Episode VI-2
――セリカーディは焦っていた。
あれから一時間もの間、ずっとメガネ屋の前で立ち往生しているのだ。
「決闘まで、もう後一時間切ったわ。これだけ探しても航空機関が見つからないなんて。全部兄様がやったっていうの? ……お父様でも無理よ」
「お嬢様、落ち着いてください」
「分かってる。いいアイデアだと思ったのに」
全部兄様の掌の上で踊らされているの? という言葉を飲み込んだ。
大切なキュアリスにあんなことをした男の口から、負けの報告を黙って聞けというのか。セルクスをむざむざ変態に渡せというのか。でも、移動手段が全くない。
マリアが考えを言った。
「もしかすると、他に協力者がいるのかもしれません」
「そりゃ、イズヴェランツェの財力や人脈を持ってすればあんな兄様でも」
「そうではございません。ここまで大規模な、交通機関まで麻痺させる事は金銭だけでは不可能です。超法規的な何かの力が働いていないと」
「超法規的……軍? まさか。損得勘定で動いたらそれこそ重罪よ」
「そうとしか考えられません。そして、マルダード様と通じている者……」
マリアとセリカーディは空を見上げて考えた。
ただ、雲が流れ、運搬ヘリが通っているだけだった。
「運搬ヘリ⁉ しまった、私なんで見落としてたんだろ」
「お嬢様、いくらなんでも人を乗せてはくれませんよ」
「探すのよ。見たでしょ、運搬ヘリは今も通っているの。その他の民間航空機は、一時間前に飛んでいたの最後に、全く見なかったのによ」
「リズィ」
「はい。聴いてましたよ。お待ち下さい」
運転席に備え付けられた検索機能で探すと、フロントガラスに運搬輸送会社がずらりと並んだ。ここから一番近い会社がリストアップされた。
「出ました」
「見せて。……多いわね。それにあの兄様のことだから、イズヴェランツェ系列の運搬会社も抑えられているかもしれない。それは除外して」
「かしこまりました」
リストがかなり絞られた。
―アリア・カンパニー
―フェイト・ハブ
―ミルカディア・運送会社
―ナノハ・キャピタル
―オット・運送会社
「ミルカディア……どっかで聴いたことがあるファミリーネーム。そうよ、レイカよ。レイカ・ミルカディア!」
急いで電話を掛けると、レイカが応答した。
『もしもし。せ……セディさん。どうされまして?』
「頼みたいことがあるの。レイカしかいないの!」
『な、何を急に』
事情を説明するとこう答えた。
『なるほど。確かにうちは運送会社を経営しています。よくわかりましたわね』
「そんなことより、頼めるのどうなの?」
『お待ち下さい。既にお父様にメールを送りましたから』
「ありがとう」
『ええ。だって、し、親友……でしょ』
「うんっ。レイカ、大好き」
『なっ、急にもう、何を言っていますの。それにまだお届けできるとは……お父様からメールですわ。……ちょうど軍演習場に向かう便があるのでそこにならと』
「マリア、あったわよ」
「はい。良かったです」
「レイカ、待ち合わせましょ」
『え、私も行くのですか? 家の事に他人の私が』
「いいの。特別よ」
待ち合わせの公園で待っていると、ミルカディアのロゴが描かれた垂直離陸ヘリがやってきた。
「早く行きましょう」
レイカが促すと、扉が開いた。
「よう、レイカ」
「お、お父様。どうして⁉」
「お前の初めての親友が困っていると聞いたら、私も居ても立ってもいられんよ。担当のトゥルマレディは後ろの荷物番にしたよ」
「ちょっと、お父様。黙っててくださいませ!」
レイカは顔を真っ赤にして父の話を遮った。
そんなレイカをからかうこと無く、セリカーディは握手を求めてきた。
「セリカーディ・イズヴェランツェですわ。親友のお父様に出会えて光栄ですわ」
「マッセ・G・ミスカディアです、この会社の社長をしてます。私もですよ。レイカも毎日のようにお嬢様のことを話してましてね」
「ですから! 余計なことは」
「レイカ、そうなの。ありがとう」
レイカの顔からとうとう湯気が出てしまった。
彼女の父は、ヘリに入るように促した。
