エピソード1 レイナ編「竜宮城が海の底にあるなんて、聞いてないわよ!」
その前日、まさかこんなに追い詰められるとは思ってなかった私達は久しぶりのご馳走に盛り上がってた。
この想区に着いて最初に入った「お魚とお酒の店、浦島」の料理が本当に美味しかったから。いつも「レイナは方向音痴」ってからかわれるけど、私の方向感覚も捨てたものじゃないでしょ!まぁ人里に下りるまで、ちょっと時間はかかったけどね。
「いやぁ、ウマイ。。。ウマイ。。こりゃウマイわ。」
ちょっと、タオ、さっきから同じことしか言ってないじゃない。ひょっとして酔った?
「このタコの唐揚げなんて最高です。噛めば噛むほど味が染み出てきて、シェイン、幸せでふ。」
あ、これは完全に酔ってるわね。「でふっ」て。。。はしたないわよ、シェイン。
「そうよね〜。だって、エクスがお姫様より量を食べるなんて珍しくない?」
たしかに今日のエクスはよく食べるけど。。。ちょっと、ファム!
「お姫様って呼ぶのは禁止!というか、わたし普段からそんなに食べないからっ!」
「まあまあ」いつものようにエクスが笑いながら間に入ってくれる。
それにしてもエクス、今日は本当によく食べるわね。
「うん、こんなに沢山の種類の魚がいるなんて知らなかったよ。どれも美味しいし。」
「そうだよな、エクスは山の育ちだからこんなに豪勢な海鮮料理は初めてだよな。」タオが豪快にかっこんでいた海鮮丼から顔を上げて言う。「俺も海沿いの育ちだけど、こんな美味い料理は初めてだぜ。マスター1人でよくこれだけつくれるもんだ。」
「いえ、私はマスターじゃないんですよ」
あら、どうしたのかしら、お吸い物を運んできてくれた初老の料理人が顔を曇らせてるけど。
実は、と料理人がため息をついたところで店の入り口がぎしりと音を立てて開き、1人の長身の若者が入ってきた。
「お坊ちゃん、お疲れ様です。今日もお父様は…」料理人の問いに首を横に振り、ぶっきらぼうに「つかれた。寝る。」とだけ行って二階への階段を上っていく。
まだ10代半ばといったところかしら。細身で引き締まった体つきだけど、華奢な感じが拭い切れていない。全身に強い疲労感を漂わせていて、二階への階段を上る足取りも重かった。
若者を心配そうに見送った料理人が再び重いため息と共に言う。
「このお店の名前が「浦島」でしょう?本当はあっしの主人の浦島太郎が食材の調達から料理まで全部やってたんです。あの人がいなくなってから潮(うしお)坊ちゃんと2人で必死に切り盛りしとるんですが、なかなか…」
えっと、その浦島さんはどうしたのかしら。。。
それが、ある朝突然いなくなって、もう3ヶ月も帰ってこないって、気になるじゃない。ましてまだ若い息子さんがお父さんを探して毎日遅くまで外を歩きまわってるって聞いたりしたら。
「何より、もっと美味しい料理が食べれるなら、労力は惜しみませんよね、姐御」
翌朝、浦島太郎が行方不明になったという浜辺を歩きながら、シェインが現金な事をいう。
違うでしょ!
私達がこの想区に来たのは想区本来のストーリーを書き換えて住民の運命を狂わせるカオステラーを倒すためだから!!!
私の勘が告げてるのよ、何かがおかしいって。
「まあ、カオステラーを探すのは正直、レイナの勘が頼りだしな。まずはそこからあたってみようぜ。」
珍しく良いこと言うじゃない、タオ。それにしてもシェインもあなたも本当にお酒に強いわね。昨日あんなに飲んだのにけろっとしててその上、お腹まで鳴らしてるじゃない。
「違うわよ、レイナ。あれはお腹の音じゃないわ。」
でもファム、ほら、クルゥ、クルルゥって。ん、クルルゥ?この声は?
ヴィランだわ!やっぱり、浦島太郎もヴィランに襲われて!
「いえ、襲われてるのは人じゃなくてカメですね。」
かめ?
確かに立派な甲羅のウミガメを10体ほどのヴィランが取り囲んでいる。ヴィランにも色々と種類があるが、今カメを襲っているのはもっとも低級な人型のヴィランだった。
子供ほどの背丈で鬼火を頭上に灯し、鋭い爪で襲いかかって来る。真っ黒でのっぺりとした体つきのその一体一体はそれほどの脅威ではないが、数が集まると厄介な相手だ。
「それにしてもカメの甲羅って超便利ですね〜。甲羅に手足を隠していれば絶対防御ですから。私も一つ欲しくなりました。」と重度の武器&テクノロジーマニアのシェインが目を輝かせて言う。
「でも、あれじゃいつまでも動けないぜ。てか、ヴィランってカメも襲うんだな。」頭をかきながらタオ。「どうするよ、お嬢?」
決まってるじゃない。ヴィランに襲われてるなら、相手が誰でも助けるわよ!
