Episode IV-4
全ての試験が終わった午後。
用事があると二人に伝えたセリカーディはシャワーを終えて、高等部の中庭のベンチに座っていた。これから起こることを考えると、かなり気だるくなる。
「あ、イズヴェランツェさん。待った?」
その原因が向こうからやってくると、愛想笑いもせずに会釈だけ返した。
それを見た高等部男子は、調子が外れたように頭をかいた。やせ細っており、頬もコケていた。髪はボサボサだ。笑い方もキモい。
「あれ? なんで怒ってるの」
「怒ってませんが。さあ先輩、約束を済ませましょう」
「済ませましょうって、これデートだよね。そんな片付けるみたいな感じで言われるとな」
「どこに連れて行くんですか」
「街、かな」
「制服のままで、ですか」
「駄目かな」
「分かりました」
こんなダサい格好で街に繰り出すなんて本当は嫌だが、頼んだ手前断れなかった。
男子の送迎車に一緒に乗り込む。
会話の無いまま、街角で降りた。
離れて後ろを歩いていると、男子は振り返った。
「あのさ、君が頼んだんだよね。だったらもう少しらしくしろよ」
「どうすればいいんですか」
「ど、どうすればって。手を握るとかさ」
「は? なんでそんなことまで」
「だったら貸したもの返してもらうよ」
「……わ、分かりました」
「あらぁ! セリカーディさんじゃありませんの」
レイカがいつもの高笑いとともに突然やってきた。黄色のワンピースドレスに金髪縦ロールは、とても眩しく映る。
「レイカさん?」
「もしかして、デートかしら」
「え、ええ。そうよ」
視線をそらし、左腕を掴み肩を縮こませている彼女を見たレイカは大笑いした。
「おーほほほ。あなたも恥ずかしがることがあるんですのね」
「ええ。さあ、行きましょう先輩」
レイカは急いで行くセリカーディたちに「ごゆっくり」と手を振った。
あまり見つかりたくない相手ではあったが、吹聴するような人じゃないと信じるしかなかった。
セリカーディは仕方なく手を繋いだ。その手が汗でジットリしていてかなり気持ち悪かった。感触も骨ぼったくて、まるで腐った枯れ木を握っている気分だ。
暫く歩くと、カフェを見つけた。
とにかく手を離したかったセリカーディは、入るように誘った。
テーブルで待っててと言われ、テラスに座った。ようやく手が開放された。ギタギタに濡れた手を拭き取り待っていると、男子が向かいの席に着いた。
「すぐに来るそうだから」
「はい」
ウェイトレスが持ってきたジュースは、カップルストロー付きだった。
――これを飲めって言うの?
「どうしたの。イズヴェランツェさん、さあ一緒に」
「あ、……う」
「武器、貸したよね」
「……分かりました」
二人の口が両端のストローに同時につこうとしたその時、男子に強烈なビンタが一撃はられた。
「え、キュアリス? それに、マユミもシュリもレイカさんまで⁉」
「お嬢様、大丈夫ですか」
「大丈夫って、一体これは何事なの」
「ご友人が、教えてくれたんです。屋敷の周りの掃除をしていたときに『セディが大変なことになってる』って」
「マユミ、シュリ?」
呼ばれた二人は身を乗り出して同時に言った。
「だって。レイカが、『無理矢理デートさせられて大変だから、助けてあげて』って」
「レイカさんが⁉」
「ち、違いますわよ。私は、ただあなたが元気なかったからおかしいと……」
マユミが続けた。
「それでね。私達じゃ高等部の先輩に何も言えないからってあなたのお屋敷に走っていったら、ちょうどキュアリスさんがいて」
「それで来たってわけね。本当にお節介なんだから、みんな」
「お節介なのは、お嬢様の方です」
「え。キュアリス」
「お嬢様が嫌な思いをなさってまで、私に協力してもらう必要はないんですよ。私はあなたのメイドなんですから」
「イタタタ、さっきから黙ってれば好き勝手言いやがって」
男子が起き上がってきた。左頬が赤紅葉のように腫れあがっていた。
「もうこうなったら全てナシだ。武器を返せ。今すぐじゃなければ、ここで俺とキスしろ」
「な、なんですって!」
「うるさいっ。さあ、出せるものなら出してみろ」
キュアリスも困ってしまったようだ。ここに来て様子を見るまで、武器を借りるためだなんて聞いてなかったからだ。
つまり今ここにレイピアはない。
「さあ! ――痛? 俺の……レイピア⁉ なんで」
顔に投げつけられた物を拾うと、間違いなく男子の所有物だった。
