第21話気がかりと結婚と

セルフサービスのその店で、お金を請求されることもなく、三人は飲み物を手に外の席へと座った。あやめは、ずっと考えているようだったが、唐突に言った。

「ねぇ、でも、私が桑田の誘い断って、会社を辞めて、それで調査員だったかもしれないってだけで、あんなに我を忘れるほど怒って追い掛けて来るものなの?あなたの車体は、そのせいでああなってしまったのに。」

人志は顔をしかめた。

「いや、それだけじゃなかったぞ?何かあやめがあいつを陥れたがっていると、誰かが電話して来て言っているのを漏れた声で聴いたな。何でも、あの調査に積極的に参加したんだとかと言うことだった。由香里のダンナに入れ知恵したのもあやめだと…なんでも、同じメーカーの車の繋がりで、由香里のダンナと面識があったからとかなんとか。オレからしたら自業自得だと思ったし、恨みも何もないが、桑田にしたらあれで全部失ったんだから、恨んでもおかしくないかもしれない。」

あやめは息を飲んだ。だから…桑田はあそこまで執拗に追って来たのか。

「…誰がそんなことを。私は何も知らなかったのに。」

星路が言った。

「どういう訳かしらねぇが、そいつが黒幕かもしれねぇぞ?一体誰があやめに恨みを持ってるんだろうな。」

あやめは考えた。別に目立った生き方はして来なかった。誰かに、知らない間に恨まれていたんだろうか…。

「どっちにしても、バカだよ。」人志は言った。「嫁だけでなく、会社まで失うことになっちまった。おとなしく慰謝料払って反省してれば、会社ぐらいは残ったし、普通に生きてまた幸せもあったかもしれないのに。あんな目立つ事件を起こして…世間が忘れて、あいつが留置所から出て来るまでどれだけかかるんだろうな。想像もつかないよ。」

あやめは頷きながら、考えていた。桑田に電話して来た人物。桑田の友達…。

「桑田か、由香里さんに聞くしかないのかしら。」あやめの言葉に、星路と人志は驚いてそちらを見た。「だって、その友達っていうのが黒幕かもしれないでしょう?私を痛めつけて、星路を痛めつけて、何がしたいのかしら。」

星路と人志は顔を見合わせた。確かにそうかもしれないが、桑田にはまだ面会は無理かもしれないし、由香里は田舎へ帰ったんじゃないだろうか。

「…とにかく、それは後だ。」星路が言った。「今日は式を挙げる段取り付けに来たんだろう?また後で考えよう。オレがまた、物ネットワークを駆使して調べてみるよ。」

あやめは頷いた。気になって仕方がない…だが、折角のお休みなのだ。今日は楽しまなきゃ。

「このジュース、美味しいよ?」

あやめは透明の容器の中の、ピンクの液体を振って言う。星路は微笑んだ。人志も頷いた。

「変わった衝撃だな。酸味というものか。」

きっと人志が飲んでいるのは、オレンジジュースだろう。星路はいつもと同じ、アイスコーヒーだった。

「オレはこれがちょうどいい感じなんだ。」

単に慣れたのだろう。毎朝飲んでいるのだから。

あやめは微笑みながら、しばしの休息に肩の荷を下ろした。


そこは、本当に教会だった。

長椅子が真ん中の通路の両脇に並び、正面には段があり、パイプオルガンまであった。ステンドグラスから洩れる陽射しがゆるゆると心地よい。しかし教会にあるはずの、マリア像もキリスト像もそこにはなかった。

三人が歩いて行くと、壇上に居た男性が振り返って微笑んだ。

「やあ、初めまして。私はマイケル、ここの責任者だ。デボラから聞いたよ、星路、あやめ。会えて嬉しい。」

電話かなにかかしら。あやめは驚いた。

「結婚式の予約をしたい。」星路が言った。「いつならいい?」

マイケルは頷いた。

「今すぐにでも。」びっくりしている二人を見て、マイケルは笑った。「今なら空いてるってことだ。反対にそちらはいつがいい?」

星路はあやめを見た。

「オレは今すぐでもいいが…。」

あやめは、マイケルを見た。

「私の父や母も、もう亡くなっているのです。呼びたいなと思うのですが…。」

マイケルは、傍の長椅子を示した。

「座って。」

三人は、ためらいながらもそこに腰掛けた。

「あやめ、君のお父さんとお母さんは別の所に居る。俗にいう、地獄じゃないぞ?こういう世っていうのは、そんな単純に二つに分かれてなんてないんだ。いくつもあって、それぞれの魂のレベルに合わせて場所が決められている。ここは、そこそこ良い魂が来る所。だから、過ごしやすいんだ。中には、過ごすには過酷な場所もある。君のお父さんもお母さんも、同じ場所には居るんだが、ここより少し労働とかを課せられる場所に居るな。まあ、一般的な人が行く場所だ。皆、生きているうちに多かれ少なかれ何か過ちを犯してしまっているものだから。それを犯さなくなって、初めて次の段階へ行く。だから、君と会うにはまだ何回か転生しなきゃならないだろう。しかし、その頃には違う記憶が支配していて、君のことは覚えていないだろうが。」

