第5話 権藤 昭雄

ーーあのガキ、調子こきやがって。きっちり追い込んだるからな。貸した金も絶対に回収してやる。しかしあのババァもめんどくさい時にくたばりやがって。

……本当にくたばったんか? あのガキがふかしとる可能性もあるしな。とりあえず、いっぺん乗り込むか。


 権藤は通常の消費者金融では無く、押し貸し等を主とするいわゆるヤミ金である。通常の消費者金融であれば、債権者が死亡すれば保険で賄うなど手段があるので無理に取り立てる事はあまり無い。

しかし権藤の様なヤミ金にはもちろん法の庇護は無く、回収出来なければ丸損である。

望の母はプライドが高く、そういう人間は周囲に借金がばれる事を非常に警戒するので少し脅せばいくらでも金を出す。いわば権藤にとっての金づるであった。


 権藤は元々人を騙したりする様なタイプでは無くむしろ騙される側の人間であった。

高校を卒業して小さな工場に就職が決まり必死に働いたが、コミュニケーションが苦手で工場でも浮いている存在だった。工場の機器や伝票のトラブルを権藤のせいにされる事もしばしばで、不器用故に反論する事も出来なかった。

毎日が憂鬱で逃げ出したかったが辞める勇気も持てず、毎日をただ消化する様に生きていた。

ある時工場でたまに話しかけてくる同僚に金を無心された。何度か断ったが、すがる様な目つきに断りきれず、ついつい家賃にあてる筈の金を二週間という約束で貸してしまった。しかし期限がきても一向に返す素振りも無く大家からの催促の言葉も厳しさを増してきた為、同僚に返済の期限が過ぎている事を遠まわしに伝えた。


「そんな金を借りた覚え無いな~。何か証拠でもあるのか?」


 作業着のホコリを振り払う様な仕草と供に同僚は言い放った。友人と思い口約束でしかなかったのは、今更取り返せない過ちだった。

想像もしてなかった返答に立ちすくむ権藤を、汚い物でも見る様に一瞥いちべつした同僚はその場を立ち去ろうとした。

我に返った権藤は必死に返済を求めたが、同僚は知らぬ存ぜぬを押し通すつもりらしく権藤にまともに取り合わない。尚もしつこく食いさがる権藤に業を煮やした同僚は、権藤を両手で突き飛ばして転倒させると、腹を踏み付けて言い放った。


「しつけーな。だから証拠はあんのかって聞いてんだろが! 証拠もねーのに言いがかりつけてんじゃねーぞ!」


 言葉の後、権藤の記憶はない。

次に気がついた時権藤の手に襟首を掴まれ、血にまみれた同僚の顔があった。


「助けて。もう許して。お金は返すから」


この三つを壊れたスピーカーの様に繰り返す同僚に気がついた時、権藤の中で確信が生まれた。


”この世は金と力だ”

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