Episode I-2

 ――マルダードは苛立ちを隠すこと無く、部屋の物に当たり散らした。それをディアメイドが咎めるときっと睨み返した。

「うるさいっ、女は黙ってろ!」

「ですがマルダード様、これ以上は寝具が持ちません」

「うるさいと言っているだろ。執事のケニーはどうした」

「先程も申しましたが、新婚旅行でお暇を頂いております」

「ちっ、あいつも生身の女がいいのか。そんなにいいのか」

「マルダード様、お気を鎮めてください」

「セルクスを呼んでこい」

「無理を申されますな。トゥルマレディを貴方様の正当なきさきとして扱うためには、人と同じように我がジャーマト皇国貴族の格式ある伝統に乗っ取り、披露宴にて宣言しなければなりません」

「言われなくても分かってんだよ。あぁ!」

 悪友に古い娼館へ無理矢理連れられた時は気乗りしのかったが、セルクスを見た時には心臓が止まるほど魅入った。牡丹のように華やかな顔立ち、その茎のように細い身体を女らしく彩る大きな乳房、歩くときは百合の花が揺れるかのごとく気品に満ちた姿に、夢中にならないわけはない。

 娼館主に無理を言って大枚をはたいて買った。他の男に渡す訳にはいかないからだ。主に他の男から同じような申し出があったのかと聞いたら、こう答えた。

「あれの出生を知った途端、旦那様方は尻込みしてしまいまして、ずっとここにおいております」

 そんな出生が何だというのだ、これは俺の運命の人形ひとだ。と主に言った時、主は腰を抜かし、悪友どもは大笑いした。だがそんなことはどうでもいい。念入りな洗浄後、やっと屋敷に連れてきたのだ。

 披露宴のしきたりがこれほど忌々しいと思ったことはない。しばらく会えないことがこれほど永遠に思えるとは。

 不意にノックの音が聞こえた。

 ディアメイドがその人を確認すると、ああご主人様とすがった。

「おい、マルダード。メイドたちを困らせるような真似は慎めと、何度言い聞かせれば分かるんだ」

「お父様、僕は見つけたんだ。運命の人なんだ」

「大体の事は朝食の時に聞かされたよ。お前から、何度も何度もな。まったく、久々に家族揃っての朝食だと言うのに……。この取り乱し様は何だ。貴族として見苦しいぞ」

「お父様、セルクスに会わせてください。一目でいいから!」

「ならぬ! お前は、私と同じ過ちを犯したいのか」

 それを聞いたディアメイドは、身体を一瞬震わせてしまった。そのことに居たたまれなくなり、慌てて部屋を出て行ってしまった。

 マルダードは反論を飲み込み、踵を返した。

「……やれやれ。分かったなら大人しく待っていろ」

 父が出て行く音を聞き終わったマルダードは、床に一拳叩き込んだ。

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