「さあ、乗ってください。今からなら間に合います」
するとレイカはセリカーディに言った。
「あ、あなたは、お父様の隣でいいわ」
「でも、あなたはどうするの。座席は無いんでしょ」
「一応、従業員用の簡易座席くらいありますわ。せ……こほん……セディに慣れていない椅子に座らせるわけには行きません」
「レイカ、でも」
「お嬢様、レイカの気持ち。貰っておいてください。大丈夫ですから」
「じゃあ、お言葉に甘えるわ」
搭乗者の準備を確認したパイロットのマッセは、ヘリを浮上させた。
景色が猛スピードで流れていく。
騒音はほとんどしないので、通信機を付けていなくても会話が出来た。
「セディ、聞いていいかしら」
レイカが後ろの荷物置きから聞いてきた。
「なに?」
「どうして決闘場があなたの庭じゃなくて軍の演習場なの? ものすごく遠い場所にあるのに」
「軍がセルクスを連れ去ろうとしたことがあってね。それで目の届くところで戦わせたいと思ったとか」
「そうかしら。私なら、自分の庭でやるわよ。だって、『決闘』って聞こえはいいけど、家の事情を
「家の兄が頭おかしいからよ」
「あなたも陰口言うのね」
「言う気にもなるわよ。もうね、あいつは……」
「お嬢様、それ以上は」
マリアが
「ごめんなさい。貴族として恥ずかしい言動だったわね」
レイカは、気にしないと言葉をかけた。
「セディ。いいのよ、わたし……あなたの愚痴聞き役になっても良くってよ」
「レイカ? 何言ってるの。……でも、ありがとう。そんなあなたが好きよ」
「ま、また! もう心配してあげましたのに」
マッセが豪快に笑った。
「わっははは。流石のレイカも肩なしだな……ん? なんだ」
計器が警告音とともに赤く光っていた。
マッセがすぐさまスイッチを探す。
「ええと、どこだっけ」
「どうされたのですか」
「ミサイルにロックオンされました。今、フレアを……あった」
フレアを出せば、ロックオンレーザーから回避できる。
計器の警告音が消え、緑色になった。
「ふう。古いけど軍用ヘリを降ろした機体で助かった」
「まだですわ。敵が本当にこのヘリを狙っているなら……」
金属の連打音が鳴り響いた。
慌てて機体を傾け旋回した。
セリカーディは言った。
「やっぱり。バックモニタはありませんか」
「このモニターです……これは軍用ヘリ、しかも最新型。撃ってきたのはどうやらバルカン砲です」
「応戦しないと」
「無理です。武器は積んでいません」
突然、マリアが大声を出した。
「思い出しました、セリカーディお嬢様!」
「なによ。今それどころじゃ」
「ケニーです。マルダード様の専属執事だったケニーですよ。あの男、元々軍にいたんです」
「じゃあ、今起こってるのも?」
「おそらく、ケニーが協力したんだと思います」
「それがわかったからって、今落とされたらおしまいよ」
「軍演習場にケニーがいれば……」
「あの、マリアさん」
「なんでしょうか、レイカ様」
「ケニーさんでしたら、この荷物の受取人ですわ」
「「⁉」」
セリカーディとマリアは驚いた。
「お兄様、念のため、この航空機を爆撃するようにケニーに手を回しましたわね」
「ケニーが全てマルダード様に入れ知恵をしたのでしょう」
「もうどっちだっていいわよ。レイカのお父様、今の時間は?」
「申し訳ありません、十三時を過ぎていました」
「間に合わなかった……。そうだ、セルクス」
セリカーディはセルクスに電話をかけた。
『もしもし、お嬢様ですか』
「ええ。セルクス、今どうなの」
『それが、かなり追い詰められています。服もボロボロ、魔素の剣撃をまともに受けてフラフラです』
「あの変態! とにかく、そこにケニーがいないか探して。空輸担当のケニーよ。きゃあ⁉」
ヘリが直撃を受けた。なんとか機体を維持している。
『お嬢様? 大丈夫ですか』
「今、軍のヘリから攻撃を受けているの。絶対にメガネ届けるからそれまで持ちこたえるように伝えて」
セリカーディの焦りと恐怖が募るばかりだった。
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