Episode V-6
渋滞で前に進まない。
キュアリスは何があったのかタクシー運転手に聞いてみた。
「ちょっとまってね。マップ開くから」
茶色い顎髭を蓄えた運転手が料金メーターのあたりを操作すると、フロントガラスにマップが展開され、交通情報が表示された。手で上から下へジェスチャーをして、先の方の状況を確認する。
ツルハシが交差するマークが点灯していた。
「ありゃりゃ。工事中みたいだね。でもおっかしいな、そんな予告一週間前に通ったときはなかったのに」
「どこかに抜け道は無いんですか」
「ええと、軍事基地演習所ルート表示してくれ。マリー」
『かしこまりました。しばらくお待ちください』
マリーと呼ばれた女性音声のナビはルートを検索する。
『見つかりました。ですが、軍用車専用道路のみです。他は全て同じ状況です』
と、広域マップで表示してくれた。
「参ったなこりゃ。なんとか送ってやりたいけど、もう車に挟まれちゃってて身動きとれないよ」
「そんな。あと三十分もないのに」
「降りましょう、キュアリス」
「でも。走っても間に合わないわ」
「私がおぶって跳びます」
「待って。いくらあなたでも、この距離を行くなんて無茶よ。……そうだ、二輪車は手配できますか」
「ウチでもやってるよ。けど、それだと流石にタダで手配は出来ないよ。いいの?」
「はい。ここまで送っていただいただけでも助かりました」
「はいよ」
料金パネルの隣の無線機を押した。
「こちら007号車、007号車。本部どうぞ」
『はい。007号車、どうしましたか』
「電話でお客さんから要望あってね。オートバイ手配できる?」
『はい。確認します。……空車ありますよ』
それを聞いたキュアリスとセルクスは、ほっと胸をなでおろした。
「オートで、007号車まで持ってきて」
『はい了解』
通信を切ると二人にいった。
「十分後には来ると思うから。指紋認証かサインしてくれれば、後払いになるんでよろしくね」
「分かりました」
すると、バックミラーに誰も乗っていないオートパイロットシステムバイク――オートバイ――が走ってきた。
タクシー運転手は驚く。
「ありゃ、早いな。どうやら、客を降ろしたてのが近くにあったようだね」
「じゃあ降ります」
「気をつけてな。ヘルメットは座席にあると思うから」
キュアリスは渋滞の車の動きに気をつけながら手を上げた。
すると黒いオートバイはそれを認識して近づいて止まった。座席に広げられたパネルが丸まり、ニつのヘルメットになった。
「キュアリス、私は必要ないわ」
「いいから、とりあえず被ってて」
「あ、私が前に座ります。あなたはメガネが無くて見えにくいでしょうから」
「お願い」
ヘルメットをかぶり、オートバイにまたがると、料金請求先を求める文字が浮かび上がった。キュアリスがセルクスのウエスト越しに手を乗せると、エンジンが再びかかった。
ヘルメットからナビの声が聞こえてくる。先ほどと同じ音声だ。
『キュアリス・ルーズェンツア様を確認しました。料金は後ほど請求させて頂きます』
キュアリスはセルクスの細いウエストに腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
『どちらへ行かれますか、お客様』
「この先の、軍演習基地まで」セルクスが言った。
『そこまでの舗装ルートは全て工事中です。悪路でよろしければすぐにご案内可能ですが、よろしいですか』
「お願い」
『承りました』
オートバイが発進した。
渋滞の網の目をかいくぐると、すぐに道を外れ、山道を突き進む。道が凸凹しており、まだ開発されていない土地があった。
オートバイが弾むと一緒にセルクスの双丘がぽよんと弾け、キュアリスのミニスカートとカタナが大きくなびく。風圧でメイド服のミニスカートはずっと捲れっぱなしだが、気にしてられない。
十五分ほどすると、舗装された道に出た。
『ここからは通常コースを走行します。悪路お疲れ様でした』
「もう、頭がクラクラよ」
「キュアリス、平気ですか」ヘルメット間の通信で聞いてきた。
「うん。すぐに慣れるから」
『目的地の到着予想時刻は、十三時五分頃です』
「間に合わない……。キュアリス、もう少し我慢してて」
「え。何する気なの」
「コードナンバーXXX(ドライスィヒ)、超法規アクセス認証開始」
『検索……。認証承認しました。これよりオートパイロットからマニュアルモードに移行します』
「通ったわ」
セルクスはヘルメットに浮かび上がったカウントダウンに合わせ、グリップのアクセルとクラッチを確認し左足のギアを確かめる。
キュアリスは一体何をしているのか分からないまま、セルクスの背中に捕まっていた。
『マニュアルモード』
ナビの声と同時に右手を捻らせると、オートバイが急激に加速した。
「セルクス、何が起きてるの?」
「キュアリス、目をつむっていたほうが怖くないですよ。これから私が運転します」
「え、嘘でしょ。自動運転契約のオートバイにそんな機能は……きゃあ⁉」
セルクスの左足がギアをどんどん上げていき、最高スピードに到達。その瞬間、なだらかなカーブに差し掛かった。身体を内径へ倒しそのままのスピードで曲がりきった。
「その調子。私の動きに身を預けてて」
「それしか無いでしょ! ぎゅううう」
口で擬音を言いながらセルクスに必死に掴まるキュアリス。もう目は開けていない。
スピードメーターは既に150kmを超えていた。
『こちら本部。ナンバー100。スピード超過。抑えなさい』
ヘルメットから通信が入った。ナビではない女の声だが淡々としている、このオートバイの所有会社らしい。
「こちらそれに乗っているトゥルマレディです。ごめんなさい、しばらく私が運転します」
『私と同じトゥルマレディがオートパイロットを解除……。報告しました』
『もしもし』男の声に変わった『あんた、軍人のトゥルマレディなの? でなきゃ無理だよね』
「料金は請求通りお支払しますから」
『そんなこと言っても、超法規モードに入ると料金取れないんだよ。後ろに乗ってるのイズヴェランツェ家の人だよね。だったら文句言えないよ。そのかわり正規分はしっかりいただくからね』
「ご協力、感謝します」
急カーブに差し掛かった。ギアを最大まで下げ、制動を計算し、身体を内径に倒す。前に投げ出されそうになり、キュアリスの腰が僅かに浮いた。それでもなんとか耐えて、無事にカーブを曲がりきった。そのままアクセルを全開させる。
ナビのマップをヘルメットのバイザーに出して確認した。
「絶対に間に合わせてみせる!」
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