あやめは、ショックを受けた。私は別に、褒められた人生送ってた訳じゃないのに。ただ、死んだのが早かっただけで…。

「じゃあ…もう二度と?」

マイケルは頷いた。

「あのままのお父さんとお母さんにはもう会えないな。だが、何回か転生を繰り返した後の、魂には会えるかもしれないよ。」

あやめは、涙を流した。そうなの…別々の場所なの…。

星路が、ソッとあやめの肩を抱いた。

「じゃあ、結婚式って言っても、あっちの世みたいなものではないんだな。」

マイケルは頷いた。

「そう。ただ、約束してもらうだけだ。ここに居る長い間、君たちはずっと一緒にお互いを助け合って行くと。稀に別のパートナーを見つけたり、浮気心に負けてしまう者も居るが、そういう魂はここを出されて違う世へと送られる。だからか知らないが、ここで結婚する者は稀なんだ。一緒に住んでいて、お互い想っていてもね。勇気が出ないようだな。私に言わせると、そんなものは本当に気持ちではないと思うけどね。」

最後の方は少し呆れたような声色が混じっていた。星路は、あやめを見た。

「オレは自信あるぞ?あやめ、お前はまだ決心が付かないか?一緒に暮らしてるだけでいいか?お前がそうなら、オレも無理には言わない。一緒に居られたら、オレはそれでいいからな。」

あやめはまだ涙を流しながら言った。

「星路…。私は星路と離れてなんて考えられないの。だから、結婚したいよ?」

星路は、嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、結婚しよう。」と、人志を見た。「客がお前だけってのが寂しいな。」

人志は苦笑した。

「なんだ、いいじゃないか誰も居ないよりは。」

「私も居ますよ。」優しげな、あのシアの声が言った。「マイケル、私はこの二人を祝福します。立ち合いましょう。」

マイケルは、宙を見上げて頭を下げた。

「はい。では、式を。」

天井から、恐らくシアの力なのだろうが、あやめに光が降り注ぎ、姿がウェディングドレス姿に変わった。あやめは目を見張った…これは、雑誌とかで見ては、着てみたいと憧れたドレスだ。シア、私の心が見えるんだ。

「あやめ…オレの感覚がおかしいのかもしれないが、すごく綺麗に見える。」

あやめは笑った。

「一生に一度なのよ?綺麗って言われたほうが嬉しいわ。憧れてたの、このドレスに。」

星路は、マイケルに促されて、あやめの手を取った。そして壇上へ上がると、マイケルが問うた。

「ここでは神に誓うとかではない。ただ、お互いに誓い合って欲しい。これから、こちらで過ごしている間、共にお互いだけを見てお互いを助け、信頼し合って行くということを。」

「誓う。」星路は言った。「出来る限り長い間、オレはあやめと共に歩いて行く。」

あやめは、星路を見上げた。

「私も誓います。これからずっと、星路と一緒に助け合って過ごして行くことを。」

マイケルは微笑んだ。

「では、二人を夫婦と認め、ここに登録致します。」

シアの声が、嬉しそうに言った。

「おめでとう、星路、あやめ。いろいろと大変だと思うけれど、私も力添えします。頑張ってね。」

人志が星路の肩を叩いた。

「すごいことだぞ。」人志は自分のことのように嬉しそうだった。「ロードスターだったお前が、こうして人と結婚するなんて。オレも、負けちゃいられないなあ。」

星路は笑った。

「お前も見つかるだろうよ。その時は、オレ達が参列してやるよ。」

「ああ、写メ撮りたいな。」あやめは言った。「待ち受けにするの。結婚式の写真が一枚も無いなんて寂しいじゃない。」

マイケルが笑った。

「じゃあ、私が撮りましょう。」

あやめは喜んで自分のスマートフォンを渡した。圏外で通じないが、写真ぐらいは撮れるはず。

「はい、笑って。」

星路が緊張した顔をした。あやめはそんな星路を見て、そっとその手を握った。星路はそれに気付くと、フッと笑った。

シャッター音が連続して鳴っている。マイケルは連写にしているようだ。あやめは返されたスマホのデータをチェックして、きちんと写っているのを確認して、それを抱きしめた。星路…これで、一緒に写ってる写真が出来た。これからは、ずっと一緒…。

教会から出ると、たくさんの人たちが集まっていて、二人を迎えてくれた。結婚式が珍しいのだ。それだけ滅多にないことなのだろう。

皆に祝福の言葉を掛けられながら、その見知らぬ人達に感謝の笑顔を向けて、星路とあやめは自分達の家へと向かったのだった。

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