第4話 後悔

 翌日の通夜や葬儀の手配等を済ませて、望がかってのマイホームに帰って来たのは二十二時をまわった頃であった。

普段であればこういった事は全て未来が担当するのだが、今回に限ってはその有能な仕切り屋未来が全く当てに出来ない為、望が孤軍奮闘せざるを得なかった。


 決して母の傍を離れない未来の為に病院から母を引き取り未来を伴っての帰宅であった。


「お母さんまるで眠ってるみたい」

「そうだね」


 眠っている様な、だが二度と目を覚ます事の無い母を前に望と未来が言葉を交わし、少しだけ未来が微笑んだ気がした。


「……三人揃うのは今年のお正月以来だね」

「そうだな」

「いつも通り、行く年来る年見て、お母さんが作ったかまぼこ入りの年越しそば食べて、朝起きたら御屠蘇(おとそ)飲んで、少しお餅が溶けかけたお雑煮食べて……」

「食べる事ばっかじゃないか」

「うん、だってお母さんが作った物なら何でも美味しかったよ」

「……そうだな」


 望や未来が小さかった頃、母子家庭だった二階堂家は母が仕事から帰ると真っ先にする事は、食べ盛りだった子供達の為に夕食の準備をする事であった。


「御節(おせち)だって普通のお味噌汁だって、お腹すかせた私達の為に帰ってきたら直ぐに、ちゃちゃって冷蔵庫の中の物で有り合わせて作ってくれた物だって、それがすごく美味しくて……お母さん……」


 母はいつでも忙しそうで、それでも美味しいご飯をいつでもたくさん食べさせてくれた。早くに父親を亡くし女手一つで自分達を育ててくれた母は、お腹いっぱいご飯を食べさせる事で父親の居ない子供達が不自由に感じる事が無いように必死だったのではないのか? その想いが強すぎて、だからこんな事……。


「望、未来お腹すいたでしょ、遅くなってごめんね」


 その言葉が何度も望の中で追懐リフレインした。



「お兄ちゃんあのね……今日、私夢を見たの」

「…………。」

「お母さんが自殺……する夢を見たの」

「未来……」

「私が……私が、仕事なんか放り出してお母さんに会いに行ってればこんな事に……」

「未来のせいじゃない、夢なんてただの偶然だ」


 かって未来によって命を救われた望はあえて予知夢を否定した。これ以上未来を苦しめない為に。そして自分自身もこれ以上暗い後悔の雫に囚われない為に今の望が出来る精一杯の事であった。


「お兄ちゃんだって知ってるでしょ、私は予知夢があるって!」

「非科学的だ。未来、そんな物で人の運命は決まらない」

「ふふ、お兄ちゃんが嘘つく時に絶対に目を合わせない癖、変わらないね」


 望が目をあわさない様に反論しかけた時、不意に望の携帯電話の着信音が二人の会話を遮った。

電話の相手は権藤という金貸しからのもので、母が金を借りていたヤミ金であった。母と連絡がつかない事、返済期限が過ぎている事を口早にまくし立て、保証人になっている望に立て替えたもらいたいというのが電話の内容であった。無論、望は保証人なった覚えなど無く、母が勝手に名義を使用していただけであった。


「保証人になった覚えはありまはせん。それに母は死にました。」


 あえて事実だけを淡々と伝えた。さすがに権藤も少し驚いた様だが、一瞬の沈黙の後簡単にお悔やみを述べると尚も借金の肩代わりを執拗に望に求めた。権藤にしてみれば金を貸した当事者が死んだ以上、例え非合法であっても保証人に払ってもらうしかなかった。


「さっきも言いましたが、保証人になった覚えはありません」

「あ? こっちはてめぇの名前と印鑑ついた証文もあるんや。職場と自宅もわかってるからな。なんなら今から乗り込んでもええんやぞ!」


 権藤の言葉使いが急に変わり、何やら関西弁的なものまで混じり始めた。


「今はそれどころでは無いので失礼します。それと保証人にもなっていませんので、私がお支払いする事はありません」


 努めて冷静にそう言うと望は通話を打ち切り、携帯電話の電源もおとした。背中に冷や汗を大量にかいているのがわかる。


「お兄ちゃんまさか保証人になったの!?」

「そんな筈ないだろ。こういった輩から脅されるのも一度や二度じゃないだけさ」


 望にとっては思い出したくもない過去だった。


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