Episode VI-4

 ――意識がだいぶ戻ってきた。激しい頭痛も丹田のお陰でなんとか持ち直してきた。

 キュアリスは目も当てられない姿に成り下がっていた。

 胸ははだけてしまい、スカートはボロボロ。パンツも丸見えだった。

 観覧席から声がした。

「審判」

 イズヴェランツェ分家の長身の男だった。手に長くて茶色のケープを掲げて続けて訴えた。

「見るに耐えん。このケープを女に着せて挙げたまえ。特殊繊維は使われていない」

 放られたケープを受け取った審判は、キュアリスの姿を見て考えた後頷いた。

「分かった、許可しよう。キュアリス、受け取り給え」

 キュアリスは投げられたそれを受け取ると肩に羽織った。これで胸くらいは隠せる。

 マルダードは舌打ちした。

「余計なことを」

 長身の男は無言のまま席に座った。

 キュアリスは踏み込んでカタナを真横に振った。ケープが乳房の弾みに耐えきれずにめくれてしまうが、気にしてられない。

 しかし、羞恥を押したこの一撃も難なくかわされ、逆にカウンターで一突きされる。ジュウジュツの体捌きで致命傷には至っていないがこれでは体力の消耗が激しいこちらが不利だ。

 先程から、マルダードはカウンターしかしてこない。かと言って、あの細いレイピアを見切って受け流すのさえ、この目では至難の業だった。

 あのセルクスとの訓練がなかったら、とっくに体中をズタズタに切り裂かれていただろう。

 突然暴風が吹き荒れた。

 全員がその風の方向を見ると、トゥルマが空から降りてきた。

 周りの隊員たちはそれに驚いていた。

「おい《トンボ》だぞ。誰が操縦しているんだ」

「うちにそんなバケモンいたか? あれ別の基地に搬入するために置いてあっただけだろ」

 そのトゥルマが決闘場の外側に着陸した。キャノピーを開けてセルクスは飛び降りた。ミニスカートが思いっきりめくれ、青のボーダーのレースのショーツが丸見えになるのだけは妙に鮮明に見えてしまった。

 それに少し赤くなりながらも、セルクスが観覧席を飛び越えてリングの端に立つのを眺めていた。

 するとセルクスは、手を挙げて言った。

「キュアリス、お嬢様からメガネを預かりました。受け取ってください」

「ケニーめ、失敗したのか。そいつは渡さんぞ」

 マルダードが遮るように動き、レイピアを連続突きしてくる。

 どんどんセルクスから離されてしまう。

 マルダードが大きく振りかぶった。

「この魔素を喰らえ!」

 キュアリスはこれまでの立ち合いで、マルダードの癖をようやく読めるようになった。だから腕と踏み込みの方向さえわかれば、たとえレイピアが見えなくても受けることが出来る。

 カタナの刀身でそれを滑らせ、鍔で受け止めてみせた。

 魔素をまとったレイピアの強度は見た目以上だ。少し手が痺れた。

「クッ」

 だが、マルダードはそれを読んでいたかのように、それに合わせたカウンターを仕掛けようとレイピアを素早く振り戻そうとした。

 キュアリスはその上を読んだ。

 カタナの鍔でレイピアを絡めとった。《鍔目ツバメ》と呼ばれる技だ。ここからカウンターを仕掛ける《鍔目返し》も出来たがその考えをすぐに捨て、手を離し相手の得物ごと落とす《鍔目落とし》を選んだ。

 というより、視界確保のために攻撃よりもメガネを選んだ。

 天照乃神威切あまてらすのかむいきりは見た目以上に重い。その不意打ちのような重さにマルダードの片手が耐えきれず、そのままレイピアを落としてしまった。

「セルクス!」その隙に彼女の方へ走り右手を掲げた。

「キュアリス!」

 ぼんやりとだが、放られたメガネを見つめ、それをキャッチし素早く装着した。

 はめた感触に覚えがあった。

「これ、高くて買えなかった魔素式ゴーグルじゃない⁉」

「キュアリス」遅れて到着したセリカーディが手を振って叫んだ「それはプレゼントよ。あの愚兄に勝ちなさい」

「セリカーディ! おまえ、余計なことを」マルダードが憤慨した。

「それはこっちの台詞よ。命まで狙ってくるなんて、あんたなんか、もう兄とは思わないわ」

 キュアリスはそれを聞いてマルダードを睨みつけた。

「マルダード様、それは本当ですか」

「あいつは昔から邪魔ばかりしやがった、本当は生かしたままケニーに渡す手はずだったが気が変わったんだよ。お前は、そうだな娼婦にでもして、雌牛のように孕み続ければいいさ。そしてあの人形は一生俺のモノを加え続けるんだ。あははは!」

