第8話 文明活動の必要条件が分かる

(文明論の効用 その3)


 また、文明発展のサイクルを知ると、3つの文明活動の発展に必要な条件も分かります。それは、変化のもとになる『ひとつ前の文明活動』と、そこからの移行を助ける『環境条件』です。


 第一に、科学・技術がなければ経済・社会活動は変われません。農耕段階の文明では、自動車やパソコンをつかった、豊かで便利な暮らしははできません。


 第二に、技術があっても材料・エネルギー資源が入手できず、それを物的資源に具現化できないと、現実の経済・社会活動は持続できません。第二次大戦における日本の大きな敗因のひとつが、それでした(すみません、例えが良くないかもしれませんがミリオタなので……)。


 第三に、経済・社会が豊かにならないと、制度・政策は変われません。高校時代の先生が、『古代民主政といっても農業時代の農作業は重労働だったので、政治など考える余裕のある人は少なく、多くの奴隷に依存するなど限定的なものだった』と話していたのが印象に残っています。


 第四に、経済・社会活動が豊かになっても、それを維持する能力や、享受する資格のある人的資源を育成・確保できなければ、それを持続できるような制度・政策を実現することはできません。かつてのドイツの失敗の原因が、それだったと思います。先進的なワイマール憲法があったにも関わらず、好戦的なナチスが支持を伸ばしてしまい、経済を好転させたものの、結局は侵略戦争やホロコーストに走ってしまいました。なぜかと思い調べてみると、当時のドイツは政治抗争で流血沙汰が頻発したり、異民族排斥の風土があったり、実際にはまだ民度が低かったようなのです(敗戦のおかげでそうした人々が淘汰され、その後さらなる繁栄を得られたのだとしたら、それはそれでまた恐ろしいことだと思うのですが……)。


 第五に、一定の文明水準に到達しても、国家の政策や、それを動かし、支える人々の価値観が新技術を開発・普及させてゆかないと、さらなる技術革新はできません。巨大科学ビッグ・サイエンスともいわれるように、現代の先進的な科学・技術は個人の力で研究・開発することは難しく、国家政策はもとより、企業戦略も含めた社会的な意思決定により、多くの予算や設備・人員を適切に活用することが必要となるからです。


 大戦後における、アメリカ発展の理由がそれです。同国はアポロ計画という国家的な開発計画を通じ、ロケット工学による工業時代の体外エネルギー利用技術を発展させました。また、その計画において同時に、電脳工学やシステム工学、新素材工学などによる、情報時代の体外情報処理技術や、新技術の開発と活用に必要な、社会工学的技術を含む周辺技術も開発することに成功しました。重要なのは、当時の国際情勢のもとで軍事名目の国家予算を投じて様々な技術を開発しながらも、その後技術を可能な限り民生用に転用・活用したり、同時進行で次世代の新技術も開発したりしていたことだと思います。


 『必要は発明の母』と言われますが、国家や企業が社会の需要をくみ上げ、あるいは先取りして、人的・物的資源や資金を適切に投資し、民意もそれを健全に点検チェックしながら、次に必要となる技術を開発・普及できる文明が、繁栄していくのではないでしょうか。


 第六に、技術政策を推進するときは、必要な資源の産出や環境破壊の有無、周辺諸国からの支援、(政策を支える価値観と重なる部分もありますが)既存の社会的な利害関係や伝統・因習など、自然・社会環境への配慮も必要です。


 イギリスで最初に産業革命が起きた理由には、初めインドから輸入していた綿織物キャラコへの需要と、商工業や科学を否定しないプロテスタントや科学革命による合理主義的精神、石炭や鉄鉱の産出、水資源の豊かさ、資本や市場を生み出す植民地の存在といった自然・社会環境がありました。


 日本の工業・情報技術が発達した理由としては、我々自身の努力はもちろんですが、アジアの重要友好国、日本に対するアメリカの支援も大きかったと思います。


 例えば近年における我国の原子力政策についても、冷戦時代の核兵器生産を巡る国際環境やその変化、特に米国の政策変更や、東日本大震災以後に判明した新たな地質学的知見、原子力産業が国防とも関わる大事業であることなどが、NHKのドキュメンタリーなどでも公開されつつあります。


 今や世界は、我等日本人が最もよく知る、江戸時代の前夜化しつつある観もあります。大阪の陣や赤穂事件のような危険も残るものの、基本的には刀狩りや武家諸法度のもとで自藩の繁栄を図った時代です。原子力技術を推進するにせよ、今は他分野に重心を移行シフトするにせよ、これまではあえて語られなかった事実にも配慮した、率直な議論の喚起かんきや政策の再検討が図られているのかもしれません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る