第19話襲撃

目の前が真っ白になったかと思うと、あの空間についていた。

しかし、今までと様相が違う。前までは何もない真っ白な空間だったのに、ここは薄暗く何だか不安を感じさせるような空間だった。

馬乗りになっていた男は、必死に回りを見回している。そりゃあ、驚くだろう。さっきまで、狭い平屋に居たのに、急にこんな何も無い空間に放り出されたのだ。

「一緒に死んでくれるんでしょう?ここで、私と暮らす?ふふ。」

わざと静かに言うと、相手は怯えたような目であやめを見た。そして、あやめを勢いよく押して突き放した。あやめは、じりじりとにじり寄った。

「どうしたの?潜んでいてくれるほど私が好きなんでしょう?一緒に死んでくれるんでしょう?」

相手の目は、恐怖に見開かれた。きっと、物凄く怖い顔に見えているんだろうな。あやめは相手を見た。

「悪魔なんでしょう?悪魔の車に乗るのは悪魔でしかないでしょう?」

相手は、言葉を詰まらせながら、言った。

「何の話だ?!悪魔って何だ?!オレは金を貰ってやってただけだ!」

あやめは、ピタと止まった。金を貰って?

「ちょっと待って。あなたがしたのって何?」

「昨日…昨日の落書きと、今日のこれだ!」

あやめは戦慄した。では、他に黒幕が居るというの。前日の張り紙…机の中のカミソリ入りの手紙…。

では、白いカローラの男が残ってるんだ…。

「誰に頼まれたの?!」

あやめが厳しい顔で言うと、相手は腰を抜かしたまま後ろへ退いた。

「分からない。ネットの裏サイトで募集してた仕事なんだ。三分の一振り込んで、あとの残りは成功した後に振り込まれる。破格に良かったから、ついやってしまっただけなんだ!」

あやめは黙り込んだ。もしかして、これはただの嫌がらせとかではないのではないか。もっと何か…他に目的があるのでは…。

あやめは男に、ずいと近づいた。相手は情けない声を出して後ろへ下がった。

「あなた、このままここで居たらそのうち死ぬわ。中身が抜けたままの体って、そう長く生きられないそうよ。ちなみに私、もう死んでるの。だから、こっちとあっちを行ったり来たりしているのよ。それから、このまま死んだらあなた、いい所に行けないわ。他の人と来た時はもっと白くって明るかったのに、こんな薄暗い不安な空間初めて。今まで良いことしてないでしょう。分かる?帰って生きるなら、生き方変えた方がいいわよ。」

相手は絶句している。いきなりこんなことを言われても、消化し切れないだろう。

あやめは、ため息を付いた。

「じゃ、戻ろうか。あなた、自首しなさいよ。それが嫌なら、またこっちへ連れて来るわ。いつでもすぐ連れて来れるからいいけど。どうするの?嫌なら、置いて帰る。」

男は黙っている。あやめは踵を返した。

「いい加減にしてよね。私のダンナ様を待たせてるんだから。じゃあ、とりあえず置いて帰るわ。」

あやめがそう言って後ろを向くと、相手は慌ててあやめの足元に這って来た。

「頼む!連れて帰ってくれ。こんなところに置いて行かないでくれ!」

「あなたね、私に頼める立場じゃないのよ。わかってるの?まあいいわ。」と相手の顔を見てフフと不敵に笑った。「顔は覚えたわよ。自首しないで逃げようとしても、私はここからあなたの所へパッと飛んで行ける。約束を守らないと、今度はここへあなただけ飛ばして処分するわよ。」

あやめは、わざと処分という言葉を使った。相手は、必死な様子で頷いた。腰が抜けて立てないようだ。あやめはため息を付くと、汚いものでも見るような目で相手を見て、その腕に指一本触れ、男を連れて元の家へと戻った。