「……マルダード、大切なお嬢様に手をかけたこと、そしてセルクスのことなんて慰み者にしか思っていないことも分かった」

 もう、怒りしかこみ上げてこなかった。

「なんだ、その口の利き方は」

「私はあんたに、これ以上従うことは出来ない!」

 ぼやけていた視界が徐々に鮮明になり、はっきりと見えるようになった。魔素式ゴーグルの自動視力矯正が完了したのだ。

 丸腰となったキュアリスはジュウジュツの構えを見せた。甲を返した左手を前に、右手を腰に、そして下半身を深く沈めた。

 マルダードは完全に怒髪天の形相を見せて吐き捨てた。

「このクズが!」

「クズはお前だ! マルダード」

 レイピアの連続突きが迫る。だが、それを全て半身で見切った。

 マルダードは舌打ちし、斜め上から斬りつけてきた。

 それを一歩踏み込んで手首を右手で受け止め、甲を返していた左手でマルダードの顔を撫でた。

 そのままマルダードは崩れ落ち、地面に叩きつけられた。右腕でレイピアを持っている腕を捻り上げてそれを落とさせると、素早く脇腹へ拳を叩きつけた。

「うぐっ……」

 マルダードはその衝撃にたまらず呻き声を上げた。本気で打ち込めば、と一瞬考えがよぎったけれど、それは誰も望まないことだ。

 審判が赤旗を掲げて勝利宣言をした。

「それまで! キュアリス・ルーズェンツアの勝利とする」

 それを聞いたセルクスが飛びついた。

「キュアリス、ありがとう!」

 受け止める体力が残っておらず、そのまま押し倒される格好になってしまった。

 セルクスは頬をすり寄せてくる。涙も流していた。

 キュアリスは笑顔で頭を撫でてあげた。

「よくやったわ、キュアリス。遅れてごめんなさい」

「お嬢様。そんなことよりもご無事でなによりです」

 セリカーディはキュアリスをねぎらった後、マルダードを見下ろして言い放った。

「マルダード、あなたは今から直ちに貴族の地位と財産を剥奪。そして、前の母のもとで一緒に暮らしてもらいます」

「セリカーディ、おまえ」

「気安く私の名前を呼ぶな! もうお前は私の兄ではない。イズヴェランツェお嬢様と呼びなさい」

「こうなったら、ここにいるお前ら全員、皆殺しだ」

 マルダードが立ち上がると、リングコーナーとして立っているトゥルマ向かって走っていった。

 するとそのトゥルマが動き出し、マルダードをコクピットに迎え入れた。

 審判をしていた少尉が言った。

「どういうことだ、ここの全ての機体はロックをかけてあったはずだ」

 セリカーディはトゥルマを睨んで言った。

「ケニーね。共謀していたあの男が細工したんだわ」

「不味い。ここの他のトゥルマは動かせん。全員退避しろ。動かせるトゥルマがあればすぐに起動するんだ」

 分家の二人は騒動の中静かに立ち上がると言った。

「文字通り、奈落の底まで落ちたか。マルダード」

「兄さん、行きましょう。ここにはもう用はありません」

 二人は軽めに走り出すと、そのまま様子を見ることもなく基地を去ってしまった。

 隊員が少尉に報告した。

「ロック解除に時間がかかります」

「はやく解除しろ」

 マルダードの操るトゥルマが、動かない鉄の塊であるトゥルマを蹴り飛ばした。逃げ遅れた観覧者たちが巻き添えを食い下敷きになってしまった。軍は銃火器の準備に奔走していた。

