第28話ミクシアへ

「そうか。」リーディスは穏やかに言った。「では、ラキとダンキスを行かせる。軍はシオメルに居る…表向きシオメルの守りではあるが、まさかの時には動くよう命じておこう。」

そこに、なんの感情も感じ取れなかった。リーディスは、いつもこうだった。美しい顔の表情を動かすこともあまりなく、こちらが言ったことに対してどう感じているのかもあまり読み取ることが出来ない…。そこに、少し寒気を覚えながらも、圭悟は頷いた。

「はい。」

リーディスは、ナディアを見た。

「此度は、主は行くでない。反って足手まといぞ。魔法を使う訳には行かぬゆえな。」

ナディアは、驚いたような顔をしたが、頷いた。

「はい、お兄様。」

ダンキスが進み出た。

「我らはもう出発の準備は出来ておるぞ。主らはどうだ?明日の夜明け前にシオメルへ向かうので良いか?」

舞はそれを聞いてびっくりした。夜明け前?!夜が明けてからじゃ駄目なのかしら。

その心の声をまるで聞いていたかのように、ラキが言った。

「我らが共に行くこと、人目についてはならぬのでな。軍の影がちらつくことは、避けねばならぬのだ。」

圭悟は、皆を見た。シュレーが、頷いた。

「出来るだけ早い方がいい。手遅れにならないとも限らない。」

圭悟は頷いて、ダンキスを見た。

「では、明日夜明け前に、港で。」

ダンキスは頷いて言った。

「高速船でシアへ抜けて、シアから一気にシオメルまで抜ける。必要なものはシアで買い揃えるとしようぞ。」

圭悟はまた頷くと、皆と一緒にリーディスの部屋を出た。

それを見送ったラキは、ダンキスに言った。

「…どうだ?シュレーは別にして、あいつらは役に立つと思うか?」

ダンキスは腕組みをすると、うーんと唸った。

「どうであろうの?あれから少しは上達しておるのだろう。でなければ、今回も残念なことになるだろうて。」

リーディスは、遠い目をした。

「何にせよ、シュレーが選んだ仲間というヤツであるのだ。我は信用しておるよ。願わくば、今度こそシュレーの望みが叶うと良いと思うておる。あれが我の傍を離れたのは、それゆえであるのだからの。」


その日が暮れてすぐ、舞は、海岸で一人、チュマを抱いて座っていた。いきなり夕方に寝ろと言われても、この数日ずっと夜皆で出歩いていたりしたので、無理だったのだ。

りっちゃんが、死んだかもしれない…。

舞は、この世界での、その意味をもう知っていた。律子は、こちらのことを全て忘れてしまう。そして、あちらの世へ帰ってしまう。舞があちらへ戻った時には、次の日を何もなかったかのように過ごすことになるだろう。こちらであったことは、全部忘れて。

「でも、私を忘れる訳じゃないから。」

舞は、チュマ相手に呟いた。チュマは、不思議そうに舞の顔を見ている。舞は、言った。

「りっちゃんは、あっちでの友達だもの。だから、こっちでの記憶がなくなっても、大丈夫。私のことは忘れないわ。でも、こっちで死ぬって怖かっただろうなって、そんなことを考えてしまって…駄目よね。あんまり深く考えたら、怖くなるわよね。」

「ぷ。」

チュマは、わからないだろうに、小さく答えた。舞は思わず顔をほころばせた。

「ふふ、チュマ。ありがとう。そうね、大丈夫よね。」

「なんだ、お前かよ。」聞き慣れた声に、舞が振り返ると、そこには玲樹が立っていた。「女が一人きりだから、声掛けようと思ったのにさ。」

舞は、頬を膨らませた。どうせ、私はあなたの好みから遠く離れて居るでしょうよ。

「みんな寝るっていうけど、まだ眠れなかったんですもの。あなたはどうしたの?また女の人の所へでも行ってたの?」

玲樹はふふんと笑った。

「よく分かってるじゃねぇか。ここに来てるのに、一度も顔を見せないまま行っちまうのも礼に反するだろうが。だから、ちょっと顔見せて来たんだ。」

舞は大袈裟にため息を付いた。

「あーそう。あなたは呑気よね。明日から命がけの仕事だっていうのに。」

玲樹は舞の横に座った。

「だからこそだ。」玲樹は、チュマの頭を撫でた。「もう二度と会えねぇかもしれねぇのに。あいつらだって、好きであんなとこで働いてるんじゃねぇんだよ。生きて行こうと必死なんだ。オレが行くのを心待ちにしてくれてるヤツも居る。あんな毎日の中で、オレが行って幸せなら安いもんじゃねぇか。だから、ここで生きてる間は行ってやらなきゃな。」

舞は、驚いた顔をした。玲樹は、ただ遊ぶのが好きで行ってるんじゃないの?

「え…。」

舞の顔を見て、玲樹は苦笑した。

「なんだよ、その顔は。」玲樹は立ち上がった。「さ、とにかくお前ももう寝な。さすがにこれからの旅はキツイぞ。ま、シオメルに着くまでは船で退屈だろうが、そこからは本当に命懸けだ。覚悟しておいた方がいい。」

舞は、まだ少し驚いたまま立ち上がった。もしかして、私、玲樹を誤解してた…?

