを掛けた、
「おはよう」
蒼は形式的に答えて、裕馬を促して靴を履き替えると、振り向きもせず廊下へ向かう。
「山中、同じクラスになったことないよな?オレは小学校から一緒だけど、お前は高校まで知らなかったんじゃないのか?なんで話してるんだよ。」
小声で言う裕馬の声音には、なぜか咎めるような雰囲気がある。蒼はため息をついた。
「知らねえ。オレだって聞きたいよ。ここんとこ気がついたら居て、声掛けて来るんだよ。挨拶程度だけど。」
裕馬はニタッと笑った。
「それってさ…」
「違う」蒼は先回りしてきっぱり言った。「そんな感じじゃない。わかるだろ?あの感じは違う」
裕馬は怪訝そうに眉を寄せた。
「何がわかるんだ?」そして来た方向を振り返った。「まだこっち見てるぜ」
無視して先を急ぎながら、蒼は思った。
振り返らなくてもわかる。見てるのも、オレになんか聞きたいのも、それが恋愛絡みでないことも。
なんでわかるかなんかわからない。ただ、そうなんだから、そうなんだ。
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