 キュアリスはこの状況が飲み込めず、接近するトゥルマに呆然としてしまった。

 トゥルマの足がキュアリスの頭上に降ろさた。

『キュアリス、危ない』

 セルクスが足を受け止めた。イクイップフォームになっているが、耐えきれず体勢が崩れていく。

「セルクス……。わ、私」

『キュアリス、あなただけでも逃げて。私は貴女を失うくらいなら死んだほうがいい』

「駄目よ。そんなこと言っちゃ。私、決闘でずっと考えてた。そして決めたの」

『キュアリス……』

「私、貴女のマスターになる。貴女を心から愛しているわ!」

『嬉しい……。その言葉が聞けただけで十分』

「駄目よ、諦めないで! なんとか助けるから」

『そうじゃないわ』

「え?」

『私のトゥルマを呼び出すにはそれで十分、と言ったの。おいで! 《ダス・ラスタ・メイシャ》』

 するとセルクスの足元の影が大きくなり、何かが上に向かって伸びていった。それがトゥルマの足を軽々と押しのけた。

 それは腕となった。影はさらに広がり、一本の柱がそそり立ちその根本から頭部が現れた。目のような部分が緑色に光ると、みるみるうちに身体が整形されていき、セルクスを肩に乗せたまま押し上げ、脚を振り上げ地面を踏みしめた。

 真っ黒で巨大な一本角のトゥルマが現れたのだ。西洋甲冑のような流線型の姿は角ばったこの基地のトゥルマとは一線をかすものだった。所々に赤いライン模様があり、それは規則正しく淡い光を点滅発光させていた。

 マルダードが乗ったトゥルマから動揺の声が聞こえてきた。

「何なんだ、そのトゥルマは! こんなもの見たことも聞いたこともないぞ」

「勉強不足じゃの、あの敗北者は」

 白髪の博士が困った顔の隊員たちを引き連れてやってきた。

 博士は構わず続けた。

「あれはな、創世戦争を終わらさたとされる最強のトゥルマ《ダス・ラスタ・メイシャ》だよ。ここに配備されているトゥルマが全部束になってかかっても太刀打ちできん」

「博士、軍事機密ですよ」

「馬鹿もん、これくらい図書館でちょっと調べばすぐ出てくるわい」

 それを聞いたキュアリスは《ダス・ラスタ・メイシャ》の巨大さに一歩二歩後ずさってしまった。

「おっきい……」

 キュアリスは唖然とそれを下から上に向かって見上げた。赤い線が本で読んだ魔法円のような模様にも見える。

 頭を見ると、向かって左肩に立っていたセルクスが叫んでいた。

『キュアリス、まだ動ける?』

「ええ、呼吸は整えたから」

 キュアリスも大声で答えた。

『キュアリス、乗って』

「でも、私。トゥルマになんて乗ったこと無い」

『私がサポートするから大丈夫。それに貴女にしかこのトゥルマは操れないの』

「分かった。やってみる」

『その前に、カタナも持ってきて』

「う、うん」

 それを拾うと、トゥルマの手の平に乗った。

 セルクスがそれを確認すると、トゥルマの顔が顎から開かれ、更に両開きに展開した中に入った。

 それが閉まると同時に胸の甲冑が展開する。チェスト部分がスライドするようにせり上がり、両開きに開かれ、更にもう一つのキャノピーが上から開きそれが足台になった。

 導かれるままに乗ると、そこは真っ暗な空間であるはずなのに視界ははっきりとしている不思議な場所だった。キャノピーの開いた方向に向き直るとそれが閉じられた。

 黒い縄が上下左右から蔦のように全身を縛り付けてきた。

「きゃっ、なにこれ」

『それは、貴女とトゥルマを繋ぐものです。すぐに見えなくなります』

 頭のなかに直接セルクスの声が響いてきた。

 そして彼女の言うとおり、縄は見えなくなった。不思議と身体が軽い。

『キュアリス、あなたのカタナを目の前にある鞘に入れてください』

「こ、これ?」

『これで、このトゥルマにカタナが装備されました。抜刀してください』

「動かし方が分からないわ」

『身体を動かすように動いてください』

「うん」

 すると視界が大きく開け、自分の身体がこのトゥルマのように変わった。

「これって」

『私のトゥルマには操縦桿がないんです。あなたの普段通りの動きをそのまま反映します』

「なんだがわからないけれど、これでマルダードを止めてみせる」

 キュアリスは腰のカタナを抜いた。

 巨大な白く輝くカタナだ。

「これ、まるで天照乃神威切あまてらすのかむいきりそのものじゃないの。それにまるで自分の身体みたいに動いてるわ」

 カタナを返しながら感心して眺めていると、マルダードのトゥルマが接近してきた。両手には専用マシンガンが装備されていた。

「はははっ。ここの演習場で最強の火力だ。もちろん実弾入りだ! 喰らえ」

 容赦なく引かれたトリガーは、《ダス・ラスタ・メイシャ》に弾丸の雨を浴びせた。ろくに狙いも付けずに撃ったので、周りに倒れているトゥルマにも被弾し、数弾のヒットで爆発していった。