しかし、玲樹はいつもの調子に戻って、部屋に着くまでいつものように舞をからかった。舞はいくら出るとこ出ていないとか、色気がないとか言われても、なぜかあまり腹が立たなかった…。


その後いろいろと考えが巡ってなかなか寝付けず、やっとうつらうつらし始めた頃に、舞は叩き起こされた。

「ほら!もう出るぞ。飯は船で食え!」

舞は、目が覚めたばかりでふらふらの中、シュレーに引きずられるように連れられて、港へと向かった。眠い…まだ、星が出ている。

「なんだ、まだ子供だの。半分以上寝てるではないか。」

ダンキスが、舞を見て笑いながら言った。シュレーは、うつらうつらと足元がおぼつかない舞を、小脇に抱えて憮然として立っている。

「だから早く寝ろと言ったのに。ま、船で寝ればいい。そのうち目が覚めるだろう。」

ラキが呆れたように言った。

「そんな子供まで連れて、本当にミクシアまで行くつもりなのか。いつから子守りをするようになった、シュレー。」

捨て台詞のようにそう言い捨てると、ラキは先に停まっている船に乗り込んで行く。圭悟やメグも乗り込んで行く中、シュレーは舞を見た。確かに、まだ子供のような顔をしている…望んでこのパーティに居る訳でもない。今回の旅で、危険だとしたらまず舞だろう。メグは、自分の身を守る術は知っている。だが、戦い慣れていない舞は…。

シュレーは、まだ眠っている舞を小脇に抱えたまま、船へ乗り込んだ。玲樹が、その後を同じように考え込んだような顔をしながらついて行った。


舞がやっとはっきり目を覚ました時、船は大きなモーターボートのように、前を少し浮き上がらせて、白波を立てて物凄いスピードで進んでいる最中だった。長い椅子がたくさん並んだ客席に寝かされていた舞は、誰も居ないので、急いで甲板へと出て行った。

思った通り、陸の景色がびゅんびゅんと進んで行く。

「わあ…!すごいわ!これが高速船なのね!」

舞は、肩に必死に掴まっているチュマを胸に抱き寄せて、風から守ってやりながら景色を見た。すると、横からシュレーの声がした。

「マイ。目が覚めたか。」

舞は、シュレーを見て微笑んだ。

「うん。ごめんね、シュレー。昨日、なかなか眠れなくて…やっと寝始めたところだったから。もう、大丈夫。」

いつもなら呆れたように微笑み返してくれるシュレーが、険しい顔のまま言った。

「マイ、話しがある。」シュレーの真剣な様子に、舞は何事かと居住まいを正した。シュレーは言った。「あと一時間ほどでシアに着く。そこに、オレの借りているアパートがあるんだ。お前、そこでしばらく住んでいろ。」

舞は、何の事か分からなかった。

「え?シアで…って、ミクシアへ行くんでしょ?」

シュレーは首を振った。

「お前は行かなくていい。今度の仕事は、今までのようにただ魔物を倒していればいいってもんじゃない。オレも、いつでもお前を気に掛けていることが出来る訳じゃないんだ。ひっきりなしに襲って来ることも、囲まれることもあるかもしれない。経験の浅いお前には難しい旅になる。」

舞は、その言葉が信じられなかった。だって、あれだけ練習もした。なのに、どうしてそんなこと言うの?

「二人で練習したでしょ?私、戦力になるって言っていたじゃない。どうして今になってそんなことを言うの?私、一緒に行く!皆と離れているなんて嫌だわ。」

シュレーは頷かなかった。

「お前はまだ子供だ。もっと経験を積んでからこんな仕事には関わって行く方がいい。今回は、シアで待っていろ。オレ達も、仕事を終えたら戻って来るから。」

舞はぶんぶんと首を振った。

「嫌よ!メグは行くんでしょ?どうして私だけ!」

「ガキだからに決まってるじゃねぇか。」後ろから、別の声が飛んだ。玲樹だった。「あのなあ、こんな大一番を前に、朝も予定通り起きられないような意識のお子様のお前が、真剣勝負の仕事なんかできるはずねぇだろうが。オレ達だって自分で手いっぱいになるかもしれないんだぞ?お前の世話までしてられねぇ。足手まといなんだよ。」

玲樹は、鋭い目で舞を見てあっさりそう言い放った。舞はショックを受けて、シュレーを振り返った。シュレーは何も言わない。足手まとい…そう、思っていたの?舞は、涙を浮かべた。

「…わかった!」

舞は、踵を返して駆け出した。

「マイ…、」

シュレーは、舞を追おうとして、やめた。玲樹が、シュレーに言った。

「これでいいんだよ。あいつは元々オレが玉を落としたせいでこっちへ来ちまっただけなんだ。これで、怖い思いをせずに済む。」

シュレーは頷いて、そこを立ち去った。玲樹は、そのまま甲板で風に吹かれながら、何かを考え込んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る