エピソード3 シェイン編 「『回転寿司のウラシマ』へようこそ〜」

「それではご武運を。」

ペコリと頭を下げ、私達を送ってくれたカメさん達が海に帰っていきます。


つぶらな瞳に似合わず、爬虫類の特徴を多分に残す、硬質の鱗に覆われた手足。優美なカーブを描くくちばしと美しい幾何学模様を刻んだ甲羅。

短い尻尾は緊張感をもって左右に揺れています。

重量感のある甲羅が波間消えていくのを見送りながらシェインは心に誓いました。


「将来、カメさんの導きの栞に巡り合ったら何としてもモノにするのです。」


「ん?どうしたの、シェイン?難しい顔をして?」エクスが踵を返して歩き始めた私に歩調を合わせながら聞いてきたので、私は首を振って小さく応えました。

「なんでもないのです。」


どんなヒーローにもコネクト出来る『ワイルドカード』の持ち主であるエクスには、所詮、理解出来ない悩み。

今までいく夜、惚れ抜いた武器を目の前にしながらも相性が合わず装備できない悲しみに、枕を涙で濡らしてきた事でしょう。そんな時はそっと起き出して、自作の銃を磨くことで自らの傷心を癒してきたものです。相部屋のレイナが一度眠りについたら最後、雷に直撃されても目が覚めない特殊能力の持ち主で助かります。

いえ、厳密には雷のようなイビキをかく人がいても、ですが。


しかし、そんな私のアンニュイも、「お魚とお酒の店、浦島」があるはずの海沿いの丘にたどり着いた時、一気に吹き飛んでしまいました。


「えっと、場所はここであってるわよね?」

安心して下さい、姉御。今回ばかりは間違いなく正しい道を辿ってきましたから。


「見たところ、そんなに時間が経ってる様には見えないけどな。それにしちゃあ、店構えが変わりすぎてないか?」

タオ兄が呆気にとられるのも無理はありません。

元々のお店は藁葺き屋根の古民家風で、シェイン達の故郷によく似た雰囲気を懐かしく思ったものです。

海側には防風林の代わりでしょうか。年季のいった松が並んでおり、庭先に涼しげな陰を作っていました。


しかし、今、私たちの目の前にある建物は石垣と立派な植木に囲まれていて、朱塗りの門柱の上では、どういう仕組みか、作り物のエビがビンビンと尻尾を振っています。

(この仕組みは後から確認しました。鹿おどしから繋がった紐が、エビの尻尾を自動的に動かしていたのです。)


建物自体も、目に眩しい杉の白木をふんだんに使った3階建ての贅沢なものに変わっています。


「ねぇ。この想区の人達って頭にこんなに長い耳が生えていたっけ?」エクスがレイナに耳打ちをしています。


そうか、新入りさんは山育ちだから知らないのですね。

「違いますよ、新入りさん。あれは『バニィさん』という衣装で熱烈な歓迎を示すユニフォームなのです。」


「ん〜、山育ちはあまり関係ないかな」ファムがニシシと笑いながらいう。


「おもしれぇ。おもしれぇじゃねぇかよ!」ほらね、浦島さんなんか大ウケしてるのです。


「『回転寿司のウラシマ』へようこそ〜。新規6名さまご来店でーす!」

今度は私達全員が顔を見合わせて囁き合う事になりました。


(今、確かに『ウラシマ』って言ったよな。ゴニョゴニョ。)

(ええ、間違いないわ。でも…)

(回転寿司って何?シェイン、知ってる?)

(それより、浦島さんがショックを受けてないと良いけどね。)


心配無用なようです。

ほら、バニィさんの着物の裾を踏みそうな勢いで後についてってますから。


私たちも慌てて追いかけます。


お店は繁盛していました。

どのテーブルも家族連れで埋まっており、誰もが黙々と箸を動かしています。


そして気になるのが、どのテーブルにもある不思議な装置。

壁の穴から樋の様なものが斜めに走ってテーブルを横断し、テーブルの端で半円状に折り返すとまた壁の穴に消えていきます。材質は黒檀でしょうか?見事に磨き込まれ、艶やかに光っています。


「んふぅ。何か素敵な予感がします。」

おっと、思わず心の声が口を突いて出てしまいました。


「初めてのご来店ですね!それでは当店のシステムをご説明させて頂きます!」

「当店は我が想区で初めての回転寿司の専門店となります。ご注文はあちらにございます壁の穴に向かってお伝え下さい。まもなく、こちらのレール(樋の事ですね)を伝って料理を載せたお皿が流れてまいりますので、料理のみお取りください。お皿はそのままレールを伝って戻っていきます。」

バニィさんが身振り手振りを交えて説明してくれます。さすが、こなれたものなのです。

「ご説明は以上です。最後にお店からお願いがございます。当店は新鮮な海の幸を使用しております。海の恵みに感謝して、残さず、持ち帰らず、新鮮なうちにお召し上がり頂きますよう、心からお願い申し上げます。では、どうぞお楽しみください!」


