第29話置き去り

高速船は、シアへ到着した。シアは、港町でもあるので、それはたくさんの船が、早朝にも関わらず行きかっていた。そして、その荷を運ぶために、たくさんの人が働いていた。

観光地でもないシアの船着き場は、特に飾り気もない機能的な造りだった。舞は、その木製の桟橋に降り立って、そこから見えるシアの街並みを見た。シアは、ハン・バングよりたくさんの商店が軒を連ねており、建物もたくさん密集して建っていた。ハン・バングは狭いスペースにたくさん詰められた感じだったが、こちらは広くいつまでも続くような商店街だった。

石畳の上を歩いて行くと、朝市の準備に荷車を曳いた人々が庇を立てたりと忙しくしている。その回りには、既に開店を待つ人もちらほらと見て取れた。

いつもなら、こんな街を見ると嬉しくて駆け回っていたことだろう。だが、今回は違った。自分はここに置いて行かれるのだ…足手まといになるから。

舞は、チュマを抱いて暗く沈んだ。

そんな舞に気付かないかのように、ラキが言った。

「では、ここから船をチャーターして一気にシオメルまで河を上る。もう、オレが手を回して置いたから、準備が出来るだろう。」と、腕輪を見た。「…あと、一時間半後だ。河港の5番の桟橋へ来い。」

シュレーが言った。

「それまでに飯食って買い物を済ませよう。」

皆が頷いてそれに倣う中、ラキが動かない。ダンキスが、眉を上げた。

「なんだ、主は来ぬのか。」

ラキは首を振った。

「無事にここへ到着して船に乗ることを陛下にお知らせせねばなるまい。お前は、皆と行けばいい。」

ラキは、くるりと踵を返して歩き去った。ダンキスは肩を竦めた。

「あやつの忠臣ぶりには頭が下がるわ。いつなり陛下陛下と。まるでいつぞやの主のようぞ、シュレー。」

シュレーは面白くなさげに横を向いた。

「オレはあそこまで硬くはなかったぞ。悪いヤツではないんだが、たまに何を考えているのか分からなくなる。」

ダンキスは、しばらく黙ったが、頷いた。

「確かにな。」


舞は、とにかく黙って朝食を取った。皆、舞には触れないように遠巻きに見ながら当たり障りなく話す程度で、今までの楽しい食事ではなかった。その後、買い出しに行くという皆と分かれて、舞はシュレーに連れられて、商店街の裏手に並ぶ住居区へと歩いて行った。

アパートと聞いたのでどんなものかと思ったが、石造りの五階建ての清潔な建物だった。そこの三階の、一番奥の部屋の前でシュレーが腕輪を翳すと、鍵が開いた。中は、こざっぱりとした三つの部屋からなる所で、窓からは通りが見えた。

「何でも好きに使っていい。」ずっと黙っていたシュレーが言った。「鍵はお前の腕輪でも開けられる。オレ達は陛下の腕輪で支払うから、お前はオレ達の腕輪で支払えばいい。かなりあるから、困ることはない。オレ達が居ない間にお前の現実社会へ戻ったら、次に来た時はまたシオンだろう…その時は、腕輪で知らせれば分かる。こっちに居れば居場所は分かるんだがな。どちらにしても、金は自由に使えばいいから。」

舞は、黙って頷いた。シュレーは出て行こうとして、振り返った。

「マイ…足手まといじゃないんだ。ただ、何があるか分からない。まだこっちへ来たばかりのお前には、今度の仕事は厳しいだけなんだ。」

舞は、分かっていた。魔法も使えないような今の状況で、ついて行ってもきっと気を使わせるだけ…。

だが、素直にそれを認められなかった。なので、舞は何も答えずにシュレーに背中を向けた。シュレーは、舞が何も言わないので、仕方なくそこを出て行った。

舞は、それを感じて慌てて窓へ駆け寄った。通りでは、シュレーが建物から出て歩いて行く所だった。舞は、その姿に何かを言おうと見つめていたが、シュレーがこちらを見上げたのを見て慌てて顔を引っ込めた。

