Episode II-3

 早朝。いつもの日課の後、キュリアスは家政婦長室を訪れた。

「おはようマリア。お願いがあるの」

「おはようキュリアス。何かしら」

「午後も、鍛錬をさせてほしいの」

「トゥルマレディが勝手に受けた決闘のことね。本来は戦う物同士の同意で決まるものよ。申し立てをすれば無効にすることだって」

「ダメ! だって可哀想じゃない。セルクスには意思があるんだよ」

「だったら、セルクスにやらせれば良いじゃないの。あの人形は戦闘兵器なんでしょ」

 キュリアスは胸においた手を握りしめて首を振った。

「ううん。……本当言うとね、私、セルクスのことが、好き……になりかけているかもしれないの」

「だから命をかける気になったの? 確かに決闘じゃ殺されないかもしれないけれど、あなたの将来がダメになってしまうかもしれないのよ」

「マリア、お願い」

「……もう。あなたのそんな真っ直ぐな瞳、初めて観たわ。いくらあなたのジュウジュツが凄くても、相手はレイピアの凄腕よ。素手じゃ無理よ」

「カタナを使うわ」

「カタナって、滅びた祖国が作っていたっていうあの?」

「ジュウジュツを継いだ時に、母さんから渡されたの」

「まあ、知らなかった」

「人前の鍛錬じゃ、一度も振ってなかったから。このことを打ち明けたのはマリアが初めて」

「それは光栄だけれど、心配よ。……親友として勝利を祈っている」

「ありがとう」

「電話だわ。……もしもし、イズヴェランツェ家政婦長室のマリアでございます。ご用件は何でしょうか。……はい……はい……承りました」

 電話を切るとマリアがキュリアスに向き直って言った。

「軍からよ、決闘の日時と場所を伝えてきた。一週間後の午後一時、場所は軍演習所、だそうよ」

「一週間後? ねぇ、これって決闘にしては早くない?」

「そうね。でも、決まったものは仕方ないわ。立会人もすべて軍が取り仕切るそうよ。……まったく、あのセルクスってどんな秘密を抱えるいるのかしらね」

「どんな秘密だろうと、私は彼女のために勝つわ」

 キュリアスは部屋を出た後、すべての仕事をセルクスとやった。彼女の仕事ぶりはまだまだだが、普通の新人より飲み込みが早い。これなら明日からでも一人でやれそうだ。

 昼食休憩後、キュリアスは体操着に着替えて屋敷の裏庭にやってきた。セルクスとセリカーディもやってきた。今日は学校が午前中で休みなのだ。決闘の日時を聞いた時、セリカーディはノリノリで応援に行くといった。

「一世一代の大勝負を見ないわけには行かないでしょ。それにしても、あなたも下はブルマなのね」

「ええ。何か」

「恥ずかしがる友達多いのよね。別にパンツじゃないんだから良いと思うけど」

「私は子供の頃からこれで身体を動かしてましたから」

「じゃあ、ジュウジュツ見せて」

「いえ、今日はこれを使います」

 鞘に納められたカタナを抜いた。白い刀身だがところどころが黒光りしており、長さは1.5mほどあるかどうか。

「それがカタナ……。歴史書でしか知らなかったけど、すごく綺麗な刃ね」

天照乃神威切あまてらすのかむいきりと言う名前です」

「あま……何?」

「私も意味がよく分かりません。でも母からは『神を威る』事ができる、つまり神様を宿すカタナと聞いています」

「へぇ。とにかく振って見せて」

「はい。お嬢様」

 名前よりもカタナを振ってい姿が見たいとばかりに急かした。

 キュリアスは中段に構え、振りかぶってまっすぐ振りぬいた。それだけでは終わらず、たいを右に移動させて斜め左下から右上へ振り上げ、また体を移動させて様々な方向から振りぬいていく。その連続技にセリカーディは目を輝かせた。