「このままじゃ」

 キュアリスが腕を交差させてガードしていると、セルクスが淡々と言った。

『大丈夫。《ダス・ラスタ・メイシャ》はそんなにヤワじゃない。防御姿勢なんて取らずに、そのまま突進して!』

「う、でも……」

 キュアリスは流石に躊躇してしまう。初めてのトゥルマ体験で性能を信じろと言われても無理がある。

 じっと防御していると、射撃が止んだ。

「あれ?」

 防御を解いて相手トゥルマを見ると、トリガーを何度もカラ引きしていた。

「ち、弾切れか。何なんだ、あのトゥルマは。傷一つ付いてないぞ。くそ、ここはろくな武器がないじゃないか」

 マルダードのトゥルマは背を向けると逃走を始めた。

「あんなバケモノに付き合ってられるか!」

『マスター! 逃がさないで。私の誇りを、……貴女を汚したあいつを許せない』

「セルクス……。分かった!」

 誇り、という言葉を聴いたキュアリスは戦いの決意を固めた。《ダス・ラスタ・メイシャ》はそれに呼応するように走り出した。

 踏み込むたびに振動が自分に伝わってくる。自分が巨大化したようで不思議な気分だが、それを楽しんでいる余裕はない。

 あっという間に数メートルの位置まで追いついた。

「あ、あれ……。息が……」

『マスター、魔素に気をつけて。いつもの倍は体力を使うから。仮契約なのもあって、バランサー制御くらいしかサポートできないの』

「大丈夫。さっきので魔素のコントロールは覚えたから。逃がさないわ」

 止まらず走りながらカタナを上段横に構えた。

天神戌亥流あまかみいぬいりゅう・必殺の型の一つ、《神貫かんぬき》!」

 必殺の型。それは文字通り、放てば相手を必ず殺めてしまう技だ。だから決闘の時は使えなかったし、なにより目がよく見えていなかった。しかし今は違う。相手はトゥルマだ。そして何より、マルダードだけは許しておけない。

 トゥルマの中枢であるヘッドを狙って横一閃に斬った。

 様に見えたが、マルダードのトゥルマはまだ逃走していた。

 キュアリスは追いかけようともせず立ち止まって、背を見せ振り返った。

『マスター⁉ なぜ逃がすの』

「いいえ。私は逃したつもりはない。もう終わったからよ」

 《ダス・ラスタ・メイシャ》が鞘をせり出して、納刀した。

 その刹那、マルダードのトゥルマの首がちょん切れ、基地に転がり落ちた。その瞬間、コクピットはベイルアウトしパラシュートでマルダードはその様子を見ていた。

 バランス制御も失った機体は緊急停止し、こけるように倒れてしまった。

 マルダードが恐怖の顔で黒いトゥルマを見た。降りた瞬間に逃げようとすると、軍の隊員達に取り囲まれていた。

「ひっ。た、助けてくれー」

 セリカーディがその中に入り、情けなく股を濡らしているマルダードを見下げた。

 怯える元兄の上着を全てひん剥くと、背中に小さな簡易魔素コンバーターを見つけた。

「やっぱり。あそこまで巧みに魔素を操れるなんて、おかしいと思ったのよ。さあ、軍のみなさん。先程お伝えした場所に、卑怯者のこいつを護送してくださいませ」

 隊員は銃口を突きつけながらマルダードを拘束すると、基地の護送車両に蹴り飛ばした。

 キュアリスはそれらを《ダス・ラスタ・メイシャ》の中で眺めていた。

「セルクス、終わったね」

『はい。私は貴女のものになれて、心から幸せよ』

「今夜、あなたの部屋に行くわ」

『ええ! 待ってる』

 キュアリスの唇に、見えないキスの感覚がした気がした。それをそっと受け止めた。

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