シュレーは、しばらく窓を見上げていたが、そのうちに通りを抜けて、商店街の方へと歩いて行った。舞は、チュマを抱いて日が暮れるまでそこで泣いていたのだった。


「なんだ、あの娘は置いて来たのか?」

河港の桟橋で、ラキが、何でもないことのように言った。シュレーは頷いた。

「お前が言ったように、まだ子供だ。何があるかわからんからな。」

ラキはフッと笑った。

「良い選択だ。オレだって子供を庇って戦うのは骨が折れる。このほうがいくらか楽だろう。」と、チャーターしたという船を示した。「高速船だが、河を上るから下るようには行かない。シオメルまで三日といったところだろう。さ、行くぞ。」

メグは、玲樹を見た。玲樹は、さして気にもしていないように言った。

「行くんだってさ。お前も残りたければ、残ったらいいぞ?」

メグは首を振って、黙ってシュレーの後についてその船に乗り込んで行った。圭悟が、玲樹に言った。

「オレはラキが言ったように、気が楽になったよ。舞は、まだ初心者だ。この旅に連れて行くには危なすぎるからな。」

玲樹は、答える代りにふんと鼻を鳴らして小さく笑った。圭悟も乗り込んで行く。玲樹は、最後に船に足を掛けながら、そっとシアの街を振り返った…これでいい。

一行は、シオメルを目指して河を上って行った。


舞は、泣き疲れて眠ってしまって、チュマの泣き声を聞いて目が覚めた。

もう、日は暮れてしまっていた。

ベッドに突っ伏して泣いていたので、そのまま何時間か寝ていたようだ。腕輪は、もう夜9時なのだと知らせていた。

シュレー達は、今頃船の上だろうか。どの辺りを走ってるんだろう…。

舞は、そう思うと悲しかった。こっちに来てから、いつも一緒だったのに。シュレーは、たくさんのことを教えてくれて、いつも気に掛けてくれていた。今朝だって、起きられないのを知っているから起こしてくれたし、そのまま運んで連れて行ってくれた…。

舞は、何もかも甘え過ぎていたのだと思った。今度の仕事が大変なのは、話しを聞いていて分かっていたはずなのに。そんな仕事に向かう時でさえ、自分は眠気に勝てなかった。いや、勝とうとしなかったのだ。このまま、ぼうっとしていても、シュレーが連れて行ってくれるはず…。

舞には、そんな甘えがあった。子供だと言われても、おかしくはない。もっと自分がしっかりして居れば、きっと一緒に連れて行ってくれたのだ。でも、あんなことだから、シュレーも皆も、足手まといだと判断したのだ。拗ねて話もしなかったが、自業自得なのに。

舞は、後悔した。シュレーは、気遣ってくれていた。なのに、あんな対応をしたりして。ますます子供だった…。

窓の外に見える、星空を見上げて、舞は不安になった。もし、このままシュレーに会えなかったらどうしよう。この仕事で、誰かが命を落としてしまったら?もう一度会って、謝りたいのに。もしも、このまま会えなかったら…?

舞は、ますます大きくなって来る後悔の念に押しつぶされそうだった。あんな別れ方をしてしまって。皆に会いたい。シュレーに会いたい…!

また涙が出そうになるのを押さえて、舞はチュマを見た。チュマは、心配そうにこちらを見上げている。舞は言った。

「ごめん、チュマ。お腹空いたよね?待って、もしかしたら冷蔵庫に何か…。」

舞は、シュレーの部屋にある冷蔵庫を開けてみた。中には、いつ買ったのか分からない缶ビールが数本入っているだけで、他には何もなかった。

そうだ…自分達がこっちへ来たのを知って、すぐにシオンへ旅立ったんだ。それから帰っていないんだもの、何かあるはずなんかなかった。

舞は、ウェストポーチにチュマを入れてみた。まんぱんだが、何とか入っているような感じだ。

「じゃあチュマ、買い物に行こうか。もう遅いけど、開いてるお店もきっとあるはずだし。」

「ぷぷ。」

チュマは小さく鳴いて答えた。舞は、シュレーのアパートを一人出て、商店街へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る