第30話夜のシアで

夜の街は、昼間とはうって変わってネオンサインの踊る街になっていた。

活気のあった広場は畳まれたお店の道具がこじんまりとまとめてあるだけで、人けはない。港のほうも、人の気配はなかった。

リゾート地ではないので、ラクルスのように夜でも人がたくさん行き来している訳ではないが、それでも酒場の中からは笑い声が聞こえ、そこに人の気配は確かにした。

数件の灯りが漏れるそんな店の前を通って、舞は向こうの世界で言うコンビニエンスストアのような店を見つけた。木造の枠にガラスのはまった戸を押して開くと、中から声がした。

「いらっしゃい。」と、店主は、舞を見ると驚いた顔をした。「なんだ、こんな時間に。お嬢ちゃん、一人かい?」

舞は頷いた。

「食べ物を買おうと思って。」

店主は頷いた。

「何でもあるよ。だが、その腕輪…どっかのパーティの子だろう?夜は一人で出歩かない方がいい。ここらは確かに平和そうに見えるが、裏へ入れば危ない輩が居るんだ。」

舞は困った。確かに、自分はもうすぐ二十歳になるが、まだ19歳だ。やっぱり子供に見えるのかもしれない。

「これと、これと、これ。」舞は、手近なものをカウンターに並べた。「ええっと…それにこれと、これと…」

店主は、黙って舞が選ぶのを見ていた。舞は、とにかく当面の食料は買っておこうと思った。外で食べるのもいいが、もしかして皆が皆、子供が一人で居るのは危ないなんて言われたら、ゆっくり買い物出来ないのではないんだろうか。

慌てて闇雲に選んで置いて、ふと、舞はカウンター横に無造作に掛けられたネックレスのようなものに目を止めた。とてもきれいな澄んだ青色…。舞は、それもカウンターに置いた。

かなりの量になってしまったが、舞は何でもないように言った。

「あの、おいくらですか?」

店主は頷いて、一つ一つ確認して、レジらしきものを叩いた。

「…678金…全部で、600金でいいよ。」

舞は嬉しくなった。こっちの世界は、個人商店が多くて、いつもたくさん買うとまけてくれるのだ。

「はい。」

舞は、いつもシュレーがやっているのを見ていた通りに腕輪を翳した。ピッという音がして、舞の腕輪に600と小さく表示され、残高が出て、消えた。支払いが終わる。店主は頷いた。

「ありがとう。」

舞は、杖にやるのと同じように念じてそれらを小さくすると、既にチュマが入っていっぱいのウェストポーチの横を無理やり空けて、そこへそれを突っ込んだ。店主は驚く風もなく、それを見ている。舞は店主に頭を下げた。

「じゃあ、ありがとう、おじさん。」

相手は気遣わしげに頷いた。

「気を付けて帰るんだよ。寄り道するな。」

舞は笑って手を振ると、足早にそこを出た。きっと、夜は買い物しない方がいいんだな。舞は思った。男の人や、自分でも大勢と一緒ならいざ知らず、たった一人で買い物なんて、こっちの世界でも危ないんだろう。

そう思うと、舞は急に怖くなって、足を速めてシュレーのアパートへ急いだ。

しかし、さっきのネックレスを思い出して、舞はカバンから取り出して大きさを戻した。

「チュマ。」

チュマは、ひょこっと顔を出した。舞はそのあるかないか分からない首の辺りに、それを着けてやった。

「よく似合うわ。これで、飼ってると分かるから、食べられちゃうことも勝手に連れて行かれることないからね。」

舞がそう言って微笑むと、チュマは左右に体を揺らした。嬉しいようだ。

舞は、また歩き出した。

すると、脇の細い路地から声がした。

「ですから」とても澄んだ、聞いたことのある声だ。「この腕輪は渡す訳には行きませぬ。行かねばならない所があるので。」

耳障りな男の声が言う。

「何を言ってるんだ、お姉ちゃん。」何か、酔っているような声だ。「姉ちゃんの都合なんか聞いてないんだよ。しっかし綺麗な顔してんなあ。そっちで稼げるんじゃないのか?一緒に来いよ。」

