第20話黒幕

星路とあやめは、人志の家を訪ねた。人志はそれは喜んで、今は友達もたくさん出来て来たのだと言って、人ライフを楽しんでいるかのようだった。

「街を、案内して欲しいんだ。」星路は人志に言った。「オレ達、結婚式を挙げる場所を探そうと思ってる。それで、街へ行こうとなったんだ。」

人志は驚いたような顔をしたが、すぐに満面の笑みになって言った。

「それはめでたいな。オレにも、それがいいことだってことは分かってるぞ。ただ、一度結婚したら別の女や男とくっついたりしたらまずいことになるから、そこは注意しろよ。」

星路は真剣に頷いた。

「それは嫌になるほど知ってる。大丈夫だ。」

そして、あやめと星路は、人志について、歩いて街へと向かった。


よく考えたら、ナビどころか地図も無いのでこの辺りの地形すら把握していなかった。星路達が住んでいる場所は、小高い丘にある森の中だった。しばらく歩くと森を抜けて、眼下に街を臨む丘に出るのだ。

あやめは、その街を見て感嘆の声を上げた。

「まあ、すごいわ!見て、レンガ造りの家がたくさん!まるで外国の街並みを見るようよ。」

人志は頷いた。

「あれは人の街だからな。車はもっと北」と丘の上から北の方角を指した。「あっちにあるらしい。何でも全天候型のサーキットなんかもあって、ガレージは皆屋根付きだし、暮らしやすいらしいよ。車好きの人はあっちで暮らしてるんだってさ。」

あやめは、星路を見て笑った。

「私、あっちでもよかったかも。」

星路は顔をしかめた。

「結婚出来ねぇけど?」

あやめは声を立てて笑った。

「もう、冗談よ。今がいいの。楽しいもの。幸せ。」

星路は、あやめがウキウキと嬉しそうなのでつられて微笑んだ。あやめが笑っていると、オレも嬉しい。

「さ、もう少しだ。行こう。」

人志が二人を促す。二人は、街に向かって降りて行った。

人志が、最初に行ったのは、街の入り口にある案内所と言う所だった。

「ここで、何でも教えてくれるんだ。便利なんで、オレはいつもここで聞いてる。」と、受付の女性に話し掛けた。「やあ。今日は、初めて来た友達の探し物についてなんだけど。」

女性は、視線を二人に向けた。そしてしばらく見ていたと思うと、パアッと明るい顔をした。

「まあ、とても世のためになることをしているのね。」

星路はびっくりした。どうして見ただけで分かる。

それは、あやめも思ったようだった。

「あの…どうして分かるのですか?」

「デボラよ。」相手は握手を求めて手を差し出した。あやめが手を握り返すと、答えた。「私はこの能力を与えられて、皆のためにここで道を示す仕事をしているの。ここでは、どう世の役に立っているかで物を買う権利とか、何かを使う権利とかを獲得することが出来るシステムなの。あなた達は、つまりここではとてもお金持ちってことよね。お金とは違うんだけど。目に見えないものだから。」

あやめは仰天した。今までやったことって、人志をこっちへ連れて来たことと、デミーちゃんと由香里さんを会わせたことぐらいなのに。

デボラはふふと笑った。

「まだ、わからないわね。そのうちに分かるわ。ここでは念じれば何でも出て来るから、物を買う必要ないとか思ってない?でも、出ない人も居るのよ?驚いた?」

あやめは本当に驚いた。ぱっぱ出て来てるのに?

「知りませんでした。何でも出て来るから…。」

デボラは頷いた。

「それはね、あなた達だからなのよ。何を出しても使い切ることがない権利があるから。でも、普通の人ならそうはいかないわ。ちゃんと考えて使わないと、月末には何も出なくなっちゃう。」

そんなシステムだったなんて。もっと考えて物を出そう。

星路が、焦れたように言った。

「それで、オレ達は式を挙げたいんだが。ここに場所はあるのか?」

デボラは、傍の大きなファイルを手にした。

「ええ。教会みたいな形をしたものがあるわ。神って概念がここには無いから、とにかくそこの責任者に結婚しますって誓うぐらいかな。でも、向こうの世と違って、違うパートナーに簡単に変えたり出来ないわよ?大丈夫?」

