Episode III-3
――午前。
キュアリスとセルクスは昨日、学校の高等科と中等科の渡り廊下で待つようにセリカーディに言われていた。
「そろそろ頃合いね。ねぇ、セルクス」
今朝から顔色が優れない彼女に声をかけた。
「はい」
「どうしかしたの? 何だがずっと上の空よ。トゥルマレディでも人間のように考え事で頭が一杯になることもあるのね」
「い、いえ。そういうわけでは」
「そう。調子の悪いところがあったら言ってね。んー、まだかしら」
キュアリスが腕時計を確認していると、セルクスが指を示した。
そこには男子生徒が長い得物を握ってやってきた。柄の形状が丸くシンプルにまとめられた、鞘が非常に細い剣――レイピア――だ。
「き、君たちが、あ……の……、その、イズヴェランツェ家のメイドさん?」
「はい。セリカーディお嬢様の専属メイドでキュアリスと申します。こちらはセルクスです」
二人が短いスカートを軽くたくし上げて挨拶をした。
男子生徒は視線をおどおどとしながら、骨ぼったい腕でレイピアを差し出した。
「あ、あのさ、約束のことだけど」
「承っております。『目の前の二人に余計なことを一切言わなければ、約束は守る』と」
「あ……そう、そうだよね。確かに渡したから、よろしく伝えといて。じゃあ、これで」
男子生徒はそのまま踵を返すと、小さなガッツポーズを取りながら校舎に入っていった。
「ああは言ったけど、お嬢様はどんな約束を交わされたのかしら」
「……ええ」
「どうかしたの、セルクス」
「いえ。車に戻りましょう」
運転手のジョンが待つ車の後部座席にキュアリスが座り、セルクスが続いた。
いつもの並木通りに入っても、セルクスは俯いたままだった。いつも背筋を伸ばして前を見ている彼女は、まるでしおれた牡丹の花のようだ。
「ジョンさん、近くの公園に寄ってくださいませんか」
キュアリスが声をかけた。
「ああ、まあ、俺は予定ないから良いけど大丈夫なのかい」
「はい、今日は多めに時間を頂いてますから。一時間ほどお願いできますか?」
「じゃあ、ちょっと自分の買い物してくるから。何かあったらピアスで知らせてくれ」
キュアリスは、右耳のピアスの裏側を押した。
「では、リンクさせます」
「……はい、来た。何かあったら運転席に通信してくれ」
「いつもありがとうございます。時間を作っていただいてありがとうございます」
「なあに、俺もちょうど良かったよ」
公園に到着すると、ジョンは二人をおろした。手を振って分かれると、キュアリスとセルクスは噴水広場にやってきた。
派手なメイド服の二人が来れば否応がなしに目立つだろうが、今は昼も過ぎており公園も人がまばらであった。
「キュアリス、私も貴女に伝えたい事があります」
「言葉遣い、戻っちゃったね」
「……今一度、確かめさせてください。私のこの想いとマスターとしての資格は同じなのかどうか」
「なによ、あらたまって。ついちょっとまで、私が恥ずかしがっても求めてきたくせに」
「実は夢を見ました」
「夢? 眠っている時に見る夢のこと?」
「はい。人間も見る夢とは多少違います。人は休息と記憶整理ですが、私達トゥルマレディの場合は、記憶の断片整理と最適化の意味合いが強いです」
「それでどんな夢を見たの」
「昔々、このジャーマト皇国が出来る前の創世戦争のことです。私は、連合軍の最前線に所属していました。ダス・ラスタ・メイシャンにマスターと乗り、戦ってました」
「それって、トゥルマの名前?」
「はい、私の専用機です」
夢の内容を出来るだけ噛み砕いて教えた。もちろん、最初のマスターのことも伝えた。
「そう、千年前にマスターがいたんだね」
「それは、私の希望ではありません。軍の中から選りすぐられた適正者と引き合わせられました。私たちに自我は確かにあります。でも、当時はまだ半信半疑だったので、お見合いのようなものでした」
「そのマスターのことをどう思ってたの?」
「大切な人だとは思ってました。けれど、今のような心焦がれる気持ちはありませんでした。それよりも、『光の槍』についてどう思われましたか」
「確か、その御蔭で大逆転して戦争は勝利し、この国は作られた。と聞いているけれど」
「それを聞いているのではありません。……それを使い大量の人々を殺戮してしまったことについてです」
「戦争じゃ仕方なかったんじゃ」
「その対象が民間人・動物・植物・地形規模に及んだとしても、そう言い切れますか」
「え?」
「あれは強力すぎたんです。設計では、目の前の敵軍を殲滅する程度のはずでした。ですが、撃ったその直後、地平線の先まで真っ白に燃え上がり、蒸発しました。私は人類史上最悪の殺戮兵器となってしまったのです。その時、私は後悔に耐え切れず、記憶を封印しました」
「その兵器について感想を聞きたいの?」
「そうです」
今まで見せたことがない表情だった。
瞳はまっすぐに、そして双眼に涙を流しながら、それでもまっすぐに。まるで逃げも隠れもしないと主張するかのように、両手をまっすぐに伸ばしてキュアリスを向いていた。
キュアリスは、その視線を受け止めて微笑んだ。
「私にはね、軍人の父さんがいたの。物心つく前から何度も出兵してた。最後にお父さんを観たのは、花でいっぱいに溢れた棺桶の中だった。そんな父さんがいつも言っていたの。『この国に誇りを持ちなさい』って」
「『誇り』……」あのマスターの最後の言葉を繰り返した。
「国を思い戦い散って行くということは、敵も味方も血を流す。そこに理想の平和は存在しないかもしれない。だけれども、自分の生まれた国を守るため、誇りを以って戦うなら、守られた国民たちは絶対に未来を繋いでくれる」
キュアリスはセルクスを抱き寄せて続けた。
「そして、こうやって私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。今はわからないかもしれないけれど、これはとても大切なことなんだって」
「キュアリス……。私は頭を撫でられる資格なんてない」
「ううん。貴女は今、誇りを持って私に向き合ってくれた」
「そんなつもりは」
「大丈夫だよ。きっと貴女のマスターだった人は、誇りもって任務を全うしたんだね。でなければ、いつも傍にいたセルクスが、こんなかっこいい女の子にはなって私の前に現れないわ」
「かっこいい?」
「ええ。すべてを受け入れようとして、非難を恐れず、そして私の父さんみたいにまっすぐな目でいてくれた。これ以上かっこいいことなんてないでしょ」
お互いに当たる柔らかな膨らみが、愛しく温かくなっていくのを感じた。キュアリスは冷えきってしまった胸が暖まっていくのを、セルクスは熱すぎた胸が心地よくなっていくのを感じあった。
そして見つめ合う二人は、自然と唇を求めた。
唇と唇の触れ合いがこんなにも深く愛情に満ちたものだったと初めて知った。
キュアリスはゆっくりと離れた。
そよ風が二人の頬を撫でた。
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