「確かにお返ししました」
聞き覚えのある声の方向を振り向くと、セルクスが立っていた。
百合の花が歩いてくるような錯覚を覚えるほど美しい彼女は、芍薬の花がもたげるように見下ろし男子を蔑んだ。
一番驚いたのは、セリカーディだ。
「あなたまで来たの。でもどうして、このことが分かったの」
「ただの簡単な予想です。それがたまたま当たっただけです。この耳でご友人たちの訴えは聞こえてましたから。念のため持ってきたのですが、お役に立てたようですね」
男子は青筋を立ててキレた。
「あんたが、例の人形かよ。くそっ、聞いてないぞ! こうなったら力づくだ」
レイピアを抜き、セリカーディに剣を向けた。一歩でも踏み込めば刺さってしまう間合いだ。
「お嬢様!」
キュアリスが近づこうとすると、更に間合いを詰め寄った。
「動くな。動けばこいつの可愛い顔がどうなっても知らんぞ」
セルクスが死角へ回ろうとした。
が、椅子に靴が当たってしまいバレてしまった。
「おい人形! 動くなっていっただろうが」
「靴がなれなくて、すみません。お嬢様」
その刹那。
「お嬢様から離れなさい!」
男子の背中がえびぞりになって吹き飛んだ。その地点にはキュリアスが右掌を突き出して右足を踏み込んだ。そのまま男子はもんどりを打った。
「キュリアス……」
「お嬢様、下がってください。手応えがなさすぎです、下に何か着てます」
男子が立ち上がり、上着を上げた。下にはシャツではなく黒いスーツを着ていた。
「その通り。実践訓練のときに着用が義務付けられている《アーマーシャツ》と言われているものでね。あれくらいのダメージなら吸収してくれるんだよ。今日は魔素実技のテストだっただろ。脱ぐのが面倒だったんでね」
レイピアの鞘を捨てると、キュアリスに向かって剣を向けた。
キュアリスは手の甲を内側に向けるような構えを取って、間合いを計った。
男子は怒鳴った。
「これじゃ大金貰っても割に合わねぇ。こうなったらお前らも切り刻んでペットにしてやる」
「なんのこと?」
「うるさいぞ、このメガネ・ミニスカ・巨乳メイドめ。変な構えしやがって!」
レイピアが鋭くキュアリスの胸元を切り裂いた。かに見えたが、手の甲でレイピアを持つ腕を絡め取るようにひねり、男子は空転してあっという間に倒された。
キュアリスが見事な立ち回りで肘関節を固めてみせたのだ。
「な、何が起こった? おい、離しやがれ」
いくらもがいても全く動けない。アーマーシャツの腕が盛り上がりパワーを上げたようだが、その力が全部返ってきたようで「いでぇぇ」と悲鳴があがった。
「キュアリス、いい動きでした。私のメモリーに記録されている紛うことなき《柔術》です」
セルクスが頷くと、キュアリスは首を振った。
「こいつが弱いだけよ。貴女相手に一度も決めたこと無いでしょ」
男子はようやく握っていたレイピアを離し、戦意喪失を示した。この騒ぎを見守っていたカフェテリアの店員たちが駆け寄り、セリカーディに怪我はないか気分を害してしまったのではないかとへつらった。
「私のことより、専属メイドと親友たちを気遣ってくださらないかしら」
「も、申し訳ございません」
店員たちはすぐに男子を拘束し、キュアリスたちの無事を確認した。ほっと胸をなでおろした女性の店長は、通常通り営業している店内の最奥に案内した。
「この度は申し訳ございませんでした。イズヴェランツェお嬢様。そしてご友人の皆様。お詫びとしまして、一品ではありますがサービス致します。どうぞお楽しみください」
「ですって。みんな、どうするの?」
セリカーディがウインクして伺うと、みんな手を挙げて喜んだ。
それから振り返って、離れて控えていたキュアリスとセルクスの手を取った。
「ほら、あなた達もよ」
「はいっ。では、お言葉に甘えさせて頂きます」
笑顔で厚意を受け取ってくれた。
それぞれの注文を承った店長は、少々お待ちくださいと丁寧なお辞儀をしてカウンターに向かった。
メイドたちの椅子も用意され、セリカーディの両隣に座った。U字型の木製テーブルではキュアリスが通路側、レイカがセルクスの隣り、その隣にマユミとシュリだ。
「凄く強いのね、キュアリスさん」
マユミが感心を持って言うと、会釈をして答えた。
「ありがとうございます」
シュリが身を乗り出した。
「ねえねえ、ジュウジュツてマーシャルアーツなのん?」
「そんなところです」
