Episode V-3
――数時間前の夕食。
マリアは給仕の一人としてこの晩餐に参加していた。
いつも忙しく駆け回っている屋敷の当主であり、彼らの父、マルクルド・R・イズヴェランツェ五世が食卓についていた。とっくに四十を超えた年齢ではあるが、その姿はいつも若々しく、まだまだ二十歳後半と言っても通じる肌ツヤをしていた。
できるだけ夕食は家族と過ごすことを日課にしていた彼だが、分家にはほとんど顔を出していない。いつも話題にも登らないが今回は違った。
「お父様、今日もすぐにお仕事ですか」
セリカーディが聞くと、マルクルドは「ああ」と返した。
返事はそれだけかと思った時、マルクルドが続けた。
「明日は、お前のメイドの決闘の日だったな。マルダード」
「はい」
マルダードは自信あり気に答えた。
それを流し目に見ただけのマルクルドは、娘にも聞いた。
「セディも観戦に行くと聞いたが、そうなのか」
「はい、お父様」
「そうか。分家の連中も顔を出すので、挨拶をしておいてくれ」
「まあ、あちらのお二人がいらっしゃるのですか」
「そうだ。セディには急な報せで済まないな」
マルダードを見ながら話す父に対して、特に意を解すこともなくセリカーディは答えた。
「いいえ、お気遣いなく。こうして言って戴けたのですから、十分ですわ」
魚料理を箸で食べ終えたセリカーディは、食後の晩酌を申し出た。
マルクルドはそのサプライズに、呆れながら嬉しそうに笑った。
「ははは。これは何か欲しいものでもあるのかな、セディ」
アルコール度数の低い、しかし一級品のワインを注ぎ終わったときに微笑んでいった。
「お父様はなんでもお見通しですのね」
「言ってみなさい」
「決闘の褒賞、私にくださいませんか」
「ほお。たしかに、あのメイドはお前のものだ。お前には資格がある。では、何が望みかな」
「これですわ」
メイドに預けていた本を取りに行き、そのページを開けて父に見せた。
「……ほほほっ。なんとも面白いことを思いつく娘だ。たしかに、その小説の通りにすればお前も安心だな」
「いいえ。これを贈りたいのはキュアリスにではありません」
「まさか……」
「はい。お察しのとおりですわ」
ワインを一気に呷ると、マルクルドは大きく高笑いした。
「前言撤回だ。おまえは、私の予想できないことを思いついてくる。なんと素敵な娘だ」
マルクルドがセリカーディの頭を優しく撫でた。
「ということは、よろしいのですか」
「ああ。構わん。前例が無いわけでもないからな。私はてっきり財産の件かとおもったが、それはいいのか」
「その時は別の機会にまたお話しましょう。相続なんてまだまだ遠い未来のはなしですから」
「そうかそうか。あははは。今夜の酒は格別だ」
一方のマルダードは、面白くなさそうに妹へ質問した。
「一体何をお願いしたんだ」
「内緒ですわ」
「な⁉」
「そのような仕来りはありません。お兄様がお願いした褒賞を教えてくださるなら別ですが」
「ちっ。相変わらず可愛くない妹だ」
「それは良かった。身の毛がよだたなくて助かりました」
マルクルドが手を叩いて止めた。
「もう止さないか。おい、そこ。ジョンを呼んでくれ。会社に戻る」
マリアに言いつけると席を立った。すぐにメイドたちが数名付き、持ち場についた。
「まあ、残念ですわ。お父様」
「ああ。明日の晩は、決闘の結果を聞かせておくれ」
「はい」
セリカーディは見送りに玄関まで行った。いつも通りマルダードの姿はなかった。
マルクルドが来ると、ハグをしてからお互いの両頬にキスを交わした。
手を振った後、辺りを探した。
マリアを見つるとこう言った。
「セルクスだけ、私の部屋に呼んで」
「かしこまりました。キュアリスが付き添うと言った場合は止めればよろしいのですね」
「そうよ。お願いね」
「はい、お嬢様」
呼び出されたセルクスは、セリカーディの部屋で晩餐のときに父に話したことを伝えた。
「……承りました。ですが、キュアリスにも伝えるべきでは」
「ダメよ。応援する側の方が熱くならないと、ドラマチックにならないじゃない」
「ドラマチック、ですか」
「どうしたの。なんか乗り気じゃないのね」
「身に余る褒賞です。でも、キュアリスがなんと思うか。まだ、マスターの承諾すら貰ってません」
「大丈夫よ。そのために私が用意したのよ。いい、明日どんなことになっても発表まで秘密よ」
「ですが」
「キュアリスの本当の気持、知りたいんでしょ」
「……お嬢様には敵いませんね。千年以上生きている私より賢いです」
「色恋沙汰なら任せなさい。なんたって、恋愛小説いっぱい読んでるんだから」
「はい。頼りにしています」
セルクスは朗らかな笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます