Episode III-4

 ――酒が不味い。何を呑んでも美味く感じない。

「だが、これが呑まずにいられるか!」

 夜更けた高級バーのカウンターで独り酒を煽るマルダードがいた。

「あれは俺のものだったのに、逆らいやがって。それもこれもあの女がいるからだ。……余計な手間までかけさせやがって」

「よう、独りかい」

「あぁ? なんだ、キサマは」

 マルダードの白い貴族服とは違い、黒いジャケットを着こなしている。赤いスカーフがなんとも趣味の悪さを醸し出していた。

「寂しそうに呑んでたからさ、何なら付き合うぜ」

「黙れ。平民と飲む酒なんぞ不味くなるだけだ」

「まあ、そう言わずにさ」

 男は腰に手を回して撫でてきた。またか、と呆れた気味に酒を飲み干した。

「分かった。場所を変えよう」

 マルダードがそういうと、トイレに連れ込んだ。

 個室に二人で入ると、男は上着を脱ぎだした。

「へへ。やっぱお前さん、イケメンだ……へぼ⁉」

 顔をぶん殴った。腕時計のメリケンサック付きだ。

 男はたまらずフラフラになるが、マルダードは構わず顔と腹を殴り続けた。

「俺は、ホモでもなければノンケでもねぇんだよ! 二度と俺の前に現れるな」

 これはオマケだ! とばかりに便器に顔を埋めつけた。男はたまらず嗚咽でのたうち回った。

 気が済むまで便所に沈めてから店を出た。どうもああいう輩に絡まれやすい。女が纏わりつくのも嫌だが、男なんぞ御免こうむる。

 そう思いながらフラフラと道を歩いていると、そこに運転手のジョンが待っていた。

「坊っちゃん、旦那様たちが心配していますぞ」

 見え透いている。明らかに哀れみの目で見ている時点でバレバレだ。

「嘘をつ……うぇ」

 言い返そうとした時、酒が逆流してきた。四つん這いになって溝にぶちまけた。ポケットティッシュを取り出し、拭って道に捨てるとジョンを無視して歩き出した。

 背中を擦っていたジョンが呼び止めた。

「坊っちゃん、一人で帰るのは無茶でございますよ。車で帰りましょう」

「くそっ。あの女さえ、髪の黄色いメガネさえいなけりゃ」

「キュアリスのことですか」

「あいつも乗せてんのか」

 後部座席に乗った。

 車を出しながらジョンは答えた。

「はい。仕事がら」

「おい、セルクスとはどうなってる」

「……それは」

「言え!」

「あの……、とても仲良くしておりますよ」

「ちっ。決闘で思い知らせてやる」

 案の定の答えに怒りがこみ上げてくる。

「坊っちゃん、そのことで旦那様からお手紙を預かっております」

「寄越せ」

「はい」

 封蝋された便箋だった。開いた本に賢者の顔は、イズヴェランツェ家の紋章だ。それに親指を乗せると、指紋認証が完了し封蝋が割れた。開封すると確かに父親の字で書かれていた。

《親愛なるマルダードへ。

決闘の一件、聞いた時は正直頭を抱えた。だが成立した以上、親の私も口出しはできん。ただし、儀礼に従いお前には身分を背負ってもらう。もちろん、キュアリスにも相応のものを背負わせる。》

 文章が途中で終わっている。その手紙を指で弾くと、次の文章が現れた。

《勝利した場合、直ちにセルクスを正式なイズヴェランツェ家の一員として迎えよう。もちろん家督も財産もお前が継ぐことになる。負ければ、身分を剥奪し今後一切お前を家の者とは認めない。》

 もう一度指を弾くと、父親の正式なサインが現れた。これは法的な権威を持つ手紙だ。いつもの様に丸めて捨てる訳にはいかない。

「父様がここまで決闘を認めるとは」

「旦那様は良しと?」

「ああ。勝てばイズヴェランツェ家は俺のものだ」

「こりゃなんと」

 ジョンは驚いた。決闘で家督争いは珍しくもないが、たかがメイドとの決闘でこんな話になるなんて聞いたことがない。

「ですが、坊っちゃん。もうセルクスとキュアリスは……」

 懐から出されたコムペーパーを見ると、ますます吐き気がしてきた。

「……チクショウ! あいつら、この俺を差し置いて」

「坊っちゃんに諦めて欲しいと思ったのですが、どうやらもう引き返せそうに内容ですな」

 ジョンが見せたものを懐に入れようとすると、マルダードは腕を掴んだ。

「おい、ジョン。そのデータを俺に寄越せ」

「寄越せって、消去するんですかい?」

「良いから寄越せ!」

 ――これを使ってあいつらに大恥をかかせてやる。クククッ

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