Episode IV

Episode IV-1

 ピンク色のAカップブラとショーツのままクローゼットを開けた。そこから制服を取り出す。膝丈ミニスカートの落ち着いたチェック柄だ。いつもこれを見るともっと派手な服がいいと思うけれど、友人に言わせればこれでもかなり派手らしい。でも、胸元の赤いリボンだけは気に入っている。三年生の証でしかないが、これが一番派手だからだ。

 姿見を前に着替え、髪をく。そして、ツインテールを黒のゴム紐で結んだ。リボンや派手な色も試したが、自分にはこれが一番しっくり来る。

「よし。今朝はいい感じに決まったわね」

 ノックの音に返事をした。

「どうぞ」

「おはようございます、お嬢様。お食事の時間です」

 ピンクを基調にした暖色系のミニスカ服と黄色い髪のショートボブがよく似合う、専属ディアメイドのキュアリスが挨拶に来てくれた。

「今朝の私はどうかしら」

「あら。一段とツインテールが可愛らしく見えますわ」

 と、メガネの笑顔をいっぱいに見せてくれた。

「でしょ。今日はいいことありそう。また玄関でね」

「はい」

 本来ならセリカーディの給仕はキュアリスの担当だ。だが、目の前の兄がそれを許さない。

 隣に彼女がいればどんなに楽しいだろうと思いながら、特に会話もなく淡々と食事は進んだ。

 いつものように厨房室に行き「今朝も美味しかったわ、ありがとう。シェフ」と声をかけてから、鞄を取りに部屋に戻って玄関へ。早めに行かないと、あの兄と鉢合わせになってしまう。

 キュアリスとセルクスが待っていた。派手で可愛いメイドたちが並ぶ姿は毎朝の目の保養だ。

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

「行ってくるわ。キュアリス、セルクス」

 セリカーディはキュアリスの開けた後部座席からリムジンに乗った。通学専用自動車である。運転手も通学専門だ。お屋敷お抱え運転手のジョンは、彼女の父親と兄の送り迎えを行っている。この運転手はいわば彼女の専属と言ってもいい。

「おはようございます、お嬢様。試験は本日が最終日ですか」

 ジョンよりも若い、といっても四十を過ぎている女性運転手のリズィが聞いてきた。スラリとした体型に似合う、黒のジャケットに黒いパンツだ。もっと可愛いのにしたらと言ったら、私は引き立て役ですからと断られた。登下校時にしか会うことはないが、セリカーディの良き話し相手だ。

「そう。魔素と体育の実習テスト。これでおしまいよ」

「試験最終日は誰もが楽しみな時間ですね。ご予定はありますか」

「ええ……」ため息混じりに「帰りは少し遅くなるから、連絡を入れたときに迎えに来て」

「かしこまりました。そういえば、お嬢様。旦那様がマルダード様に手紙を出したそうです。ジョンが手渡したと聞きました」

「手紙? どんな」

「なんでも、封蝋のしてあったかなり形式的なものだったとか。内容までは聞いておりません」

「家族の間で、封蝋封書のやり取り……ね。教えてくれてありがとう、リズィ」

「お役に立てたようでしたら、何よりですよ」

 おそらく相続についてだろう。なにせイズヴェランツェ家はこの辺りの経済を取り仕切る巨大な財閥だ。家の者でそれを気にしない人なんていない。財産は欲しいが、面倒くさい騒動に巻き込まれそうなら、十分の一でもいいと思っている。しかし無欲は交渉の弱みだ。それをいきなり見せるような愚行は犯さないようにしている。

 学校に到着した。リズィに後部座席を開けてもらって車から降りると、友人たちが声をかけてきた。

 二人とも最近学校で流行っているショートカットヘアだった。

「おはよう、セディ」

 親しみを込めて呼ばれたセリカーディは、笑顔で挨拶を返した。

「おはよう、マユミ。あなたまでショートにしたのね。ロングヘア素敵だったのに」

「えへへ。切りたかったから調度良かったわ」

「おっはん、セディ」

「おはよう、シュリ。レイカさん、あなたの生けた花瓶褒めてたわよ」

「そうなの? ちょっとこだわっちゃったからね。それにしてもセディは、あれだけ言われているのに、レイカのこと褒めることしかしないねん」

「あら。私は陰口は嫌いなの。その代わり陰褒めは大好きよ。知ってるでしょ」

「あひゃん、そういうところが可愛いわ」

「あなた、変な笑い方改めなさいってば。厳しい花嫁競争に置いて行かれるわよ」

「いいのいいの。癖なんだし」

 マユミが肩をくっつけてきた。

「ねぇ、セディ。二人の専属メイドの様子はいかが?」

「とっても優秀で可愛いわよ。そろそろ二人に紹介するわ」

「まあ、楽しみ♪」

 中等部校舎に入ると、なにやら騒がしい。周りの顔が、男子も女子も赤らんでいる。口笛まで飛びしてきた。

「何事ですの」

 セリカーディはカラフルな人山の中を掻き分けた。

「まぁ⁉」

 思わず驚いてしまった。大判にプリントアウトされたその画像は、先程話題に出したキュアリスとセルクスが見つめ合い、キスをする。その短いシーンをずっと繰り返している。コムペーパーで再生される動く写真だ。

 周りの女子男子の騒ぎようは尋常ではない。

「ウソォ。女の子同士で抱き合ってキスしてるー。信じらんない」

「うおっ、この二人、おっぱいでけぇー。レズとかもったいねぇ~」

「やだもう、誰よこんな写真はったの。これCGじゃないわよね、近くの公園だし」

「なんだこの服。メイド服? 見たことないデザインだけど、スカート短けぇな」

「見て、黄色い髪のメガネの人。胸おっきい」

「相手の女、すっげぇ可愛い。超かわいい。俺の彼女にしたい」

 黄色い喧騒の中、追いついたマユミとシュリがセリカーディの肩に並んだ。

「やんっ、なにこれ。キスしてるの」

「なあん、セディ。あれって、君がよく着せてたメイド服じゃ」

 二人にセリカーディは答えた。

「ええ。お察しのとおりよ」

 というとマユミが口を手に当てて驚いた。

「うそっ。やだ⁉ どうしましょ」

 いつも楽観的なシュリも今回ばかりは焦ってしまった。

「セディ、これは、黙ってた方がよくない? ……て、ちょっとセディ。やめなって」

 シュリの制止を無視して、セリカーディは写真の前の空いたスペースに陣取った。

 そして両手を腰に当て、大きな賛辞を送った。

「あら、美しい写真じゃない。額縁が必要ね。きっともっと綺麗になるわ。みんなもそう思わない?」

 その台詞に友人の二人は驚いた。

「セディ、嘘でしょ」

「おいおいん、いくら『陰褒め』が好きだらかって、限度ってもんがあるっしょ。でも、凄いよ!」

 痛々しい視線を一身に受けたセリカーディが振り返る姿は、まるで茨の中に咲いた一輪の薔薇のようだった。

「この二人はね、私の専属メイドよ! どうかしら? 素敵でしょ。だって、こんなに堂々と愛し合っているのですもの!」

 周りが夜の森のように静かになった。

 そんな中、左側にいた一人の女子が言った。

「で、でも。女の子同士でこんなこと」

「じゃあ、この絵は汚いのかしら? 不潔?」

 セリカーディの問いかけに、女子は視線をそらして写真を熱い眼差しで見つめた。

 今度は右側の男子が訴えた。

「お前のメイドって、お前が飾ったのかよ」

「いいえ違うわ。だけど、これを隠しておくなんて勿体無いと思わない?」

 その返しに、男子はあっけにとられた。

 そこへ赤リボンタイの女子が割り込んできた。金髪縦ロールのレイカだ。眼は青く、鼻筋も通っていて、プロポーションも制服の上からでもはっきりと分かる、容姿端麗な貴族の娘だ。

「あら、これはセリカーディさん。ごきげんよう」

「ごきげんよう、レイカさん」

「あなた」レイカは写真を指差して「なんて破廉恥なのかしら。こんな写真の前で堂々として。少しはレディとしての恥じらいはないの」

「なぜ、これが恥ずかしいことなの?」

「あなた、もしかしてそっちの趣味でもあるのかしら。だから弁護しているのでしょ?」

 レイカの言葉に野次馬たちの視線は一気にセリカーディに向いた。そしてヒソヒソと疑惑の声が聞こえてくる。

 レイカは腕を組んで勝利の笑みを浮かべた。

 だが、この薔薇は花弁一枚落とすどころか、その花冠かかんを堂々と見せた。

「専属メイドたちの気持ちを尊重することのどこが行けないの! 私はこの二人のことを、この瞬間でも誇りに思うわ。私のことを同性愛者だのなんだのと責め立てるのは結構。だけど、この二人を嘲笑し馬鹿にすることだけは主人として絶対に許さない! この光景が不潔で浅ましい行為だと言う人は、出てきなさい! ところで、レイカさんはこの写真をどう評価しているのかしら」

「そ、それは」

 なんど見ても、繰り返されるそのキスシーンは芸術的美に満ちていた。噴水をバックにしてお互いを見つめ合う二人。初夏の太陽が、彼女たちの顔を照らし、暖かな喜びと涙に濡れた頬はいっそう輝いていた。黄色のショートボブと、風にそよぐ藍色のポニーテールの見事な対比。が空が抜けるように青く、すべてがまるで二人を祝福しているようだ。

「ぐ……。覚えてなさいよ」

 レイカはぐうの音も出なくなり、その場を立ち去ってしまった。

 やがてその場は美術を鑑賞するように、静かになり、皆うっとりとこの写真を眺めるようになった。

 そこへ、マユミとシュリが駆け寄ってきた。

「もう、急にあんな事言い出すなんて。見ているこっちは心臓がいくつあっても足りなかったわ」

「でもセディ、やっぱり君は凄いよ。本当に」

「な、なぁに。こら二人共、抱きつかないでってもう」

 ――ピンポンパンポーン

『イズヴェランツェさん、セカリーディ・A《アー》・イズヴェランツェさん。理事長室に至急来てください』

 ――ピンポンパンポーン

 校内放送だった。

 マユミが心配した。

「セディ、きっとこのことよ」

「そうでしょうね。行ってくるわ」

「セディ……」

 臆せず向かうセリカーディを見送りながら、シュリは言った。

「きっと大丈夫だって。なんたって、私達の最高の親友でしょ」

「うん、そうだね」

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