「あやめちゃんの気配が戻った!」ずっと家の中をうかがっていたプリウスが叫んだ。「やっぱり殺されたんじゃなくてあっちの世界へ行ってたんだ!」

回りの車達が安堵したようにため息を付いた。

「すぐに星路に知らせを!」

「任せて!僕がやる!」と、エルグランドの横の自転車が言った。「パソコンの電源入ったんだ。送ってもらうから!」

つくづく窓際のパソコンは便利だ。プリウスはホッとした。そこへ、パトカーが到着した。何事かと見ていると、パトカーは言った。

「あやめが危機と聞いて。反則なんだけど、ここから無言電話が入った信号を入れてもらったんだ。あやめは被害届けも出してたから、すぐに警官も出てくれたよ。」

プリウスは安堵した。

「よかった。中に引きずり込まれて…みんな心配してたんだ。」

警官が、戸が開け放されたままの家に踏み込んだ。

「矢井田さん。110番しましたか?」

あやめの元気そうな声が中からした。

「お巡りさん!早く、私を襲った犯人が居るんです!」

二人の警官は、頷き合い、肩から掛けている無線で連絡した。

「襲われたと言っています。二人で中に入ります。応援をお願いします。」

二人は一気に声のした方へ入って行った。

中では、腰の抜けた男と、あやめがいた。

「この人、私に驚いて立てないんです。失礼な事なんですけど。」

警官は、どうして腰を抜かしてるのか、ためらいがちにその男の手に手錠をはめた。男はおとなしく従っている。あちこちからパトカーのサイレンが聞こえ始めて、家の前はえらいことになり、あちこちの家から皆が出て来て見ている。あやめは面倒だった…また星路の所に行くのが遅れるじゃないの。

そして再び事情聴取に警察署なのだった。

離れた所から、その様子をうかがう男が舌打ちをして去った事には人も物も気付かなかった。


星路がその知らせを聞いたのは、物ネットワークより早くパソコンからだった。無事だったか…あやめなら、やると思った。

星路がホッとしていると、目の前を通り過ぎるパトカー達が口々に叫びながら行った。

「星路!あやめは大丈夫、オレ達が守ってるから!」

「セレナが叫びながら通り過ぎるのを見て、仲間が110番通報があったように偽装したんだ!」

「先に着いてる仲間から、あやめは元気だと知らせて来たぞ!」

三台がそうやって走り抜けて行き、角をあやめの家の方へ左に曲がって入って行く。星路は安堵していた。あいつらが居てくれるなら、きっとあやめは大丈夫だ。

あやめから、いつもならマスターキーで話し掛けて来るのに何の声もない。恐らく、警官と一緒なので話せないのだろう。いつもはポケットに入れて握っているキーも、きっと鞄に入れているのだろう、全く向こうの様子がうかがえなかった。

星路は、ただあやめからの連絡を待ったのだった。


やっとあやめが解放されたのは、もう日付が変わろうかという時間帯だった。

パトカーで家の前まで送り届けられて、あやめは力を抜いた。でも、まだ黒幕が残っている。自分は案外とあっちの世界があるので、大丈夫だと分かった。だが、今回の事が失敗したことは黒幕だって知っているはず。次は、何を仕掛けて来るか分からない…。

早く、星路をここに取り返さなくては。

例によって、早く返して欲しいと頼んで来たので、メカニック達は頑張ってくれているはず。というか、あれは板金屋さんのがんばりに掛かってるんだっけ。

あやめは、マスターキーから話すよりも早く姿が見たいと、家に駆けこむと、急いで玉に念じてあっちの世界へ行き、星路の所まで飛んだ。

星路は、ボンネットの真ん中が少し剥げた状態で停まっていた。

「星路…明日塗装?」

星路は驚いたような声を上げた。

「あやめ!待ってたんだ、無事で良かった…。」

星路は、ホッとすると同時に涙が出そうだった。だが、今の自分の体には涙腺はない。

「え、知っていたの?」

「あっちこっちから知らせて来てな。」そうだった。物ネットワークがあるんだった。あやめが思っていると、星路は急かすように言った。「もう充分だ。あっちへ行こう。体はここに置いとけば、皆がいいようにしてくれるさ。オレはそれより、あっちに行ってゆっくりしたい。」

あやめは頷いた。

「それは、私も同じ気持ち。事の次第を話すわね。今、警察で散々聞かれて来たばっかりだけど。」と、玉を出した。「じゃあね、デミーちゃん。私達、明日明後日ってお休みだから、あっちに行ってるわ。」

デミオは嬉しそうにした。

「僕の納車がもうすぐなんだ。でも、家が近いもんね。」

あやめは微笑んだ。

「そうね。じゃあ、また。」

あやめの姿は消えた。それと同時に星路の気配が去り、デミオは感心したように一人呟いた。

「すごいなあ…。あっちの世界って面白いよなあ…。」

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