「武器を持った相手に勝っちゃうなんて凄いん」
「お嬢様を守ることで必死だっただけです」
「あら? 相手が弱かったからだと聞きましたけど」
レイカのツッコミに苦笑するだけのキュアリス。
セルクスが代わりに答えた。
「守りたい気持ちは本当でしたよ。私が感じたのですから、皆さんにはもっと伝わったのでは」
「そ、そういえば、あなたトゥルマレディなのよね」
「はい」
「全然そんなふうに見えないわ。まるで人間みたい……ていうかなんて美しいの! うちに持ち帰りたいですわ! 早速執事たちに連絡を」
「レイカ! 私の専属メイドに手を出さないで」
「じょ、冗談よ。おほほほ。私としたことがつい取り乱しましたわ」
セリカーディに
「そ、そういえば何で私までここに呼ばれてますのよ! 私は別にあなた方の友人でもなんでも」
「あら。私は友人だとずっと前から思ってるわ。流石に、先輩とのアレを目撃されたときは焦ったけれど」
「私が言いふらすなんて思ってたのかしら。あー、そうよ、言いふらしたのよ。この二人に」
マユミとシュリを指差すと、セリカーディは笑った。
それを見たレイカは、そっぽを向いて縦ロールを振った。
「もう、何なの。言いふらされて嬉しいのかしら」
「一番最初に言いふらす相手を、私の親友にしたのはどうしてかしら。と思って」
「偶然ですわ。一番先に会ったからです」
シュリが、おかしいと反論した。
「嘘だん。だって、周りにクラスメイトいっぱいいたのに、私たちに向かって息を切らせて駆け寄ってきたでしょん」
「まあ、そんなことが」
セリカーディが驚くと、レイカの顔がみるみる赤くなるのが見えた。
レイカはそれを縦ロールで顔を隠そうとして、ますますそっぽを向く。
「だって。……あんな辛そうなセリカーディさんを、ほっとけるわけないじゃない」
「レイカ!」
キュアリスの胸の前を横切るようにして、手を差し伸べた。
「なによ、その手。というか、呼び捨ては失礼でしてよ」
「じゃあ私のことを、セディって呼んでいいわ。これでおあいこよ」
それを聞いたマユミとシュリが祝福の拍手をした。
「信じられない。レイカさんとも親友になろうとするなんて」
「さっすがセディ。私達じゃ絶対できないことを、堂々とやるんだからん」
レイカは真っ赤になった顔をセリカーディに向けて言った。
「嫌よ! お断りしますわ。どうしてイズヴェランツェ財閥にへつらわなきゃならな……。きゃ、あ、あ、いや……」
キュアリスがレイカの左手を取った。そしてそのままセリカーディの右手と重ねた。
レイカが驚いてキュアリスを見た。
「な、何なんですの。メガネのメイドさん。私は承諾した覚えは」
「では、どうして、私の手にされるがままだったのですか? 全く力は入れていませんよ」
「そ、それは」
「今は、言葉にしなくてもいいです。でも、そのままレイカ様がお帰りになられたら、きっと一生後悔しますよ。今は私のお嬢様の我儘に付き合ってあげてください。それならいいでしょう?」
「ふ、ふん。……わかりましたわ。あなたの専属メイドに免じて、付き合ってあげますわよ」
「ふふふ。もう私は手を取ってませんよ、レイカ様」
「え?」
レイカの手はしっかりとセリカーディの手を固く握り返していた。
セリカーディはツインテールを弾ませて、満開の薔薇のような笑みで伝えた。
「よろしくね、レイカ」
「ふ、ふん。こ、こ、こちらこそ」
レイカは縦ロールを右手で弄りながら、ヒナスミレのように顔を伏せて照れていた。
運ばれたケーキやジュースを楽しんだ後、キュアリスとセルクスは用事があると席を離れた。
すると、セリカーディも続いた。
「私も帰るわ。運転手に仕事をさせてあげなきゃ。じゃあね、レイカ、マユミ、シュリ」
三人が店を出ると、レイカが呟いた。
「なんで私の名前が最初なのよ。まだからかうつもりなの」
「違いますよ」
「なによ、マユミさん」
「マユミでいいですよ。セディは、新しく親友になった人を最初に呼ぶようにするって私に言ってくれたんですよ」
「だからん、明日からはレイカが最初に挨拶されるよー。良かったねん」
「しゅ、シュリ……さん。あなたのその言い方、どうにかなりませんか」
「慣れるってばん」
まだ顔が火照ってるレイカに、二人は楽しそうに話しかけた。
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