Episode II

Episode II-1

「その代わり、条件が一つあります」

「なんだ」

「決闘前夜までの間、キュアリスと一緒に過ごさせてください」

「なんだ、そのむちゃくちゃな条件は」

「拒否なさるのでしたら、私は受けません」

「くぅ~。ぎぃぃぃぃぃ、この人形め……。ただし、俺が勝ったら必ず俺のものにするからな」

「誓いますわ」

 マルダードは唾を吐き捨てて部屋を後した。

 博士は少尉たちに引き上げるように言った。

「ですが博士、このままでは」

「仕方ないわ。第一、力づくで連れて帰れないことは、さっきので十分骨身にしみただろ。肋や腕の折れた負傷者たちの手当をしてやらないかんしの」

「了解しました。……おい、そこのメガネを掛けたメイド」

「はい」

 キュアリスが返事をした。セルクスはまだ柔らかな腕を離してくれない。

「決闘の日時と場所は、後日こちらで取り決めさせてもらう。いいな」

「分かりました」

「では、失礼する」部屋を出ようとした時「もし」と足を止めた。

「もし、正式にトゥルマレディと契約した場合、軍に転属してもらうことを考えてもらわねばならん」

「私が、軍人に⁉」

「これ以上のことは機密事項で話せん。分かったな」

 それだけ言うと、少尉と呼ばれた軍人は部屋を出て行った。

「……驚いた、まるで一年分の来賓がいっぺんに来た気分よ」半ばあきれ気味にマリアは「あなた達、いつまでくっついてるの」とキュアリスの肩を叩いた。

「でも」キュアリスは眉を曲げた顔をした「離してくれなくて」

「キュアリス、私のマスターになってくれませんか」

 セルクスが顔を近づけて言った。

「またその話? どうしてよ」

 吐息が全く感じられない彼女の唇は、妙に色っぽい動きで言葉を操っていた。

「あなたの身体能力はとても優れています。そして何より、私の好みです」

 その言葉の風に吹かれたかのようにキュアリスは顔を揺らしてしまった。トゥルマレディに言われたことなのに、人間の少女に言われたかのような衝撃と気恥ずかしさを手で覆ってしまった。

 マリアはやれやれと言った様子で家政婦長の席に戻ると、二人に告げた。

「あなた達には、セリカーディお嬢様のお世話をしてもらいます。キュアリスとセットよ」

「お、お姉様。そんな勝手なこと決めても良いのですか。第一、お嬢様のお許しは」

「私からなんとか言っておくから」

「あら、その必要はないわ」

 ノックの音と同時に扉が開き、セリカーディが鞄のランドセルを背負ったまま現れた。

「あらましはメイドたちから聴いたわよ。要するに、あの変態お兄様と決闘して白黒つけるってことでしょ。良いわ、私が全力で応援してあげる」

「ですが、お嬢様。ご迷惑では」

 キュアリスが恐縮するも、そんなの言いっこ無しとツインテールを振り上げた。

「ぜんぜん構わないわ、これで何もかもすっきりするから。マリア、早速セルクスのメイド服を仕立ててちょうだい。流石に、レオタードみたいな姿でいつまでもは私ですら目に余るわ」

「かしこまりました、お嬢様」

「え、レオタード?」

 キュアリスは改めて顔以外・・・のセルクスを観た。たしかに青っぽいレオタードしか身に着けていない。そういえば、初めて彼女を観た時はシルエットがとてもはっきりしていた気がした。

「ねぇ、セルクス。あなたの姿をよく見せてもらえないかしら」

「いいですわよ」

 と、首にかけた腕がようやくとけた。

 その姿は、芍薬しゃくやくの花としか表現しようがないほど美しく、花弁を胸の部分と例えるなら、そこから下は細く女性らしい茎であり、手足は青葉のようにしなやかだ。

「なんて……美しいのかしら」

 キュアリスは心から感嘆のため息を漏らした。

「貴女に言われることが、今までの中で一番の喜びですわ」

 笑顔が眩しい。牡丹の花のように柔らかく可憐で、見惚れてしまう。

「はいはいっ」パンパンっ、と手を叩くマリア「見とれる暇があるなら、お嬢様のお世話をなさい!」

「はいっ。失礼しました、お嬢様、直ちに」

 キュアリスは両手をセリカーディに差し出した。しかし、いつまで経っても鞄が置かれない。

「お嬢様?」

 見ると、セリカーディもセルクスに見惚れていた。目がキラキラしている。

「お嬢様、鞄をお預かりしますわ」

「もう少し見ていたいわ」

「続きはお部屋に致しましょう、さあ」

 とキュアリスが言うと、セリカーディは渋々と鞄を下ろした。

 マリアはそんな二人に呆れながら、三人が自室を出て行くのを見送った。

「確かに……あんな芸術的な人形、見たことないもの」

 マリアも上の空で見つめていたことを、なんとか二人には隠せた。

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