第31話追いかけて

舞は、ナディアに連れられて町の外れにある、大きな倉庫のような物の前に立った。ここが、一体何?

「ここに、移動に使われる乗り物があるのです。」ナディアは、迷いもせず奥の一つの倉庫へと歩み寄った。「お兄様が、昔からたまに楽しむために乗っていらした。とても早いの。船に負けないぐらいですわ。」

何だろうと舞が思っていると、ナディアはそこのセキュリティーの装置の前に、腕輪を翳した。キーは、ピーっと音を立てて開いた。

「王室用に買い上げた倉庫なのですよ。」

ナディアはにっこりと微笑むと、そこへ入って行く。舞もそれに続いた。

そこには、何隻かの高速船のような形のいくらか小さい船と、パッと見ると車に見えるようなもの、それに、バイクのような物があった。ナディアは、嬉々としてバイクにまたがった。

「ああ、これこれ。あちらは下に輪が四つついておるので面倒なのですけど、これは地面から少し浮いて走るので、でこぼこした地面の上でも難なく進みまする。命の気が燃料なのですけど、直接注ぐので回りに漏れることもないし。魔物が寄って来る心配もないでしょう?我が居れば、命の気がなくなることもないし。ただ、一台しかないの…なので、お兄様が遊ぶ以外、誰も使わないまま放って置かれてしまって。」

舞は、それを見た。確かにタイヤもついていないし、これが走るためには浮かなきゃならないだろう。自転車は得意だけど、これはどうだろう…。

舞が思っていると、ナディアは急かした。

「さあマイ!ぼうっとしておってはいけませぬ。あなたが前へ。我は後ろで燃料の補給をしながら参りますから。今、命じます。我の供をするのですよ。それで、一緒に参れるでしょう?」

舞は悩んでいたが、思い切ってそれにまたがった。ナディアが、舞の後ろの席に座っている…とても安定した仕様だ。

「一台で行くのですか?あちらにも、何台かありますのに。」

ナディアは、首を振った。

「これ一台しか、動かないのですわ。特殊な動力なので、複数を動かすのは無理なのです。あれらは、これが故障した時にその動力の部分を移動させて使うためのスペアですの。」

舞は、ぐっとハンドルを握った。

「この、ハンドルのスロットルを回すのですか?」

ナディアは、頷いた。

「スロットルという名かは知りませぬが、それを回せば回すだけ早くなります。止まる時は下のレバーを握ります。」

ああ、原チャリと同じ。

舞は思いながら、そっと小さくスロットルを回した。途端にグンッと前に進み出る。舞はびっくりした…今ので、倉庫を飛び出してしまった。

ナディアは焦る風もなく、言った。

「ああ、鍵を閉めまするわ。」と、腕輪を翳す。そして、持ち手を握り締めた。「さあ、行きましょう!きっと追い付くわ!」

舞は頷いた。確かにこのものすごい速さの原チャリもどきなら、追い付くかも…。

舞はナディアを乗せて、ミーク平野からメル高原へ向けて、山脈を右手に見ながら二つの月の下疾走して行った。


夕方泣き疲れて寝ていたのが幸いして、舞は一晩中走り続ける事が出来たが、朝焼けに白んで来る空を見て思った…これって、目立つ。昼は、走らない方がいいんじゃないだろうか。

舞は、スピードを落として後ろのナディアに言った。

「ナディア、もしかしてこれは公にしてはいけないんでは?陛下でも一台しかお持ちでないのでしょう。」

ナディアは、ハッとしたように答えた。寝ていたらしい。

「ああ…確かにそうだわ。では、昼間は走らずにおく?でも、船は昼間も走っておるわよ。」

舞はキョロキョロと見回した。このままだといろんな船から見られてしまうが、もう少し山脈へ寄れば低い木々がある。あの向こうを行けば…。

「木の向こうを行きましょう。でも、少し休憩を。」

ナディアは頷いた。舞は、木の影にバイクを隠すと、地上に降りてホッとした。そして、ウエストポーチを開いた。中からまずチュマを出すと、買い込んで置いた食べ物を出し、大きさを戻した。そして、チュマに野菜を与え、ナディアと二人でパンを食べながら走り去る船を眺めた。確かにこのバイクは速いけど…皆に追い付くかな…。

「…誰だ?」

不意に、横の林から声が飛んだ。舞は驚いて、杖を大きくする時に腕輪に当たって衝撃を感じたが、必死に杖を構えた。

「…あなたこそ、誰?!」

そこには、緑のような黒髪に緑の目の、背の高い男が立っていた。


シュレーが、腕輪を閉じた。

「…どうしたの?」

メグが、険しい顔で黙り込むシュレーに言った。

「…オレのアパートが、何者かに荒らされた。」シュレーは、思い詰めたような顔で言った。「警察が踏み込んだ時には、誰も居なかったらしい。盗られた物はない。そもそもオレは家に金目の物は置かない。」

メグは、口を押さえた。

「舞…舞は!?」

シュレーは、首を振った。

「分からない。腕輪で探したが、反応がない。警察は身元不明の若い女の遺体を海で見付けたと知らせているが、そんなことはたまにシアではおこること。それがマイなのか確かめることも出来ない。」

圭悟と玲樹が、顔を見合わせた。それは…。

「…帰ったんだろう。」玲樹は言った。「命を落としたにしろ、自然にしろ、あっちへ戻ったならもう、心配ない。踏み込まれた時には怖かったかもしれないが…もし死んでいたとしても、こっちのことは覚えてないんだ。」