星路はため息を付いた。

「なんだかさっきから同じことばっか聞かれてるんだけど。オレはあやめ以外なんか考えられねぇよ。だいたい、なんで人になったと思ってるんでぇ。」

デボラはプッと噴き出すと、笑った。

「ごめんなさい、軽い気持ちの人が居るからなのよ。一応聞いただけ。じゃ、見て。」と、地図らしきものを見せた。「ここの通りを右に行って、メインストリートに入って左側にあるわ。そこで予約して、その日に式ってことで。」

あやめはあまりに軽いノリなので、本当に大丈夫なのだろうかと思ったが、そこしかないのだから行くしかないだろう。

あやめは頷いた。

「ありがとう。行ってみます。」

デボラは微笑んだ。

「また、何でも聞きに来てね。」

三人はそこを出て、その教会もどきの場所へと向かった。


街は、皆同じ色のレンガ作りの、外国のような街並みだった。そこを、人々が笑いながら行き来している。食べ物の店なども見え、あやめはウキウキした。まるで外国へ旅行に来たみたい…。

人志が言った。

「いい街だろう、ここは?」人志は回りを見回した。「オレは毎日来てるんだ。そのうちに飲み屋なんかにも行くようになって、そこで知り合いもたくさん出来た。よくオレのオーナーだった桑田が、カウンターのあるバーで飲んでたんだ…オレのマスターキーは、いつもカウンターの上に置いていた。だから、知ってたんだがな。」

桑田は女好きだったが、酒も好きだった。それは、あやめは知っていた。

「あの人、本当に人生好き勝手やってたわよね。私も、よくあの人の下で長く働いていたと思うわ。」

人志は、ちょっと黙ったが、歩きながら言った。

「あいつもな、悪いヤツじゃなかった。」あやめが驚いて人志を見た。あんな目に合わされたのに。「最後は狂ってたかも知れないなあ。だが、本当は弱いヤツだったんだよ。人の意見にはすぐに流されるし。寂しがり屋でな。嫁とはすぐにうまく行かなくなって、本当に自分を好きで傍に居てくれる女ってのを探してるって、いつも言っていた。だから、女好きと言っていたが、寂しかったんだと思う。誰かに大事にされたかったんだ。あやめに嫌味を言って辞めさせようとしたのだって、あいつの友達に言われたからなんだぞ?あいつは自分の考えってのを、持ってなかったんだ。」

あやめは、人志を見た。

「え、何を言われたの?」

人志は、遠い目をした。思い出しているようだ。

「カウンターで並んで座って飲んでる時だった。オレのキーはいつものようにカウンターの上に置かれていた。」と、見上げるようなしぐさをした。いつも、そうしていたんだろう。「いつものように、あやめが相手にしてくれないと愚痴っていたのさ。その時、相手の男が、そんな事務員辞めさせて、他に誰か雇ったらどうだ?どうせ契約社員だろう。ほら、この間の同窓会で会ったあいつ、今専業主婦だって言ってたけど、どうやらダンナとうまく行っていなくて、金を稼ぎたいらしいから…ってな。」

あやめは、頭の中を整理した。じゃあ、それが由香里さんなのね。

「それが、由香里さんだったんだ。」

人志は頷いた。

「そう。酒の席だけの話かと思っていたら、本当に相手は由香里さんに話しを付けたらしい。桑田は悩んでいたよ…契約を切るには、あやめは役に立っていたからね。それで、ストレートに言えずに、あんな嫌味な言い方になったんだ。」

あやめは、立ち止まった。

「でも、それじゃあどうして桑田は由香里さんを雇わなかったの?」

人志は同じように立ち止まって言った。

「いやあ、あの桑田の友達は役に立つとか言ってたんだが、由香里さんはパソコンが出来なくてね。事務は無理だった。経理事務だから、間違うと困るしさ。だが、由香里は美人だったし、桑田はあんな方法で手に入れようとしたんだな。思えばバカなんだが。あのせいで人生がああなっちまったんだから。」

気が付くと、通りの真ん中で立ち止まっていた。じっと黙っていた星路が、諦め顔でため息を付いた。

「まったく…仕方がねぇな。話したいなら、そこの喫茶店にでも入ろうや。ここで棒立ちになってたらおかしいだろうが。」

あやめはハッとして、星路に言われるままそこへと入って行った。

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