「すっごーい、すっごーい。マリアが見込んだだけはあるわね。それと、カタナ振るたびにポヨンと揺れる胸も凄いわー」

 最後はトーンが低くなっていったが、拍手はやめなかった。

「お嬢様、どこを見ているんですか」

「いいじゃない。裸も見ているんだし、今更恥ずかしがらなくても」

「それでもですね」

「お嬢様、胸を大きくしたいのですか?」セルクスが割り込んで「私のメモリに方法がありますよ」

「本当? 教えて」

「まず第一に睡眠。心地よい目覚めは女性の美の味方です。そして食事。偏らずにバランスよく食べること、ですが芋類などの根野菜が良いとされています」

「詳しく!」

 どうやら興味が胸の成長に移ったらしい。キュリアスはセリカーディの相手をセルクスに任せて再びカタナを構えた。

 ――素振りだけでは足りない、誰かに練習相手をしてもらわないと。でも適任なんて軍の人くらいしか。

「キュリアス、よろしいですか」

 セルクスが話しかけたので、カタナを鞘に納めてから振り返った。

「何かしら」

「一人で行う鍛錬も大切ですが、決闘は一週間後です。実践形式の練習が必要かと思います」

「ええ、それを今私も考えていたんだけど、そんなことをしてくれる実力者なんて……」

「私では力不足ですか? キュリアス」

「え、セルクス?」

「私が貴女の練習相手を申し出るのです、どうぞお使いください」

 意外な申し出に目を丸くしてしまうキュリアスだったが、すぐに断った。

「ダメよ。貴女を傷つけてしまうかも知れない」

「それなら大丈夫です。イクイップフォームがあります」

「イクイップ?」

「見ていてください。《イクイップフォーム起動》」

 するとセルクスの全身の皮膚が肌の白さから金属のような白さに変わり、瞳の色が透明になっていく。シルエットはほとんど変わっていないが、明らかに異質な、そうまさに――人形――と呼ぶに相応しい姿に変貌したのだ。

「セルクス、その姿は」

『白兵戦を想定したものです。軽量の現役兵器くらいなら傷一つ付きませんよ』

 唇を動かさずにはっきりと喋っていた。声まで人間からかけ離れ、曇ったような機械のようなものになっている。

「本当に?」

『どうぞ、試しにそこの石ころを私に向かって投げてみてください』

「これね」

 躊躇するも、セルクスがどうぞとせがむので思いっ切り投げた。それは胸に当たったがカーンと金属に当たったかのような音が響いた。

 セルクスは傷一つついていない。

『言い忘れてました、服まで硬化させることは出来ません。下に着ている防護着――みなさんがレオタードと呼んでいる服――なら、一緒に硬化しますよ』

「驚いた。本のキャラクターが目の前にいるみたい」

『身体能力も向上してます。たとえ貴女相手でも、格上としてお相手出来ますよ』

 キュリアスはカタナを抜いた。そして、峰と刃の部分を入れ替えた。

「むっ。まずはお手並み拝見!」

 ――私の運動神経が好きだって言ってたくせに!

 格上という言葉がやや刺さったのか、キュリアスは軽く脅かすつもりで踏み込んだが、カタナがかすりもしない。何度斬り返しても寸前で見切られてしまう。

『キュリアス、いかがでしょうか。合格ですか』

「はぁ、はぁ……。強すぎて、私には勿体無いくらいよ」

『良かったです。では、早速始めましょう。ああ、峰打ちは無用ですよ。万が一傷つけられても2日くらいで傷は回復しますから、お気になさらずに』

「では、よろしくお願いします!」

 キュリアスはカタナを返して刃を向け、大きく胸を揺らして踏み込んだ。

 こうして、トゥルマレディ・セルクス指導の超実践トレーニングが始まった。

「あれ?」セリカーディはふと気がつく「これって、キュリアスが身体を張る必要全く無いんじゃ……。まあいいか、楽しそうだし」

 決闘まであと一週間。

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