小さく、何かを打つような音がパシッとした。

「無礼な。そのように近寄ることも、触れることも許した覚えはありませぬ。」

男の声は、急に怒気を含んだ感じになった。

「何を?!生意気なこといいやがって!」

「シュート!」

舞は、咄嗟に杖を手にして槍の形にして突き出していた。槍は、舞が思った通りに先が長く伸びて、かなりの距離をものともせずに男の喉元へと今にも突き刺さりそうな状態でピタリと止まった。

「ひ!!」

男は、声を上げてそれを見た。舞は、じりじりと歩み寄って行く。その歩みに合わせて、槍はするすると縮んで、突き立てた位置のまま男を狙って止まっていた。

「…刺してもいいけど。」

舞が言うと、酔っているはずの男は、その位置で微動だにせずに止まってこちらを見ている。酔ったらふらふらするはずなのに、人ってすごいなー。

舞は、変なところで感心した。

「うちのパーティの男達がすぐそこに居るけど、死にたいなら、このままここに居るのね。逃げたいなら、三つ数える間だけ待ってあげる。いーち、」

「うわあああ!!」

男は、一目散に逃げて行った。舞は、ホッとして杖を降ろした。

「スタンド。」

杖は、舞の言った通りに元に戻った。さっきの澄んだ声の主が言った。

「まあ、マイ、ありがとう。ここで会えてよかったこと。」

舞は、名前を呼ばれて驚いて振り返った。そこには、ナディアが微笑んでいた。

「ナディア!」と叫んでしまってから、口を押えて言い直した。「…殿下。」

ナディアは笑った。

「ほほ、ナディアで良いと申しておるのに。」

舞は、ナディアの腕を掴んで、回りを見回した。大丈夫、誰も居ない。

「ナディア、とにかくこっちへ。シュレーのアパートがあるんです。一度戻りましょう。」

ナディアは、目を丸くしていたが、頷いた。

「わかったわ。」

舞は訳が分からないまま、ナディアを連れてアパートへと走って戻ったのだった。


ナディアは、アパートの部屋へ入って珍しげに回りを見回した。

「まあ、ここがシュレーの住んでおるところなのね。軍人であった時の、宿舎の部屋とさほど変わりないこと。」と、ベッドサイドの丸い光る置物を手にした。「まあこれも。お兄様がシュレーに与えた物だわ。」

舞は、呑気なナディアに言った。

「ナディア、どうしてここに?たった一人で供も連れずに居るなんて、危なすぎます!」

ナディアは、拗ねたように横を向いたまま言った。

「だって、我も行きたかったのですもの。」ナディアは、下を向いた。「きっとお役に立てるのに。なので、ある者に頼んで手助けしてもらって、そっとホテルを抜け出して、ここまで高速船で参ったの。巫女が話すのは、巫女だけだと聞いております。回りに居る世話をする者達とですら、話さないのですよ。ミクシアの最後の巫女は、きっと我以外とは口を利かないはず。我が行かねばならないのに。お兄様にいくら言っても聞いてくださらなくて…巫女の回りの者達からの情報で充分だと言って。」

舞は呆気に取られた。勝手に出て来たの…この王女様が。舞は、その姿に自分を見るようだった。世間知らずとはこういうことなんだろう。危なすぎる…こういうことだったの…。

「ナディア…一人で追って行くなんて、無理だわ。だって、皆もう行ってしまった…ここには、私以外居ないんです。」

ナディアは、驚いた顔をした。

「え、我は、間に合わなかったのですか?でも、ではなぜマイはここに?」

舞は下を向いた。

「…経験が足りないから、今度の仕事には連れて行けないと。」舞は、ため息交じりに言った。「ここへ置いて行かれましたの。」

ナディアは、しばらく絶句していたが、意を決したように口を引き結んだ。

「行きましょう。」ナディアは、舞の手を握った。「マイ、二人で後を追いましょう。シオメルまでなら、確かに船という選択肢もありまするけど、我はもう一つ知っておるものがあるの。」

舞は驚いた顔をした。後を追う?!この、初心者二人で?!

「ナディア、かえって足手まといに…」

ナディアは首を振った。

「いいえ。きっと助けになって見せまする。我だって、自分の身ぐらい自分で守れまするから。」ナディアは、舞の腕を引っ張った。「さあ!そうと決まればこうしては居られませぬわ。こちらへ、マイ!」

「え、え、待ってナディア!」

舞は、ナディアに引きずられるように、再び夜の街へと駆け出して行ったのだった。

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