第6話 交差

 寝静まった深夜の街道を走る一台の車。

車の持ち主は権藤であった。望達がいるのは隣町で、そこを目指して権藤は車を走らせていた。赤の点滅信号をスピードを緩めるでもなく突っ切るその車は、車体の色が黒である事もあいまって傍目からみても危なっかしい運転であった。


「多分あいつらはまだあのババァの家にいるはずだ。そこでケリつけてやる」


 過去の経験から権藤の金に対する執着は凄まじく、そこから生まれる行動力こそが権藤の金貸しとしての原点でもあった。その情熱を他に向ける事が出来れば、中堅企業の部長クラス程度には登りつめる事も難しくはなかっただろう。


「……タバコはどこだ? 背広のポケットにも……無いな」


 ここまで無心で車を走らせて来て、ふいにタバコを吸っていなかった事に気づいた権藤はタバコを探して左手をハンドルから離した。


「ちっ、事務所に忘れたか。確かダッシュボードにストックが……」


 視線をフロントガラスから外しダッシュボードに移した瞬間、不意に下りのカーブの存在に気づき権藤は慌ててブレーキを踏んだ。後ろのタイヤがスリップし車が操作不能になった事は一瞬で理解できたが、だからと言って目前に迫るガードレールが消えてくれる訳でも無かった。大きな衝撃と供に首に焼ける様な熱さを感じた権藤はそのまま意識を失った。


◇ ◇ ◇


 その頃二又瀬家は通夜の参列者もひと段落し、朝から食事もしてなかった望は未来にしばらく留守を頼み、近くにあった二四時間スーパーへ買出しに来ていた。しかし運悪く改装工事で閉まっていた為、しかたなく町外れにあるコンビニに向かった。


ーーまた選択ミスか、ついてないな。未来がわかればこんな苦労しなくて済むのに。

 ここのところ続く非日常に、少し愚痴っぽくなった望はそんな事をぼんやり考えながら車を走らせた。


ーー確かこの道を使った方が早かったかな?

 車のナビでは選択しない程の小さな小道へ望はハンドルをきり、小道から少し進んで開けた道路に出る緩やかな登りのカーブの半ばにそれはあった。


ーー何だあれは?

 望は目を疑った。あるはずの無い位置に一台の車の様な物が有り、無機質なハザードランプの点滅がまるで望に所在を知らせているかの様にも見えた。

一瞬、望は躊躇(ためら)った。

おふくろの通夜の最中で未来に留守を頼んでいるものの、ほんの買出し程度のつもりが計算外とはいえここまで遠出してきたのだ。ここでこの事故に関わったらどれほど時間をとられるかわからない。


ーーけどやはり見過ごせない。警察や救急に連絡してこの場を立ち去る事も出来るが……今俺が出来る事で助かる命があるかもしれないじゃないか。

 そう望は決断し、車を降りた。

望の車のライトに照らされた現場は想像以上に酷く混乱していて、とても生存者がいるとは思えなかった。車を降りて直ぐに警察へ連絡はしているが、現場は少し入り組んだ場所にありまして深夜だ。優秀な日本の警察や救急でも到着まで少し時間がかかるだろう。


ーーやっぱり無理だ……車の中を見るのが怖い。後は警察に任せた方が……それに映画みたいにガソリンに引火して爆発とかしたら俺も巻き添えじゃないか。わざわざ俺がそんな危ない橋を渡る必要なんて無いんだ。ここは警察にまかせて俺は帰ろう。

 そう決心したその時


「助けてくれ……」


 微かだが、確かに望には確信が持てる程の声が聞こえた。


「お~い! 大丈夫か!」半ばやけくそで、そう叫びながら望はかけよった。運転席らしき場所に向かうと、フロントガラスを突き破った木の枝が喉に突き刺さり、大量に出血している男の姿が見えた。


「え……これで生きてんの……嘘だろ? でも確かに助けてくれって……しゃべったのか?」


男は運転席でピクリとも動かず、さっきの確信が無ければとても生きてるとは思えなかった。


「おい、大丈夫か!」望は気を取り直して男に声をかけたが、やはり返事はなかった。おそるおそる手首を取るとほんの微かだが脈はある。望は考える事を諦め、助けが来るまでひたすら男に声をかけ続けた。

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