Episode IV-2
五階の理事長室に行くにはエレベーターを使う。同じ高さなのに階段だけで六階まで行かなきゃならない学校があると聞いた時は、その田舎の学校には招待されても嫌だと思った。
この階は職員室や事務室など、学校運営に関わるフロアで占められていた。
慣れた足取りで扉だけ豪華な理事長室をノックする。
「はい」
「セリカーディ・A・イズヴェランツェ、参りました」
「どうぞ」
「失礼しますわ」
そこには理事長含め、四人の男性教師が立っていた。校長・教頭・教育指導……なるほどとセリカーディは歩きながら彼らを見上げた。
理事長ディスクの前で立ち止まると、周りの教師と今一度顔を合わせてから「ごきげんよう」とセリカーディは両腕をまっすぐに伸ばして一礼し、右手を下に重ねてスカートの上に休ませた。
校長と教頭はセリカーディから向かって右側に立ち、左側に教育指導の筆頭責任者がたった。彼らは彼女より背が一◯センチ以上高く、罠に掛かったネズミを見下ろすように構えていた。
「イズヴェランツェさん、あなたが呼ばれた理由は分かっていますね」
「ええ、おおよそは」
「あなたは事もあろうに、あのような写真を『素晴らしい』と学友の前で絶賛した。間違いありませんね」
「はい。仰る通りですわ」
「では、あなたがあの写真を、あのような目立つ場所に掲げるようにしたのですね」
「いいえ」
「嘘をおっしゃい。あれを弁護したあなた以外に誰がいるというのですか」
「私ではありません。ですが、あの写真を観た時、私は感動に打ち震えました。そして、愛情を感じました」
「黙りなさい。あなたの立場はこのままでは悪くなりますよ」
「なぜですか。恐れながら、理事長先生にそのような権限があるとは思えませんが」
「勘違いしているようですね。あなたを退学にすることくらい、訳はないのですよ」
「では、理事長。お尋ねしてもよろしいかしら」
「何ですか。言い訳ならもう聞きませんよ」
「とんでもない。私はただ、確認したいです」
「確認とは?」
「はい。もしもあの写真が朝早くから飾られていたのなら、ここにいる先生方の誰かが確認していなくてはおかしいからです。確認したいのは、その証拠となる防犯カメラのことですわ」
「……」
理事長は口を一文字にして黙ってしまった。
――男教師四人に囲まれた重圧の中でならおとなしくなると思ったら、全く動じることもなくまっすぐに銅色の目線を外さないとは
理事長が答えあぐねているところへ、校長が助け舟をだした。
「全く反省しないのだね。だったら退学だよ。風紀を乱しておいて、その態度はなんだね」
「『退学』『退学』とそこまで強気に言われましたら、勘ぐってしまいますわ。この一件の真犯人は、マルダード・イズヴェランツェ兄様ですわね?」
「うっ、どうしてそれを……うわっ」
「あ、校長先生、しー」
やっぱりとセリカーディは肩をすくめた。
「第一、この学校に多額の寄付をしているのは我がイズヴェランツェ家ですのよ。それなのに雇われも同然の理事長の強気な態度……どう考えてもあの兄様以外、考えられません。大方、『妹を退学にしたら寄付金を倍にする』とかなんとか言われて買収されたのでしょう?」
「……妄想が過ぎますよ。推理小説の読み過ぎですかね」
「あら理事長。いいのですよ、そのまま退学処分にして下っさても。ただし、不正を許さないお父様が聞いたら、なんて思うでしょうね。きっと退学の理由について問いただそうと、乗り込んできますわ。……まあ、仕方ありません。では甘んじて――」
「待ちなさい!」
「どうなさいました? 先ほどの私の推理は妄想で、この退学は正当なのでは?」
――不味い。マルダード様はああおっしゃったが、力はまるで妹のほうが上ではないか。このまま退学にしたら、イズヴェランツェ財閥からの寄付金が断たれてこの学校は破産する。
「……分かりました。少々
「いいえ。納得いきません」
「何を言うのです。退学を取り消すといったのですよ」
「それとこれとは別です。誠意を見せてください」
「誠意、とは? テストを甘く採点しろと言うことかね」
「いいえ。それは実力を評価して頂くので結構です。それよりも、あそこに飾られた写真を削除してください」
「削除? 君はあの写真を素晴らしいと褒めたじゃないか」
「ええ。ですから顔を立て差し上げるのです」右手を振りかぶって掌を見せ「目の前でサインをして消しなさい!」と訴えた。
「なっ……」
「もう確認済みです。あの写真はサインロックが掛かった、本人以外消すことが出来ないコムペーパーだとね」
「き、君は、最初から分かってて、これが狙いか」
「何を焦っておいでですの。謝罪しろとは言っておりません。ただ、生徒の目の前で消していただければ結構です。何も言わずに。そうすれば先生方の面子は立ちますし、私も『没収された』といえば済みます」
――まさか、そこまで計算していたとは。私の著名で消せば私が犯人だと言っているようなものだ。だが、このまま退学にすれば寄付金が……学校が……。
「……わ、分かった。言うとおりにしよう」
理事長は、ペンを取り出し席を立った。
他の教師は動揺を隠せず、そのまま逃げるように部屋を出て行った。
「さあ、理事長。ご一緒しますわ」
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