シュレーは、黙って腕輪を見つめた。確かにシアは、安全だと言い切れる街ではなかった。だが、家に居れば安全だと思ったのに。一人きりで、あんなところに置いて来たばかりに…。

最後に、窓からこちらを見ていた舞を思い出して、シュレーはいたたまれなかった。知らない街に一人きりにしてしまった。自分のせいで、舞は…。

もう二度と、会うことはないかもしれない舞を思って、シュレーは暗く沈んだ。せめて、足手まといなどと思っていないと、伝えられたら良かったのに…。

「やっと…慣れて来たのに。いったい誰がそんなことを…!」

メグは言って、涙を流した。やっぱり連れて来たら良かった。シオメルの、マイユに預けても良かったんじゃないか…。


暗く沈んだ船の中の思いに反して、舞は生きていた。目の前の男は、言った。

「なんだ子供のくせに。オレはアーク。この近くの村に住む種族の長だ。変な物が来たと見張りの者に聞いて見に参った。」と、背後のバイクを見た。「それが変な物か?」

「触らないで!」舞は叫んだ。「陛下の物をお借りしてるんだから。」

アークは目を丸くした。そして、後ろのナディアを見た。

「…殿下?!なぜ…いったい何事だ?」

ナディアは、舞と顔を見合わせた。アークは、ライアディータに従属している種族の長なのだ。

ナディアは、立ち上がった。

「騒がせてすみませぬ。我は、陛下の命で急ぎミクシアへ参り、巫女と話さねばならぬのです。これは我の供のマイ、訳あって他のパーティの仲間とはぐれ、追っておりまする。」

アークは、深刻な顔をした。

「確かに、今の状況ではあり得ること。」と、舞を見た。「失礼した。こちらへ。休む場所を提供しよう。話を聞かせて頂きたい。」

舞は少しためらったが、黙ってナディアと共に、バイクを押しながらアークについて林の中へと入って行った。


杖を握りしめたまま、林の小道を歩いてついて行くと、木で鳥居のように門が作られてある、小さな集落が見えて来た。

「族長!何がありましたか?」

わらわらとたくさんの人が寄って来る。アークは言った。

「ああ、問題ない。ナディア殿下とその供のマイだ。」

小さな子供が、ナディアを見上げている。

「わあ…お姫様だあ…。」

ナディアは微笑んだ。子供は嬉しそうにはにかんで後ろへ下がった。

「さあ、話があるのだ。皆は戻れ。」

皆、こちらを振り返り振り返り、自分の家や持ち場に戻って行く。アークが奥の一番大きな木の家に近付くと、中からアークより幾分若い、顔立ちは違うが似ている男が出て来た。

「兄上!殿下が?!」

アークは苦笑した。

「シン。今からお話を聞くつもりだ。お前も来い。」

シンは、ナディアに気付いて深々と頭を下げると、共に家の中へと入って来た。

真ん中に囲炉裏のある部屋に通されると、奥の席にアークは胡座をかいて座った。その横にシンも座り、言われるままにナディアと舞も、その正面になるように座った。

アークが、口を開いた。

「…魔物の暴走が止まらぬ。その上、魔法が使えなくなった…使うと、魔物が大挙して現れるからだ。今は原始的な方法で何とか暮らしを維持しているが、殿下がミクシアへ行かれるのは、これと関係があられるか?」

ナディアは迷ったが、頷いた。

「その通りです。命の気が不安定になっておる今、対策を早急に取らねばなりませぬ。ミクシアの巫女は、同じ巫女としか話しませぬ。我が参るよりないのです。」

アークは、じっとナディアを見た。何かを探るような目だ。そして、言った。

「…ならば、なぜに陛下は軍にそれをさせぬ。シオメルの軍は、シオメルを魔物から守っておるだけ。あのようなこと、ここの子供でも出来る。」

ナディアは、困った。お兄様に言わないまま、これ以上のことを言う訳には…。

「…我からは、これ以上は言えませぬ。ただ、我は早急にミクシアへ行かねばならない。それだけです。」

アークは、顎に手を置いた。

「…うむ。」と、傍らのシンを見た。「昨日も傍のグーラが降りて来た。我らは魔法を一切使っておらぬため、通り過ぎただけであったが…魔物も、ああなると不憫よ。必要な分だけ捕り、襲って来る分だけ殺して生きて来たからな。我らの信条は共存。命の気は、正さなければならない。」

シンは頷いた。

「はい、兄上。」

アークは、立ち上がった。

「ナディア殿下、オレがお連れ申そう。ここから先、とても女二人でミクシアまでは行き着けぬ。殿下が居られて命の気には困らなくても、使えば魔物がそれを求めて寄って来るのだからな。」

舞が、横から言った。

「ですが、私のパーティに合流出来るのです。急がなければ、無理ですが…。」

アークは、頷いた。

「ならば、合流出来るまでお供しよう。戦力は多いに越したことはない。オレはこの辺りの部族一力がある。力になろうぞ。」

迷っていたナディアは、思いきったように頷いて立ち上がった。

「では、供を。アーク、力を借りまする。」

アークは恭しく頭を下げた。

「仰せの通りに、殿下。」

シンが、気遣わしげにアークを見た。

「兄上…。」

アークはフッと微笑んだ。

「シン、留守を頼む。何、時は取らぬ。あれに乗れば、シオメルまでほんの二日よ。ミクシアまでは、更に一日。何事もなければだがの。」

かくしてナディアと舞は、アークの部族、ライナンの民達に見送られ、アークが運転するバイクの後ろに二人で掴まり、シオメルを目指して走り出したのだった。

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