最後の方は少し棒読みでしたね。要改善なのです。


「じゃあ、注文してみるよ。」

恐る恐るといった感じで、新入りさんが壁の穴に向かってメニューを読み上げます。

「タコとマグロ!」


おぉ、ほとんど時間をおかず、お皿が2つ、レールの上を滑り下りてきました。辛うじてタオ兄がお箸でタコのお寿司を、浦島さんが手づかみでマグロのお寿司を掴んで口に放り込みます。不覚ながら、シェインはお皿の動きに気を取られて料理を掴み損ねました。


「やだ、これ面白いじゃない〜。どんどん頼も。」ファム、このアイデアの価値が分かるとは、どうして中々、隅に置けないのです。


「ハマチとタチウオ、エンガワ、ウニ。」

注文口の前に座った新入りさんが大変ですけど、そこは年功序列。我慢してもらいましょう。

次々と流れてくる料理を掴むのに、私たちも忙しいですから。


「ねぇ、エクス、ちょっと注文を控えてくれない?箸が追いつかないわ。」

「しばらく前からもう注文してないよ。勝手に料理がどんどん流れてくるんだ。」

「つーか、流れてくる速さが速すぎるぜ、これ。」とタオ兄。

「そうよね〜。だってお味噌汁がお椀に入って流れてくるのよ。これ、どうやって料理だけ頂くのかしら。」ファムが頬杖をついてボヤいてます。


その時、ガタリと音がして後ろの席で年配の女性が立ち上がりました。

「ちょっと、あなた達!そんなに料理を残すなんてもったいないじゃない!」

「いや、そういうつもりは無いんだが…」

「だけど何よ!海の恵みを粗末にして良いと思ってるの!」タオ兄の答えに逆上した女性が掴みかからんばかりに怒鳴りつけてきます。いけない、タオ兄、この人どう見ても普通じゃありません。


その声に応えるように店のあちこちで椅子の倒れる音が響きます。

「もったイナイ…」

「ナンテことヲ」

「たべものをソマツにする、フトドキモノめが」


店の奥から、いまや天井を突くような背丈になったバニィさんがのしり、のしりと歩いてきます。

「おキャクさま、、、うみのぉめぐみにかんしゃヲォ」いつしか頭のウサ耳は剛毛に覆われた獣のものになり、前かがみになったその姿は…


「いけない、ケモノ型のヴィラン、それもメガヴィランだわ。」

「ウォーン!」

一気に跳躍した大型種メガヴィランはテーブルの端に座っていた浦島さん目掛けて爪を振り下ろします。


がしり、と音を立て座ったままでその爪を受け止める浦島さん。

「なあ、調律のお嬢ちゃんよ。あんたが調律すればこの世界は元に戻るんだよな」

爪に隠れて、浦島さんの表情は見えません。そう言えばこの人、最初にマグロを食べてから一言も口をきいていなかったような。


「そうよ!だからまずそこから逃げて!」レイナがエクスと一緒に素早く武器を取り出しながらいいます。


「おううっ!」雄叫びと共にメガヴィランの前足を弾き飛ばし、浦島さんが立ち上がります。その顔は全くの無表情でした。

「タオさんよ、もう一度あんたらの力を貸してくれや!」

「望むところだぜ!」

なんだかんだ言って、タオ兄、浦島さんと息が合いますね。シェインも喜んで加勢するのです!



戦闘は激しいものになりました。

店にいたお客さんが次々とヴィランに変身して襲いかかってきます。

狭い店内ではタオ兄や浦島さんの槍が思うように振るえず、ジリジリと後退しながら、中庭に出てもまだ戦闘は続きます。

(シェインも店内の装置を壊すのは本意ではありません。)


庭に出てタオ兄と浦島さんという2人の防御職が前線で壁になってくれるお陰でようやく後列の弓や魔法が機能しはじめました。

「狙い良し!」

「どケェ!」

シェインがコネクトしたロビンフッドの弓と、ファムのアンガーホースの炎の魔法が確実にヴィランの頭数を減らしていきます。そして、


「いっけぇ!」

新入りさんが操るジャックから放たれた剣撃が衝撃波となって最後に残ったヴィランを一掃すると、ようやく中庭は静けさを取り戻しました。


「ふぁぁ。」気が抜けたのか座り込む眠りネズミにタオ兄が声を掛けます。

「おい、お嬢、油断するのはまだ早い。カオステラーがどこかにいるはずだ。」「でも、これ以上の戦闘は無理だよぅ。」

「だな、一旦ずらかることにしようぜ。」「や、チョット!離してよぉ〜。」浦島さんが嫌がるレイナを肩に担ぎ上げ、出口に向かって大股で歩きはじめます。


しかし、朱塗りの門の前で私たちは足を止めることになります。

門の向こう、残暑の夕陽を受けた海は血の様に赤くギラギラと輝いていました。その強烈な光を背に受けて砂浜に1人立つその男は、表情こそ見えませんが、シルエットだけでも人外の者、カオステラーだと充分見てとれます。


「潮(うしお)…」

呻くような声をあげ、浦島さんがレイナをそっと砂浜におろします。

「お前だったのか…」

一歩、二歩とその影に向かって歩みながら呟いた浦島さんの言葉は、それでも私たちには良く聞こえました。。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る