第7話 見舞い

 事情聴取を終えた望が躑躅ヶ咲警察署つつじがさきけいさつしょを出て大きく深呼吸をすると、うっすら東の空が白み始めている事に気がついた。


ーーおふくろの葬式に戻らなきゃな……

 疲労はピークに達していたが、今日は母の葬式で喪主である自分が欠席する訳にもいかない。電話で事情を聞いていた未来は疲れた顔した兄が戻って来ると、少し休む様に言った。


「ああ、時間になったら起こしてくれ」


 それだけ言うと望は部屋に戻り布団に倒れこんだ。しかし疲れてはいるがとても眠れそうに無い


ーー全くどれだけ選択肢を間違えたらこんな目にあうんだ。それにあの男助かるんだろうか?

 あの男が望に会いに来ていた権藤とは知る由も無かった。おふくろを亡くした今、望にとって見ず知らずの他人とはいえ自分の助けた男がせめて生き延びる事を願わずにはいられなかった。


◇ ◇ ◇ 


 少しずつ回復しつつある有能な参謀未来の多大なサポートを受けながらではあるが、母の葬儀をなんとか終え無事に初七日も済ませて、明日は仕事に帰るというある日の早朝。

パジャマ代わりのジャージを着替えもせず、居間でゴロゴロしていた望はぼんやりあの男の事を思い出していた。


ーーそういえばあの男……生きているのかな? お見舞いに行くか? う~ん、しかし余計なお世話かもしれないし、死んでたら気まずいしな~

 例によって望がお得意の優柔不断の思考迷路で勝手に迷っていると


「お兄ちゃん、お見舞いに行かなくていいの?」


 掃除機をかけている未来が、望に掃除機のノズルをガシガシぶつけながら聞いた。


「え?」

「え? じゃなくて。お兄ちゃんが助けた人の事、心配じゃないの?」


ガシガシ


「い、痛ッ。いや、それは心配だけど……」

「心配ならお見舞いに行けばいいじゃない」


ガシガシ……ガシガシガシ


「ちょ、痛て! 簡単に言うけど、相手の都合とかあるだろ。それにお見舞いに行って”ん? あなた誰?”みたいな雰囲気、醸(かも)し出されてみろ、なんて言うか……あれじゃないか!」

「何バカな事言ってんの。くだらない事でウジウジするぐらいならさっさと行ってきなさいよ」

「ウジウジって、未来! 兄にむかって……」

「はいはい、そんな事だから再婚も出来ないの。掃除の邪魔だから夕方まで帰って来ないでね」


 かっての参謀に追い出された望は、行くとも決心出来ぬままとりあえず着替えて車に乗り込んだ。そしていじけていた。


ーーくっそ~未来の奴! まだ行くとも言ってないのに。だいたい俺が再婚したいとかいつ言った。それに再婚できないんじゃなくて、俺は独身が気軽だから……

 

 庭の手入れの為に外に出た未来がガレージの望の車に気づく。


「まだいたの? 言い忘れてたけど帰りにお味噌買ってきてね。赤味噌じゃなくて白味噌よ」


 望は無言で車のキーを回した。

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