「ガッテン承知です。チャチャっと片付けてしまいましょう。」
シェインが、続いて他のみんなが空白の書を取り出す。私たちが持つこの空白の書にヒーローの記憶を納めた栞を挟む事で、私達はヒーローの姿と力を借りてヴィランと戦う事ができる。
そうしてヴィランの親玉であるカオステラーを倒し、私の能力、「調律」の力を使うことで狂ってしまった想区の運命を元に戻すことができる。調律で世界が元に戻った後、私たちの事は想区のみんなの記憶から消えてしまうけどね。
空白の書に栞を挟んだ皆がそれぞれ白い光に包まれ、その姿を変えていく。
「小さいからって、なめちゃいけないよ。」
あれはエクスがコネクトしたジャック。
だれよりも素早い動きと巨人相手でも怯まない勇気が武器の、ジャックと豆の木のジャックね。
今日も真っ先に飛び出して、ヴィランの群れの中を縫うように駆け抜けながら、片手剣をきらめかせて次々と敵を倒していく。
「ライオンの騎士、ドンキホーテ!いざ参る。」
「俺の矢に撃ちぬけないものはない。」
「勇気だけは認めてあげるわ。」
ドンキホーテが、ロビンフッドが、赤の女王(不思議な国のアリスのね)がそれぞれの武器を振るってジャックを追う。
負けてられないわね!いくわよ!
「ふぁあ。優しく起こしてよぅ。」
えっと、私だってやる気はあるんだから。。。
私がコネクトしたのは不思議な国の想区の眠りネズミで、いつも眠そうなのはヒーローの特性で、彼女の使う回復魔法も戦闘には欠かせなくて。。。
ええい、とにかくいくわよ!
戦闘はすぐに終わった。
この付近にカオステラーはいないようで、出てきたヴィランも雑魚ばかりだったから。
そして、
「皆さん、本当にありがとうございました。怖かったですぅ。」
カメが大粒の涙を流しながら頭を下げている。
「カメって泣くんだね。知らなかったよ」
あ、喋れるところに違和感は無いんだ、エクス。
「いえ、誰でも喋れるわけではありません。私は乙姫さまの誇り高い従者ですから。」涙を拭い急にピリッとした顔つきになってカメが言う。心持ち背筋も伸ばしたような伸ばさないような…
「話ができるなら、ちょうどいいや。なあ、カメさん、ここら辺で浦島太郎って奴を見なかったか?行方不明になったのを探してるんだが。」
タオ、そこをカメに聞くの?
「ええ、知ってますよ。漁師で腕利きの料理人の浦島太郎さんですよね。」
あらら、知ってるじゃない。
聞くと、カメさんは乙姫さまの命令で最近現れる様になった黒い化け物(ヴィランのことね)の偵察で、度々この浜辺を巡回していたという。同じように襲われていたところを、同じように浦島太郎に助けられたそうだ。
「しかし、乙姫さんとやら、人選ミスじゃないか?」
「違いますよ、タオ兄。カメさんですから亀選ミスです」
「ちょっと、ふたりとも聞こえてるから。。。」
エクス達が背中でヒソヒソと話している。
「そうだ、皆様もお礼に竜宮城までお越し下さい。浦島様もつい先日、竜宮城にお連れしたばかりなんです。ちょうど、先ほど襲われた際にはぐれてしまった仲間の亀たちも戻ってきましたし。」
竜宮城?
「はい。私たち海に生きるものの盟主であられる、乙姫様の居城です。私達の背中に乗って頂ければすぐですから。ぜひお礼をさせて下さい。」
そうね、浦島太郎もそこにいるなら断る理由はないし。
というか、つい先日って、もう3ヶ月も前でしょ?
「私の故郷ではカメは一万年生きるって言うからね。時間の感覚がズレてるんじゃないかしら?」「ホントですか、ファム?ますます無敵じゃないですか。シェインはだんだんカメさんに憧れてきました。」
「決まりだね。いこうよ、レイナ。」
いそいそと亀の背に乗り込む私達。ひんやりとした甲羅が気持ちよく、また大きさもあるので座り心地は悪くない。
「みなさま、それぞれお乗り頂きましたね。それでは、参ります。」
「うお!スゲーなこれは」
波を蹴立てて海の上を滑り始めたウミガメ達に歓声をあげる一同。
予想に反するスピードで、みるみる陸地が遠ざかる。その勢いに驚いたのか、トビウオの群れが空にしぶきを散らしながら飛びあがった。
どこまでも広がる海に白いしぶきが軌跡を描く。突き抜けるような青い空と海の狭間を風を受けて滑っていくのは、本当に爽快で、ふふ、エクスなんて本当に嬉しそう。
「では、そろそろ潜りますね。」
ええ〜?もう少し楽しんでいたいのに。。。
っっって、あなた今「潜る」って言った⁉︎
「はい。竜宮城は海の底にありますから。」
聞いてないわよ⁈ そんなに息が持たないわ!
「ご心配なく。私たちにお乗り頂いている以上、溺れることはありませんので。」
言うや否や潜り始めるカメ達。
そんなぁ、心の準備ってものがあるじゃない。あなた達も何か言ってよ〜。
「なんと、海中で息が出来るんですか?どういう仕組みか気になりますね〜。もうシェインの中で何かが限界を超えてしまいそうです。」
「あら、海に潜るなら水着に着替えてくれば良かったわ。残念ね、エクス。」
ダメだ、みんな能天気に楽しんでるわ。。。
「竜宮城が海の底にあるなんて、聞いてないわよ〜!」
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